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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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双子の試験(4)

またしても長い上に、設定の説明回です。

読み飛ばすくらいが丁度良いかもしれません。

「総! 待ってたよ!」


 俺が姿を見せると、研究所内に併設されたカウンターに座っていたイベリスが、子供のように手をぶんぶんと振った。

 その隣には、イベリスの元気の良さに、少し眩しそうな顔をするスイも居る。

 研究所内は相変わらずゴミゴミと散らかっているのだが、とある一画だけ整然と整っているのが分かった。

 その中心にある謎の機械が、今回俺が呼び出された原因だろうか。


「イベリス久しぶり……って程でもないか」

「そだねー。毎週一回は会ってるもんね」


 イベリスは大体、忙しくても週に一回はウチの店に遊びに来ていた。

 そのほとんどはゴンゴラも同伴である。夜中にイベリス一人が出歩かないようにとの話らしいが、俺の目にはイベリスの方が保護者に見えることも多い。


「それで、今日はなんで呼ばれたんだ?」

「んふふー、それはアレだよアレ!」


 イベリスがアレと言って指差しているのは、俺がさっき目を付けたのと同じ機械だ。


「あれはなんなんだ?」

「その説明の前に、一回使ってみたほうが良いと思うわ」


 俺の疑問に答えたのはスイだった。しかし、正体は依然謎のままであり、俺の脳裏に先程のライの反応が蘇る。


「……大丈夫なのか?」

「何が?」

「いや、安全性とか色々」

「……だから、何が?」


 俺の念押しに、スイは少しむっとした表情をする。

 しかし、ちょっとここで引き下がるには、仕入れた情報が怖すぎる。


「いや、だってライは大丈夫としか言わないし、いったいどんな装置なのかくらい、教えてくれても良いだろ?」

「……それじゃ、びっくりさせられない」


 俺が少しだけ感情を込めて尋ねてみても、スイは首を縦には振らなかった。

 その表情からは純粋な好奇心が垣間見えるのだが、その好奇心が今は怖いのだ。

 そんな俺達のやり取りに、隣で見ていたイベリスが笑い声を上げた。


「あはは、大丈夫だよー。総は心配しすぎかも!」

「イベリス?」

「この機械の設計は私のほうだもん。スイは発端兼アドバイザーみたいな感じだから、安全性は私が保証するよ!」


 どん、と胸を叩くイベリス。

 スイを横目で見ると、やや不本意そうだが、イベリスの発言に頷いていた。

 ……そこまで太鼓判を押すなら、とりあえずは信頼しても良さそうだ。


「……まぁ、安全なら」

「そそ。最悪なにかあっても、総なら絶対死なないから」

「待て、何かある可能性はあるのか? 俺ならってなんだ?」

「ん、大丈夫大丈夫」


 安心したところで、追い打ちをかけられた不安である。

 しかし、彼女達はそれ以上取り合わず、目線だけで何かを伝え合う。

 それが済むと、スイはすっと立ち上がり、軽く俺とイベリスへ声をかけた。


「それじゃ、私は予定通り部屋から出るから」

「……お、おう?」


 そのままスイが部屋から出て行くのを見送ると、イベリスも元気に立ち上がる。

 そして俺の手を引いて、機械の前まで牽引していった。


 この『機械』は、果たしてなんなのだろうか。

 見た所、スピーカーが付いていることは分かる。それから何に使うのか分からないボタンと、ゴテゴテとした配線。それらの動力源らしき黒い箱形の謎のユニット。

 マジマジと見れば見るほど、分からなくなりそうだ。

 暫く眺めていると、イベリスはふと声を上げる。


「ん、そろそろ良いかな。総、ちょっとその箱に手を当ててみて」

「……こうか?」


 言われるがままに手を当てる。

 ひんやりとしていた。それ以外はよく分からない。

 そう思っていると、その箱の外殻に、文字が浮かび上がる。


 この世界の文字であることは分かる。そこにはこう書いてある。


《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》

《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》


「これって」


 覚えがあるというレベルではない。

 そこに刻まれているのは、俺がこの世界で使えるたった二つの魔法。

『弾薬化』と『弾薬解除』の詠唱であった。


「ん、起動してるね」

「これはなんなんだ」

「静かにして、すぐ繋がるから」


 イベリスはしっと唇に手を当て、俺に沈黙を促す。

 その直後。

 装置のスピーカーを通して、リリリという音がした。

 これは、まるで。


 電話のようだ。


「もう手を離しても良いよ。ボタンを押して」

「……ああ」


 イベリスに促され、ボタンを押してみると。


『成功かな。総、聞こえる?』


 取り付けられていたスピーカーから、確かにスイの声が聞こえていたのだった。

 俺はとりあえず、接続しているスピーカーに向かって、返事をした。


「ああ、聞こえるよ」

『成功。ね、安全だったでしょ?』


 その、少しだけ得意気なスイの声に、俺は乾いた笑いを返すことしかできなかった。





「試作機は成功ということで、この装置は『音声送る君一号』と名付けます!」


 もう一度ボタンを押すと通話は切れ、それからすぐにスイが戻って来た。

 スイは珍しく浮かれた様子で、戻ってくるなりイベリスとハイタッチをしていた。

 俺がもう一度機械のことを尋ねると、その答えが先程のイベリスの台詞となっていた。


「一ヶ月でここまでこぎ着けるなんて、イベリスは天才ね」

「いやいやー。スイの協力がなかったら出来なかったよ。魔法はからっきしだし」

「そんなことない。私の理論を理解して、それを応用できるなんて大したもの」


 俺を無視してお互いを褒め合っている少女二人。

 仕方なくそのやり取りが終わるまで待っていると、イベリスとスイはようやく俺の存在を思い出したようにこちらを向いた。


「あ、総ごめん。なにか質問かな?」

「いや、質問というか、色々と説明して欲しいんだけど」


 俺のそんな言葉に、二人はにんまりと笑みを浮かべた。

 そういや、この二人は説明したがりだったか。

 これは早まったかもしれない。





 突発的に始まった、スイ先生の魔法講座番外編。

 今日は、日常的に使われている魔法装置と、機械の違いからであった。


 その両者の決定的違いは何か。

 この世界における答えは、

 前者は人が魔力を与えてやって始めて機能するもので、

 後者は人が魔力を与えなくても、自立的に機能するもの、ということらしい。


 この世界で発達している道具は基本的に前者だ。火の魔力を与えてやると起動するコンロや、水の魔力を与えると動き出す水道など、この世界は魔力の利用で成り立っている。

 反対に、ウチの店にある『コールドテーブル』や『ショーケース』は、そうではない。『ウォッタ』の魔石や『ジーニ』の魔石から自動的に動力を引き出し、新しい命令を受けるまでは機能し続けるものだ。


 魔法装置と機械の大きな違いとは、スイッチを押すのに『魔力』を使うか使わないかの差なのだろう。


 そして今回の装置は、そのどちらとも言えないらしい。


「本質は機械だけれど、現在は魔法装置である。というのが正しいかな」

「どういうことだ?」

「この機械は、多分世界で始めて作られた『第五属性』の機械だってこと」


『第五属性』


 度々話には出てくるが、はっきりとは知らない属性である。

 俺がそれに関して分かっていることは、第五属性の研究は進んでいないことと、俺には何故か第五属性の才能がずばぬけてあるということだ。


「そもそも、現在の機械は動力に魔石を使っている、これは大丈夫?」

「ああ。電気を使っている俺の世界の機械とは別物なんだろ」


 この世界には、発電装置のようなものはない。

 さらに言えば、蒸気機関の発展もしていない。

 俺の世界にはない魔力という万能のエネルギーがあるゆえに、他のエネルギーを発達させる必要がないのだろう。


「魔法装置も一緒ね。二つの違いは、魔法装置は魔石を『増幅機』として使っていて、機械は『動力』として使っているってこと」

「魔石ってのには、色んな利用法があるってことな」


 魔石とは、この世界に特有の物質だ。

 スイに言わせれば純度の高い魔力が結晶化したもの、らしい。

 その用途は様々であり、前述した二つに加えて、ポーションの材料にもなる。


「そもそも魔力とはなんなのか、については色々な仮説が出ているからはっきりとはしてない。ただ、魔石の魔力を消費しても、それは大気中に自然に分散して、その総量自体は減らないというのが、一般的な説かな」

「『魔力量保存の法則』とか、名前付いてそうだな」

「……良く知ってるね」


 冗談で言ってみると、本当にそういう名前が付いているらしい。

 翻訳効果というのは侮れない。


「それで話を戻すけど、この装置は『音声を送る』ことができる。そしてその原理に総の『弾薬化』と『弾薬解除』の魔法理論を利用しているの。故に『第五属性』の機械ね」

「まずそこが分からないんだが。なんで弾薬を作る魔法とそれを解除する魔法で、音声を送る機械が誕生するんだ?」


 第五属性うんぬんは置いておいて、最初の疑問はそこだった。

 俺の魔法は、物体を『弾薬』の形にして、その『弾薬』を元の物体に戻す。

 また『弾薬』になっている段階で、銃で撃ち出すことで『魔法』になる。

 そういった効果だと思っていたのだが。


 俺の疑問に、スイは少し言葉に迷った様子で、ゆっくりと答える。


「……それは多分本質の……いえ、本質化……違うわね魔法的原理の収束……」

「スイは言葉がかったいなぁ。私が説明するよー」


 スイが上手い言葉を見つけられずにいた脇で、イベリスが手振りを交えながら説明を始める。


「総の魔法はね。こう、弾薬を作る魔法じゃなくて、なんでも弾薬の形に『置き換え』ちゃう魔法なんだって」

「置き換え?」

「機人の言葉では……『圧縮』と『解凍』かな」

「……ほう」


 イベリスが手をぎゅっと握ったり、ぱっと放したりするのを見つつ、俺は頷いた。

『圧縮』と『解凍』か。なるほど、工学系だった俺には、やや分りやすい表現だ。


 俺の想像するところの『圧縮』と『解凍』とは、データが持っている情報をより小さな情報にまとめ直し、またまとめ直された情報を、規則にしたがって復元することを言う。

 デジタル関係では、さまざまな方法で圧縮や解凍が試みられるが、こと魔法の世界でもそれは同じなのだろう。


「要するに、そこにある物を『魔法的な処理』で問答無用で弾薬の形にしちゃうのが『弾薬化』の魔法。そいでそれを元に戻すのが『弾薬解除』の魔法ってわけだね」


 魔法的な処理というのは、おそらくスイが研究していた分野であろう。

 多分俺が聞いたところでちんぷんかんぷんな世界だ。


「つまり、この装置は『音声』を『魔法的な処理』で圧縮して送受信。それをまた解凍してやり取りをする機械ってこと、で良いのな?」

「そういうことかも!」


 イベリスの元気の良い頷きで、俺も魔法理論はさっぱりだが、原理はなんとなく分かった気がした。

『電話』で行っているやり取りを『魔法』を利用して行っているということだ。


「そこまでは分かったけど、それじゃ、本質は機械で、現状は魔法装置ってのは?」


 俺が尋ねると、イベリスが説明役をスイに返す。

 スイはすっと装置に近づき、先程俺が手を当てた箱形の動力源を触った。


「この動力がね。無いのよ」

「……無い?」

「この世界で、第五属性の魔石は発見されてないの」


 スイの渋い顔を見て、俺はこの世界の四大属性の法則を少し思い出した。


 この世界の基本的な属性は四つ。

 風の『ジーニ』。

 水の『ウォッタ』。

 火の『サラム』。

 土の『テイラ』。

 以上四つだ。


 そしてそのどこにも属していないものを『無属性』と呼ぶ。

 この中に『第五属性』は含まれていない。


「第五属性の魔石が無ければ、第五属性の機械を動かす動力もない。つまり原理的に第五属性の機械は作れても、実際には動かせないということ」


 スイが動力源からぱっと手を放しても、しばらく機械は動いている。

 だが、それも時間が経つとゆっくりと動きが鈍くなり、やがて動かなくなった。


「それじゃ、さっき動いていたのは?」

「魔石が無い代わりに、もともと第五属性の魔力量が多い私や総が、魔石の代わりに動力をやっていたってこと」


 なるほど、だから本質は機械だけど、実際は魔法装置というわけか。

 エンジンで動く車を作ったけど、肝心の燃料が無いから、手で押しているみたいなものだ。それでは車に乗っているとは言えない。

 そこまで考えてから、ふと、思った。


「……それは、危険はないのか? 魔力を吸われすぎたら魔力欠乏症になるんだよな? それで、第五属性は魔石も無いから、ポーションも作れないわけだろ?」


 俺の素朴な疑問に、スイとイベリスは同時に目を逸らした。

 その反応は、さきほどの俺の疑問を肯定しているようにしか思えない。


 そうだ。俺は今まではっきりと第五属性の話を聞いたことがなかった。それはつまり、スイはその属性がポーションとは無関係と思っていた、ということだろう。

 俺が知るまで無属性の魔石が話に出てこなかったのと、似た理由だ。


 そして、魔石が無ければそのポーションも無い。

 過度な第五属性の魔力の消費は、危険が伴うというわけではないか。


「……まぁ、総なら大丈夫。そのポーチよりよっぽど安全だし」

「つまり危険はあったと」

「……大丈夫だったでしょ?」


 その声が、悪戯をして怒られる前の子供みたいで、俺はため息が漏れた。

 恐らく、俺が来る前にいくらか実験は重ねていたのだ。

 そして安全だと判断したからこそ、俺を呼んだ。

 あまり責めることもあるまい。


「とにかく、実験は成功した。でも、現状では使えないと」


 俺は結論を下す。結局は動力の問題がどうにもならないと意味がない。

 動力が無ければ、誰かが供給してやらない限り動かない。つまり、満足に扱うためには、一日中魔力を供給してあげなければいけない。それでは何もできない。

 しかし、そこにスイがやや焦ったように待ったをかけた。


「そうでもない! お互い事前に約束して、時間を合わせれば、十分に活用可能!」


 俺はスイの唐突な反応に面食らう。

 そこにニシシと笑みを浮かべたイベリスが割り込んだ。


「だからさ総。この機械はね、ある時を境にスイがアイディアを持ち込んで、完成したわけなんだよね」

「……ある時って?」

「総が、研修でこの街を離れるって分かった後」

「……あ」


 俺はそこでようやく、この装置の意図に気付いた。

 これは、俺が研修に向かった先でも、この街と連絡を取れるようにするため『だけ』に作られた機械なのだ。

 そのために、スイとイベリスが一生懸命作ったものなのだ。


「悪いスイ。気付かなくって」

「……その。別に、私が寂しいからとか、そういうわけじゃないから」

「分かってるよ」


 スイに言われなくてもそんなことは分かっている。

 俺はやや戸惑いの表情を浮かべたままのスイに、にかっと笑顔を浮かべて言った。


「つまり、俺が居ない間の店の様子とか、双子の疑問とか、お客様対応に関するあれこれとかを確認するために、頑張って作ってくれたんだろ?」

「……え」

「そうだよな。さすがオーナー。いや俺も、このおかげで仕事に関する悩みが一つ減ったよ。スイもそこまで、カクテルの未来について考えてくれてたんだな」

「…………まぁ」


 俺のあまりの察しの良さに、スイは説明の機会を奪われたからか、やや面白くなさそうな顔をしていた。

 だが重要なことだ。

 疑問を持ったらその瞬間に先輩に質問するのは、こういった職業での基本中の基本。

 何ヶ月も店を空けてしまう以上、そういった問題に対する解決法があるに越したことはないのだ。


 やや制約はあるが、そんなものはこの装置の利便性に比べれば大したことはない。

 俺はスイのオーナーとしての責任感にいたく感激する。


「ありがとうスイ! これで心置きなく研修に向かえるよ!」

「……どういたしまして」




 俺がぎゅっとスイの手を握って礼を言うと。

 彼女は嬉しいような悔しいような、とても複雑な表情を浮かべたままだった。


※0225 誤字修正しました。

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