その娘、ライ
俺とスイ(まだ機嫌が悪い)が店に戻ると、料理の仕込みを中断して昼食の準備をしていたオヤジさんが、丁度厨房から姿を現すところだった。
オヤジさんはまずスイを見つけて少し顔を綻ばせ、後に続いた俺を見て面白くなさそうな顔をした。
「小僧。どうだった?」
だが、やはり結果が気になるらしく、オヤジさんはそれをまず尋ねる。
「もちろん、成功しましたよ。冷蔵冷凍庫──『コールドテーブル』の確保は」
「……まじかよ」
俺が自慢げに言ってみせると、オヤジさんは口をぽかんと開けていた。
「今度オヤジさんにも飲ませてあげます。美味しい『炭酸飲料』ってやつをね」
「……ふん。俺は別に──」
「じゃあ、やめます」
「要らないとは言ってないだろ!」
俺の言葉にオヤジさんは表情をコロコロと変える。
頑固ではあるが、どうにも根は素直なようである。
「しかし、よく『機人』が話を認めたな」
オヤジさんは感心するように言った。そんなに凄いことなのだろうか。
「認めたどころじゃない。『機人』の女の子と『専属契約』までしてきたんだから」
「はぁ!?」
スイが淡々と不機嫌そうに補足すると、オヤジさんは更に食って掛かるように俺に顔を近づける。
ジロジロと睨むように俺を見た後に、急に笑顔になってポンと俺の肩を叩いた。
「そうかそうか。小僧は『機人』が好みか。そうかそうか」
「はい?」
急な態度の変化に俺が付いて行けずにいると、オヤジさんの言葉が続く。
「そうだろう、そうだろう。うちのスイは確かに可愛いが、ちょっと愛想がないしな。一緒に居て疲れるし、魅力もないだろう。そうだとも、お前もその『機人』とよろしくやってればいい。スイには手を出すな。なっ?」
どうやら、何か勘違いをして安心している様子であった。
実の父親にけなされてスイも面白くなさそうな顔をしている。
俺は誤解をしっかり解こうと、真剣に答えた。
「別にそういう関係じゃありません。ただ、これから先にバーをやっていくには、必ず機人の力が必要だと思っただけです。渡りに船ってやつですよ」
ここでチャラチャラした男だと思われては、これから先の経営で信頼されない。
だからこそ、はっきりと言う必要があった。
それに加えて、いい加減爆発しそうなスイの機嫌も、しっかりと直しておかなければ。
俺はスイに、にこりと柔らかく笑いかけながら、真っ直ぐに言った。
「それにスイは、確かに愛想はないけど、充分魅力的だよ。その宝石みたいな髪の毛も、すらりと長い手足も、無表情の中に浮かぶ小さな笑顔も、俺は好きだよ」
だから、そんな顔をしてないで、機嫌を直してくれ。
俺の言葉の意図を、どこまで読み取ったのかは分からないが、
スイはまだ少し頬を膨らませつつ、照れたように赤くなり、
俺の肩を握るオヤジさんの手に、より一層の力が籠もった。
いたた! 痛い! 痛い! 超痛い!
格好つけて余裕な感じで笑ってみせているけど、めちゃくちゃ痛い!
オヤジさん本気だ。本気で俺を潰しに来ている!?
頼むスイ、俺の営業スマイルが消える前にさっさとこの状況をなんとかしてくれ!
俺の願いが通じたのか、スイは少し躊躇いがちに、小さく口を開いた。
「……ありがと」
おう。
ストレートな感謝の言葉に、俺もちょっとなんて返答したらいいのか分からなくなる。
ただ一つ言えるのは、その雪解けのようなスイの表情が大変『可愛らしい』ことと。
それとは別の意味で赤くなっているオヤジさんの顔が、大変『怖いらしい』ことだな。
というかこれもう肩折れてない? ない? 気のせい?
「だ、だからオヤジさん。いい加減、この、手をですね。離してくれませんかね?」
「ああ? いいじゃねえか坊主。俺とも少しは仲良くしてくれよ」
「仲良くは良いんですけど、これ以上は流石にカクテルを作るのに支障がですね!」
いやほんと、キシキシ言ってない? 言ってるよね?
泣くぞ? というかもうほとんど泣きかけだぞ?
良いのか? 大の大人が泣くけど良いのか?
「お父さん、やめて」
「ふんっ」
俺のやせ我慢が限界を迎える前に、スイの一声でオヤジさんは手を離した。
なんか肩の感覚が鈍い気がするが、気のせいってことで良いよね?
これからもやる事があるのに、こんな所で入院一ヶ月とか勘弁だぞ。
「……具体的に俺たちの方も話し合うか。飯でも食いながらな」
オヤジさんは言って、俺を一睨みしたあとに厨房へと戻って行った。
がたいのいい男が居なくなると、それだけで店が広く感じる。
その距離を埋めるように、スイはそっと俺に近寄ると俺の肩を撫でる。
「ごめんなさい。お父さん、全然娘離れが出来てないから。『私達』に近づく男が気に入らないみたいなの」
「いや、気持ちは分からないでも──ん? 『私達』?」
「あれ? 言ってなかった?」
何を?
と聞き返す必要もなかった。
「ただいまー! お姉ちゃん、お客さんとか来た!? 来ないよね! 知ってた!」
店の扉をバタンと開けて、一人の少女が大声で失礼なことを口走っていた。
その髪の毛は、紅。
スイの透けるような青とは対照的な、茜色の空を映したような紅だ。
だが、身長や外見年齢などは、スイととても似通っている。
恐らく、三年と離れてはいないだろう。
体つきはスイの方がより女性らしい。というよりかは、赤毛の少女は、出るところがあまり出ていないという印象なのだが。
スイよりも表情豊かなその少女は、大声を放った後に俺の存在に気づき、不躾に尋ねてきた。
「えっと、誰ですか?」
そのストレートな反応に、俺は戸惑いつつ答えた。
「……俺は、夕霧総。訳あってこれからスイと一緒に店をやることになった」
「……ふーん」
赤毛の少女は、その反応だけを残すと、無遠慮に俺に近づき、ジロジロと見てくる。
少女の丸く大きな瞳は、猜疑心を丁寧に現す。
まさに目は口ほどに物を言う、というやつだ。
やがて、はっきりとその瞳の色が変わった。
敵意だ。
「私はライ。ライ・ヴェルムットです」
赤毛の少女、ライはすっとスイと俺の間に入り込むと、はっきりと口走った。
「お姉ちゃんを騙そうったってそうは行かないからね!」
その宣戦布告のような言葉に、俺はなんと答えたものか迷う。
どうにも、バー開店のラスボスが残っていたようだった。
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