【X.Y.Z】(3)
本日三話更新予定の二話目です。
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「「酸っぱ!」」
俺と伊吹は同時に声を上げた。
そしてお互いを睨み合う。
「おいふざけんなよ! お前がレモン足りないとか言ったんだぞ!」
「そっちだよそっち! コアントローが多いって言ったから!」
泡を飛ばしながらお互いを罵倒しつつ、俺達は持っていたグラスを置いた。
普通のタンブラーだ。中には氷が詰めてあって、それらを包むような薄白色の液体が満ちている。
俺と伊吹が普段家で飲むのはウィスキーだが、今日は違った。
事の発端は、偶然が重なってしまったことにあった。
俺がたまたま、漫画喫茶で『シティーハンター』という作品を読んだとき、伊吹がたまたま、親戚筋から大量のレモンを貰ったらしい。
『シティーハンター』という漫画には、とあるカクテルの名前が頻繁に出てくる。
そう。【X.Y.Z】が飲みたくなってしまったというわけである。
俺達は頷きあって『バカルディ(ラムの銘柄、今回はホワイトラムを指す)』と『コアントロー』をそれぞれ買ってきたのだった。
だが、材料を揃えたところで、俺の家には肝心のシェイカーが無かった。カクテルグラスもなかった。
まぁ、素人考えでなんとかなるだろうと、メジャーカップも使わずに、氷を入れたタンブラーに目分量で材料を注ぎ込んだ。2:1:1の比率にだけ気を付けて。
注ぐ段で結構不安な分量となっていたが、目をつぶって中身をがーっとかき混ぜた。
その結果が、先程の感想に繋がるのである。
「……やめよう、醜い争いだ」
「そうだね……まぁ、うん、良く出来たよ、きっと」
そう慰め合いながら、俺達はもう一度、出来上がった液体を口に含んだ。
まず酸っぱい。しかもちょっと苦い。
爽やかであるが、腹にぐわっと溜まるような、そんな重さのある飲み口だ。
香りというか、風味はなんだろうか。昔を思い出す懐かしい甘い香り……あ、これあれだ、こんな駄菓子を食べたことがある気がする。
……まぁ、酸っぱいし辛いけど、そういうのが好きな人には悪くないんじゃないかな。
「やっぱりこれ、アレだってば。コアントローとラムが足りないんだって」
俺が自分の心を慰めていたところで、目の前の伊吹は諦め切れない様子で台所から持ってきた材料を足していた。
再びかき混ぜたあとに、伊吹は口に含み、言った。
「……酸っぱくないけど、酒感が半端ない。なんだこれ。レモンが弱いと、途端にアルコールが出てくる」
その感想と表情を見るに、あまり成功とは言えないようだった。
俺はもう一度、自分の液体を口に含み、そして言った。
「やっぱり『シェイク』のカクテルを『ビルド』で作ったのが、そもそもの間違いだろ」
「いや、それ以前に、素人がいきなり【X.Y.Z】を作ろうと思ったのが、間違いだったんだって」
「言えてるな」
俺達は、お互いの浅い行動に呆れながら、それでも出来上がった不味いカクテルを口に含んだ。
酒に慣れた今だからこそ飲んでいられるが、もしも飲み始めたころだったら、むせてしまったことだろう。
それくらい、バラバラで、強くて、酸っぱくて、とても『カクテル』とは言えない一杯だった。
「……やっぱり俺は、ウィスキーで良いや」
俺は苦笑いを浮かべながら、常備してある『サントリー角瓶』に手を伸ばした。
「えー。今度はシェイカー買って挑戦しようよぉ」
「なんでだよ。別に良いって、レモンなら【ハイボール】に入れられるだろ」
「それで消費するのに、どんだけ飲む気?」
伊吹のじとっとした目つきに、俺はそっぽを向いた。彼女が貰ってきたレモンは、まだまだ結構な量があった。到底、絞っても絞っても使い切れなさそうな程度には。
「とりあえず、この味はアレだね。【総のX.Y.Z】として覚えておくことにしました」
「ふざけんな、あえて言えば【伊吹のX.Y.Z】だろ」
「私の名前を失敗作に付けないでください」
「俺の名前だったら良いってのかおい」
言い合いながら、俺達は互いのグラスを傾ける。
そして二人して、渋い顔をして、笑い合った。
不味い不味いと言いながら、失敗した『カクテル』を飲む。それもまた、楽しかった。
「まぁ、良いや。私そろそろ行くね」
しばらくすると、伊吹は唐突に立ち上がり、言った。
彼女のグラスは、まだこたつ机の上にどんと置いてあるにも関わらずだ。
「行くってどこに?」
「遠くに」
彼女の言っていることが良く分からなくて俺は戸惑った。
戸惑ったが、必死だった。
「ま、待ってくれ伊吹!」
「……うん。待ってるから。だから、早く会いにきてね」
俺が叫ぶと、伊吹は一度だけ振り向いてそう言った。
それから、振り返ることなく、去っていってしまう。
俺はどうしてだか立ち上がれない。
それでも、必死に、その手を、伸ばして──
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「行くな!!」
「きゃっ!?」
俺が思い切り腕を掴むと、その腕の主は驚愕したようにびくりと震えた。
そのまま俺に引っ張られて、その少女は俺の腕の中へとやってくる。ふわりと良い匂いと、柔らかい肌の感触がした。
その後視界に飛び込んできたのは、目を覆わんばかりの青だった。
「……そ、総、さん?」
少女の震え声がして、俺はようやっと、自分が誰を抱きとめているのかを思い知った。
「……スイ?」
「あ、あの、これは」
「……悪い」
やや言葉が覚束なくなっている少女を、すぐに解放する。
スイはバッと俺から距離を取り、混乱が良く混ざった目で俺を見つめていた。
俺は立ち上がりつつ、あまりスイの顔を見ないようにする。
「な? は? え?」
「本当にすまないスイ。ちょっと、酔ってたんだ」
俺が適当な謝罪の言葉を送ると、スイは腑に落ちない表情ながら、二度ほどこくんと頷いた。
直後、俺の脳天にはガツンとした衝撃がっ。
「なにやってんだ小僧ぁあ!?」
俺は頭を押さえてしゃがみ込む『ズキン』と形容するにはやや強烈な痛みを感じつつ、頭の中を整理していた。
思考はとてつもなくクリーンだ。思考回路のどこにも滞りは感じられない。
俺は立ち上がり、自分にゲンコツを降らせた背後の男性にも、しっかりと頭を下げる。
「本当に、すみません。悪気はなかったんです」
「……んだよ。調子狂うな。変に素直じゃねえか」
オヤジさんは、俺があまりにもあっさりと謝ったことに気味の悪さを感じているようだった。
俺は何か言葉を発する前に周りを見てみた。
自分が今居る場所は、まぎれもなくイージーズの店内。それもカウンターの内側。
隣にはまだ目をパチクリさせるスイと、微妙な表情のオヤジさん。
カウンターの向こう側には、見知った少年少女の顔がある。
「どしたの総? 頭叩かれ過ぎておかしくなった?」
赤毛の少女の、心配半分からかい半分の声。俺は彼女に手を上げつつ「かもな」と苦笑いを返す。
「本当に大丈夫ですか? 忘れ物を取りに行って、戻ってこないから心配したんですよ」
「大丈夫でしょ。それで様子を見にきたら、勝手に飲んで熟睡してるなんて、呆れた」
「サリーってば!」
銀髪の双子は、それぞれ俺に心配の声と、憎まれ口を叩く。だけど、そのどちらもが俺の事を、実際には凄く心配してくれていたのだと、なんとなく分かる。
「今、時間は? どれくらい経った?」
「総さんが忘れ物を取りに戻って、三十分くらいですが?」
「……そうか」
たった、それだけの時間だったのか。
直接会話したのは、更に短い時間だったはずだ。
だというのに、俺は……思い出してしまった。
カウンターの上にはグラスが一つ。作ってから時間が経った【X.Y.Z】だ。
彼女曰く、完璧すぎてつまらない、そんな一杯。
そしてもう一つ。
俺が作ったわけではない、一発の銃弾がそこにある。
「総? 本当に大丈夫? なんかさっきから心ここにあらずだけど?」
ようやく心を落ち着けたらしいスイが、俺の顔を覗き込みながら尋ねる。
俺は努めて自然な笑みを心がけながら、彼女の優しさに応える。
「……本当に大丈夫。優しいな、スイは」
普段の俺なら、こう言うだろう。
しかし、俺の表情を見たスイは、さっきとは打って変わって鋭い表情になる。
暫く、むぅ、と考え込むように唸り、真剣な瞳で言った。
「総、何があったの?」
「え?」
「そんな作り笑い、見た事ないよ」
「…………」
最初は、スイが酔っぱらって適当なことを言っているのかとも思った。
だけど、彼女は回復力の高さにも定評がある。これだけ時間が経ったのなら、とっくに酔いは冷めているころだろう。
「……そういやそうだな。言われてみりゃ、様子が変だ」
「確かに、総の癖に、変にデリカシー見せてる気がする」
スイの言葉に便乗するように、失礼なことを言ってくるのがヴェルムット家の連中だ。
誰が普段はデリカシー無いって言うんだこら。
……まぁ、その遠慮のなさが、多分、居心地が良かったんだけど、な。
「総。話したくないこと? 聞かない方が、良い?」
スイの優しく問いかける声。
本当は聞きたくて仕方ないのに、それを抑え付けて行儀の良い尋ね方。
俺は、自分の頭をこつんと叩いた。
もう、頭痛はない。
それをどれだけ考えたところで、止めるような何かは働かない。
「小僧。何かあんなら言っちまえ」
「……オヤジさん」
「隠したいことなら無理にとは言わねえけどよ。一人で考え込むくらいなら、言って楽になっちまえよ」
「……そう、ですね」
俺が無意識に答えると、頭にもう一発ゲンコツが降ってきた。
「だぁっ!? なんで!?」
「んで小僧。てめぇどうして、また敬語になってんだ?」
「あっ……」
オヤジさんの声で、気付いた。
先程の一件から、どうやら俺はまた、線を引いていたことを。
「他人行儀はよせ。お前に何があったのか知らねえが、俺達は気にしねえ」
「オヤジさん……」
「良いから話せよ。俺達はもう、家族じゃねえかよ」
オヤジさんの声に、スイもライも頷いた。
フィルは静かに笑みを浮かべ、サリーですら不服そうな顔をしつつ、ソワソワと俺の言葉を気にしている。
俺は、ふぅと息を吐いた。
唐突に湧いた、頭の中のアレコレを吐き出して、楽になってしまいたかった。
そうすることで、ある種、このお店を『カクテル』のために利用していたような、そんな後ろめたさから、解放されたかった。
「……俺、実は、ずっと忘れていたことが、あったんだ」
そうして俺は、自分が取り戻した、過去をポツポツと語った。
俺と伊吹の、ほんの半年を。
そして、今に繋がる、トライスの存在を。
※0325 少しだけ加筆しました。




