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試された注文

 ヴェルムット家の家族事情は、現在このようになっているらしい。

 父、フレン・ヴェルムット。

 姉、スイ・ヴェルムット。

 そして妹の、ライ・ヴェルムットの三人家族だ。


 母の話は流しただけだが、娘達が幼い頃になくなったとか。

 その話になりかけたところで空気が重くなったので、俺は慌てて話題を変えた。

 母の事は置いておいて、スイのことを尋ねたのだ。

 彼女はあまり自分のことを語りたがらなかったが、残る二人が自慢げに教えてくれた。



「まさかスイが、王都にある魔法学校を主席で卒業した天才だったなんてな」

「やめてよ、もう」


 教わった情報に素直に感心すると、スイは照れたようにそっぽを向いた。

 現在はまさに昼食の真っ最中である。

 律義にオヤジさんが用意してくれた、俺の分の昼食も並んだテーブル。

 メインはベーコンとキノコと玉葱の炒め物。副菜に野菜のスープがあって、主食はパンだ。そのどれもが適切に塩味が効いていて、食べる手が止まらない。

 これで何か軽い酒でもあれば最高なのだが、流石にそれを望む気はない。

 そんな優雅な昼食の一席で、会話はライ主導で進んで行く。


「そうなんだから! お姉ちゃんはあなたみたいな人と付き合ってる暇はないの!」


 ライは言葉の節々に俺への敵意を滲ませながら、言ってパンを齧った。

 俺はさっき、初めてスイの年齢を知った。

 スイは現在十八であるらしい。


 十五のときに、街の奨学金でもって首都へ留学し、そこにある『魔道院』という魔法学校のような施設で頭角を現した。

 実技、理論、実戦のほとんど全てにおいて優秀な成績を収め、並ぶもの無しという総合成績で卒業した。

 ただし、そんな彼女にも一つだけ、全く適性の無い分野があった。


『ポーション』製作である。


 しかし、それこそが彼女の目的だったのだ。

 スイは、王国の守護も、新魔法の開発も、腕利きの調査団にも興味はなく、ただ『ポーション』の製作にこそ、熱意を持っていた。

 彼女が卒業となったとき、国の研究機関や実戦部隊、果ては王宮魔術師と引く手数多の勧誘があった。


 それらを全て蹴って、『唯一才能が無かった』ポーションの作成をするために、生まれ故郷のこの街へと戻って来たのだという。



「確かにお姉ちゃんの作るポーションはゲロマズだけど。諦めずにやってれば、死ぬよりはマシって考えるお客さんが増えてこの店だって自然に繁盛──」

「いい加減にしなさい」


 散々な言われように、それまで静かに食事を続けていたスイが、キレた。


「ライ。私の心配をしてくれるのは嬉しいけど。それとこれとは話が違うの」

「え? だって、お姉ちゃんが騙されて『ポーション屋』を辞めちゃうんじゃ……」

「違う。私はこの人と一緒に、新しいポーション──『カクテル』っていうのを世界に広めて行くの」


 この人、というところでスイは俺の方を熱く見つめる。

 なんというか、その信頼がくすぐったくもある。

 一方のライは、猜疑に固まった目を俺に向けた。


「……『カクテル』?」


 何も知らない少女である。

 俺はどこから説明したものかと迷うが、要点をまとめて話すことにした。



「ああ。ベースになる酒──じゃなくて『ポーション』に『副材料』を混ぜ合わせて作る新しい『ポーション』だ。スイの見立てによると、『粗悪なポーション』が『超高級ポーション』のような効果になるらしい」



 自分で言っておいてなんだが、なんとも詐欺臭い説明だ。

 すずの塊が金の塊になるという、錬金術の与太話のようだ。

 俺の言葉をどう思ったか。

 ライは犬歯をむき出しにして吠えた。


「そんなのありえるわけないじゃん! お姉ちゃん絶対騙されてるよ!」


 どうやらライも、俺と似たような感想を持ったらしい。

 だが、言われたスイは涼しい顔で言い返す。


「いいえ。本当のことだから」

「もう! お父さんも何か言ってよ!」


 急に話題を振られたオヤジさんは、静かに答えた。


「俺も、その男は気に入らん。『ポーション』の効果なんぞも知らん」

「そうでしょ!」


 おい、オヤジさん。


 ライに同調するようなことをあっさりと言うなと、俺は思わずツッコミを入れたくなるが、言葉には続きがあった。


「だが、気に入らないことに腕は本物だ。『カクテル』というのは美味かった。ポーション屋としてやっていけるかは知らないが、俺の店に商品として並べるのに不満はない」

「お父さん!?」


 味方かと思っていた父に裏切られ、ライはキッと俺を睨んだ。


「信じられない。お父さんまで騙すなんて……」


 どうやら、ライはどうしても俺を認めたくはないようだった。

 この展開は、仕方ない。

 むしろ良い機会だ。

 こうまであからさまに否定的な少女だ。

 実際に客に出すときのテストケースになる。

『ポーション』を飲む文化が無い世界で、どのようにして『ポーション』を売り出していけば良いのかという。



「わかった。そこまで言うなら、ご注文を承りましょう。お嬢さん」

「へ?」



 俺は一度佇まいを直し、立ち上がる。

 そして、赤毛の少女に近寄ると、慇懃に腰を折った。


「お客様のご要望にお応えするのも、またバーテンダーの務めです。ご希望があればなんなりと」

「き、希望?」

「はい。味の好み、甘めや酸っぱめ、好きな物や苦手な物、アルコール度数や量など、あなたがどんな無理難題を訴えても、あなたの望む物をお作りしましょう」


 唐突な俺の対応に、ライは少し面食らっていた。

 だが、これくらい強引に攻めて行かなければ、新しいものを試しては貰えまい。

 少女は少女で、俺の意図も伝わるだろう。

 口で言っても分かり合えないなら、実際に試してみろ、と。



「……それって、なんでも良いの?」

「はい」



 探るような瞳のライ。

 俺はあくまで余裕をもって接する。

 材料はまったく潤沢ではない。設備も整っていない。足りないものだらけだ。


 それがどうした。


 限られた状況だからこそ、バーテンダーは知恵を絞る。

 手に入りにくい材料、高級な材料、安価だが量がない材料、たまたまその日は仕入れられなかった材料。

『バー』の状況は常に変化する。ある日全く使わなかったリキュールが、次の日には空になるまで頼まれることだってある。


 無い物はない。だから、工夫が生まれる。


 そして『カクテル』は、地理的な問題や時代的な問題など、様々な要因に影響を受けながら進化してきた文化だ。

 レシピが定められながら、それでいて日々変動し、代用され、時には全く違う名前まで与えられる。

 それが『カクテル』のレシピであり、面白さでもある。

 彼女がどんな注文をしようと、持てる全てを尽くして応えてやるのが、矜持だ。



「分かった」



 ライはにんまりとした笑みを浮かべる。

 どうやら、俺に対する無理難題を決めたようだ。

 赤い髪の毛の少女は、緩やかに、さりとて少し意地悪く唇を歪ませ、言った。



「私の好きな味、作ってよ。ただし、私からのヒントは一切ナシで」



 ライの挑むような視線。

 彼女は『ノーヒントで、ピッタリのカクテルを作れ』という。

 おそらく、はなから俺を振り落とすための課題。

 正解など、作らせないための注文だ。

 彼女の表情からそれがわかる。彼女のしぐさにそれが現れている。

 つまり、彼女は俺を試しているのだ。


「かしこまりました」


 面白いじゃないか。


 俺は、そんな少女の挑戦を真っ向から受けることにした。



※0805 表現を少し修正しました。

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