双子の試験(8)
夜が更けるにつれて、客の込み具合はテーブル席からカウンターへと緩やかに伝播していく。
既に他所で食事を終えてから、カウンターでは飲み物だけを注文するというお客さんも、次第に増えていく。
フィルとサリーは、俺達に構うのもそこそこに、それぞれがお客さんに向かい合い、和やかに会話を進めていた。
初めての自分たちだけでの営業にしては、驚くほど上手くいっているだろう。
「あ、いらっしゃいませ、ヴィオラさんにイベリスさん」
扉が開く音と同時に、サリーの弾んだ声が聞こえた。
俺とスイもそちらに顔を向けると、約束通りに顔を出してくれた二人の女性の姿が映った。
新しい女性客二人は、俺達の存在にも気付いて軽く笑んだあと、カウンターへと近づいて来てサリーに尋ねる。
「やぁ。席は空いているかな?」
「大丈夫ですよ。ご一緒で?」
「一緒で良いよー」
サリーはかしこまりました、と元気よく返事をしたあと、俺とスイの側に二人を案内する。
カウンターの一番端にヴィオラ、隣にイベリス、その隣に俺で、最後にスイが並んだ形だ。
二人が席に着くと、フィルが女性の常連客達との会話から抜け出して来て、そっとおしぼりを手渡した。
「お疲れさまです。今日は二人ご一緒で珍しいですね」
注文を尋ねる前のほんの一息。フィルは俺達も気になっていることを尋ねる。
ヴィオラとイベリスが二人で来店するというのは、今まであまり見た記憶がない。
「ああ。そこでバッタリ会ってな」
「目的地も一緒だから、どうせなら一緒に行こうねーって」
ヴィオラの柔らかい答えに、イベリスが楽しそうに合わせる。その仲の良い答え方も、言ってはなんだが、少しだけ新鮮に感じた。
実を言うと、この二人が隣に並ぶことは少ない。
大抵、イベリスはゴンゴラと一緒に来る。そしてゴンゴラは気の合う中年連中の近くを好む。イベリスはどこに座っても楽しそうにしているので、わざわざ離すことは少ない。ある意味、サリーと並ぶ中年連中のアイドルみたいなものだ。
誰とでも仲良くなるので、どんな相手の近くでも輝く、とても助かるタイプだ。
反対に、ヴィオラはそういった騒がしい感じが苦手。だが、人と話をしたくないというわけでもない。まだ店に慣れていない、一人客の隣なんかにそっと座ってもらうと、緊張をほぐす程度に会話をしてくれたりする。
ただし、ヴィオラをカップルの隣なんかに置くと、男の方が見蕩れてこじれることもあるので、そのあたりは注意が必要だ。
で、今の席の埋まり具合としては、端のほうにフィルを気に入っている女性複数。中央にはイソトマを中心とした、オヤジ連中。そして端には俺とスイ。
せっかく二人で一緒に来たので、二人をセットで座らせるとなると、必然的にこちら側になるというわけだ。
「それでは、ご注文はどう致しますか?」
この二人の常連にはメニューについて聞かず、フィルが尋ねる。
「そうだな。私は軽く飲んでいるから……【ヴァイオレット・フィズ】を貰えるか?」
「んー。私はアレ。えっと、前に飲んだ奴。名前なんだっけ総?」
「【スノー・ボール】かな」
「そう、それ!」
俺に聞かないでフィルに聞いてやってくれ、と思いつつ答える。
イベリスの元気の良さに、フィルも苦笑いを浮かべていた。
ヴィオラは領主様の影響でもあるのか『パルフェタムール』を好んでいる。
何度か説明したかも知れないが『パルフェタムール』とは、紫色の妖艶な『スミレのポーション』だ。媚薬にも例えられる甘い香りと、うっとりするような深い紫色が特徴だ。
そして【ヴァイオレット・フィズ】は、そのパルフェタムールをベースに、レモンを加えてシェイクし、最後にその液体をソーダでアップするカクテル。
甘く爽やかな味わいで、食後に楽しむのも中々の一品だ。
一方、イベリスが頼んだ【スノー・ボール】は、店で新たに作れるようになったカクテルの一つである。
この一杯が作れるようになったのはつい先日だ。先日というか、前の休みにというか、まぁ、原材料に『アドヴォカート』を使用するのだ。
よってまだメニューには乗っていないし、話の流れで知った人間以外はそのボトルの存在も知らない。
ウチには今、まだメニューには乗せていない『試用中』のボトルも数本存在している。
イベリスはどちらかと言えば店側の人間だし、隣の農場にて『巨鳥』の飼育が開始されるともなれば、話をしないわけにはいかなかったのだが。
【スノー・ボール】のレシピは色々と諸説があって、一つのスタンダードを決めることは難しい。俺が習った作り方でかつ、この店のカクテルレシピで良いのならこうだ。
まず、レモンを六分の一にカットして、タンブラーグラスに果汁を絞る。そのまま果実を落とし込んで氷を詰め、アドヴォカートを40ml計り入れる。
次はソーダを少量だけ注いで、一度ステアする。これによって粘性の高いアドヴォカートを、液体に馴染ませるのだ。
それが済んだら残りのソーダを注いでグラスを満たす。普通よりもやや丁寧に上下にステアしてやって完成だ。
【アドヴォカート・エッグノッグ】とは違った透明感のあるさっぱりとした味わいが、アドヴォカートの卵の甘味と混ざり合い、これまた魅力的な一品である。
また、先に少し述べたがそのレシピは多彩だ。
ソーダではなくレモネードを使ったり、代わりにジンジャーエールを使ったり。
グラスには果実を落とさず果汁だけにしたり、レモンではなくライムを使ったり。
さらにはマラスキーノチェリー(真っ赤なチェリー)や、スライスオレンジを飾り付けに使ったりもする。
さらには、『雪玉』を表すシンプルな名前だからか、同名で『ジン』ベースの全く違うカクテルも存在するという混迷ぶりだ。
レシピや作り方に正解は無いので、是非とも自分にあったレシピを探してもらいたい一杯である。
「かしこまりました。サリー」
「分かってる」
フィルが注文を承ると、サリーは既にグラスの準備に入っている。この辺りの連携は、特に注意したわけでもなくバッチリである。
ここは二人で作業を分担して片付けても良いが、俺がフィルだったら、サリーに任せて他のお客様との会話に戻るところだろう。
フィルもそのつもりのようで、サリーに任せて今度は中年の群に向かって行こうとする。
だが、その動きにイベリスが待ったをかけた。
「えっと、私の一杯は、サリーじゃなくてフィルに作ってもらいたい、かも」
ぴたっとサリーの手が止まり、引き攣った笑みでイベリスを見た。
「り、理由をお伺いしても?」
「だってフィルの方が美味しいんだもん」
イベリスよ、それは思っていても、言ってやらないでくれ。
「ぐぅっ」
サリーは致命傷を受けた獣のように呻いたあと、やや怨嗟のこもった目でフィルを見た。
フィルは冷や汗でも浮かべてそうな苦笑いで「こ、好みの問題だって」と、サリーの気を逆なでするようなことを言っていた。
「あの、サリー。私の【ヴァイオレット・フィズ】は君に作ってもらいたいな。君のシェイクは見ていて綺麗だからな」
「……かしこまりましたわ」
ヴィオラがフォローするが、サリーの心の傷はまだ癒えてはくれないようだった。
フィルが少し手間のかかる一杯を作っている隣で、サリーもシェイカーに材料を注ぎ終えて、いよいよシェイクの構えに入った。
ココンとまな板を打ちつける癖は弟子共々移ってしまったが、そこからのシェイクには既に個性が出始めていた。
何かと言えば、サリーは見た目に凝る、ということを意識しだしていた。
もちろん、基礎を疎かにするようなことはさせていないが、俺は簡単にだけシェイクの仕方を途中で変えるという技術も教えた。
シェイクの目的として大きなものは、液体を混ぜることと、液体を冷やすこと。
この液体を混ぜること、に関しては、上下に肘を動かしながら綺麗な8の字を描く二段振りが、効率が良い。と俺は思っている。
だが、液体を冷やすという目的であれば、上下に激しく揺さぶらずに、肘を固定しながらの一段振りというのも選択肢としては面白い。
何より、シェイク中に変化が加わると、見ていて飽きないのだ。
もちろん、一番重要視するべきは完成するカクテルであり、完成系のイメージに沿った振り方を選択するのが正しい。
お客様の好みに合わせて、多少水っぽくなるのは覚悟で、シェイクの最後に思いっきり氷を砕いて浮かべることだってある。
だが、バーテンダーはただカクテルを作る機械ではないのだ。そういう意味でも、サリーの意識の変化は、確実な前進に思えた。
ふっと、サリーの目に真剣さが宿る。
まずはゆっくりと、氷を砕かないよう柔らかく、手首のスナップだけでシェイクを始める──……一段振りだ。
やがてスピードが乗ってくると、静かに肘の動きを取り入れ始める。上下左右に緩やかに動くシェイカーと、それを持つ細く白い指。
キラリキラリと、店内の橙色の明かりがシェイカーの表面を踊り、万華鏡のように鮮やかに表情を変える。
次第にゆっくりと動きが穏やかになり、カランとしなやかに、最後の一振りを終えた。
ほぉぅ、と感嘆の声を漏らしていたのは、果たしてカウンター席の誰だろう。
「終わったわよ」
「僕も丁度」
サリーの声に合わせるように、フィルの方もカクテルの準備をほとんど終えていた。
あとはソーダを注ぐだけ、である。
サリーがグラスへと薄紫の液体を移している間に、フィルは手際良くソーダを自分が手がけていたグラスに注ぐ。
それが済むと、即座に隣の紫色の海にもソーダを注いでいった。
ステアも済ませると、完成、とほっと表情を緩める二人。
だが即座にまだ終わりではないと気を引き締め直して、それぞれのグラスを対応するお客さんの前に置いた。
「お待たせしました。【スノー・ボール】と──」
「──【ヴァイオレット・フィズ】ですわ」
透明感のある乳白色の液体は、フィルの手でイベリスの前に、
蠱惑的な薄紫色の液体は、サリーの手でヴィオラの前にそれぞれ置かれた。
共に嬉しそうな顔でグラスを手に取り、まずは自分達で、次に隣の俺達にも向かって乾杯と唱えるヴィオラとイベリス。
そして、ゆっくりと液体を呑み込んでいく。
こくり、と喉が動き、グラスを口から離すと、満足げな笑みを浮かべて二人が言う。
勢いも、声音も違うのに、同じ言葉を。
「「美味しいよ」」
「「ありがとうございます!」」
そんな感想に、あからさまに嬉しそうな顔を浮かべてしまっている二人を見て。
もう少し自信を持てと再三思って、少し呆れてしまった。
「総、また頬が緩んでる」
「…………」
隣のスイに小声で指摘され、慌てて俺も表情を引き締め直したのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
またしても遅くなって申し訳ありません。二十二時更新予定とはいったい……
それと、申し訳ないお知らせなのですが、しばらく所用で家を空けることになりまして、三週間ほど、今のベースでの更新が難しくなります。
一応、可能な限り、三日に一回は更新させて頂ければと思いますが、もし宣言通りに行かなかった場合はお察しいただけると幸いです……
というか三週間って、書籍の発売予定の日に、家に居ない可能性があるという……
あとがきで露骨な宣伝するのもアレですが、書籍の発売は3/25日予定ですので、よろしければご一考ください。
よく考えた結果、そちらに使うお金でお酒を買うのも、また一興でございますので。
※0303 誤字、及び表現を少し修正しました。




