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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第四章

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音声送る君一号


 現在地はイベリスの部屋の中。間取りは俺の部屋と変わらないのに、ベッドが一つしか置いていないことに不満を感じる。

 しかし、そのおかげでスペースを取る事ができて、俺は目の前の機械に向かって色々と話ができるのだった。




『初日から、ずいぶんと飛ばしてるね』

「かもしれない」


 スピーカーから聞こえてくる呆れ声に、俺は少しだけ反省を込めて返した。俺が困り顔をしていることは彼女には見えないだろうが、通じないこともないだろう。


『ほんとに、カクテルのことになると見境ないんだから』

「いや、それだけじゃ」

『それだけじゃ?』

「……すまん、そうだな」


 こちらからも向こうの様子は分からないが、俺と話をしているはずのスイがきょとんとしているのが目に浮かぶようだ。

 しかし、それ以上を言うのは少し恥ずかしい。

 と俺は思ったが、面白そうと思う人間もいた。


「総ってばね。スイが馬鹿にされたから怒ってたんだよ!」

「イベリス!」


 俺の背後から大声を出したイベリス。

 その声は遮るものもないままに、魔力で圧縮され、この機械を繋いでいるもう片方のスピーカーに送られたようだ。


『そ、そうなんだ。ふ、ふーん』

「いや、まぁ、馬鹿にされる理由が、なかったからな」


 腹が立ったのは確かだし、スイの名誉のためにというのも間違っていない。

 だけど、それを改めて言葉にすると、やっぱりどうしてもむずがゆいものがある。


『でも、それは置いといて、一つだけ言いたい事があります』


 スイは少し照れ隠しをするように咳払いをして、言った。


『私、その【キール】って、まだ飲んだことないんだけど』

「……いや、だってこれ、店では出さないってなってた『お酒を使うカクテル』だし……材料にワインを使う……」

『飲んだことないんだけど』


 この声の感じだと、結構苛立っているのか? それとも照れ隠しなのか?

 ああもう、やはり表情が見えないとコミュニケーションにも限界がある。

 俺はひとまず、そのどちらでも対応できる策を取ることにする。


「分かったよ。フィルはいるか?」

『……あ、はい』


 声をかけると、恐らく後ろの方で俺達の話を聞いていたフィルに話し手が変わる。


「口頭でレシピを伝えるから、作ってやってくれ」

『え? は、はぁ』


 機械ごしのフィルの声は、戸惑って聞こえた。これは分りやすく、いつもの困った笑みが見えるようだ。


「レシピっても、簡単だ。カシスリキュールあるだろ? あれと白ワインを一対四から一対九くらいで好きに混ぜればいい。グラスはワイングラスで、氷は入れない。冷やすために、カシスと一緒にワインも冷蔵庫に入れておくこと」

『……えっと、分かりました、けど』

「けど?」

『多分、僕、作りませんよ』


 フィルにしては珍しい、はっきりとした拒絶だった。

 俺は少し面食らいつつ、理由を尋ねる。


「えっと、なんでだ? 別に白ワインの目利きが重要な難しいカクテルでも無いけど」

『そうじゃなくて。スイさんは、きっと総さんにそのカクテルを作って欲しいんだと思います。だから僕は作りません』

「……え、いや、お前」


 マジでそんな理由?

 そんなちょっと恥ずかしい理由なのか?


『ですよねスイさん』

『……まぁ、よろしければ、その……』

『だそうです』


 にこりとしたフィルの微笑みが見えるようだ。

 最近、というよりもサリーと二人だけで店に立たせるようになってから、フィルはちょっとこういう押しが強い部分が増えた。

 いままでは俺に判断を任せていたところ、自分でしっかりと判断するようになってきたと言えるだろう。

 良い傾向ではあるんだが、自分に矛先が向くと、困る。


「……それだったらスイ、待っててくれるか?」

『……ん』


 短い肯定の声。

 少なくとも、俺が店に戻ってから一番に作るカクテルは決まったようだ。

 ふふ、と優しげな笑いが零れてきたあと、フィルの声は続いた。


『それとサリーもさ。さっきからムスッとしてないで、少しは会話に参加したら?』

『ばっフィル! 別に私はムスッとなんかしてないから!』

『そうは言うけど、ほら、営業で聞きたいことがあるとか言ってたでしょ』


 どうやら向こうには、スイとフィルの他にサリーも居るようだ。

 サリーはフィルに促されて、渋々といった様子で通話口と向かいあったらしい。


『相変わらず落ち着きのない師匠ですわね。まったくもって、弟子として恥ずかしいことこの上ないですわ』

「悪かったよ。それより、何か聞きたいことがあるんじゃないのか」

『あ、その、えっと』


 相変わらず憎まれ口を叩くサリーに取り合わず、さっさと話を進める。

 のだが、サリーはそこで少し焦ったように口籠もる。


『……聞きたいこと、そうですね、えっと、営業中に、なにか』

「もしかして、本当はただ俺と話したかったけど、理由も無いのにそうするのは、自分が構って欲しいみたいで恥ずかしいから、適当なことを──」

『そんなわけありませんわ! 総さんのバーカ!』


 しっかりとへそを曲げたサリーが幻視できた気がした。そんないつもの調子に、俺も自然と笑みを浮かべる。

 そうだ。何も変わることはない。

 顔を合わせないで、いつも通りの会話をすれば、俺達の関係だっていつも通りだ。

 誰が好きとか、気になるとか、そんなものが分かったって、何も変わるわけじゃない。

 俺が変に気にして、対応が変わるほうが、きっといけないことなんだ。


「くっく、可愛い弟子め」

『……いま、完全に馬鹿にしたニュアンスでした?』

「想像にまかせる」

『それが健気に店を守っている弟子に対する態度ですか!』

「それが店の為に研修に出ている師匠に対する態度か!」


 いつもの売り言葉に買い言葉だ。この後でサリーが決定的な失言をして、俺がポイントをマイナスするだけのやり取り。

 だというのに、しばしの沈黙が挟まる。

 いつもだったら、ここで騒がしい反論が聞こえてくる筈なのに。

 不思議に思ってると、サリーのぼそりとした本音が、少しだけ漏れた。


『……別に店は大丈夫ですけど。総さんがいないと、やっぱり、ほんのちょっぴり、静かなんです。さっさと研修済ませて、帰ってきてください』

「……ホームシックになりそうなこと言うなよ」


 少しだけ、しんみりとした雰囲気が漂った。

 サリーは慌てて、取り繕うように声を大にする。


『ってライが言ってましたわ! あんなんでも、居ないと変な気がするって!』

『こらーサリー。人のせいにするのは良くないと思うなぁ?』


 ライの唇を尖らせるような声もはっきりと聞こえた。

 なんだよ、こいつら、いったいどんだけこの機械の前に集まってんだよ。


『でも総。確かにちょっと寂しいからさ、忘れないでね! 私達だってこっちで頑張ってるってこと!』

『そうだぜ総! お前がここまで店の客増やしたんだからな! お客さんをがっかりさせないように、バシッと決めて、さっさと戻ってこいよ!』

『あっ、ベルガモ! 順番まだでしょ!』

『んだよ! 細かいこと気にすんなって!』


 ライの声に続いて、ベルガモの声も聞こえてくる。二人が機械の前で場所を争うような光景も目に浮かぶ。

 店を離れてまだ何日も経ってないのに、まったくもって、騒がしい奴らだ。

 俺はほんのりと胸の内に熱を感じつつ、照れながら言う。


「なんか、ありがとな。みんなが待っててくれると思うと、こっちでも頑張れそうだよ」


 その俺の声が、静かに響いた。

 ざわざわと機械の向こうで人が動く気配がして、そして俺の言葉に返事がくる。



『俺は別に、お前のことなんて待ってねぇけどな』

「……それはないだろオヤジさん」



 その俺の言葉のあと、機械の向こうでも、こっち側でも、集まっている人間が笑い声を上げたのが良くわかった。

 オヤジさんだって、機械の前に集まってたくせに。






 余談だが、スイに『二千年の魔女』とはなんなのか、と尋ねたら。


『し、知らない。知らないけど誰から聞いたの?』

「いや、まぁ、風の噂で」

『そう。絶対調べないでね。絶対だから!』


 という、前フリをされた。

 なので今度、アルバオに聞いてみようと思った。



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