変な夢(10)
「それで、鳥須さんとはどうなん?」
俺の家で、友達数人と飲んでいるとき。
友人の一人、青木が唐突に訪ねてきた。その言葉の直後に、同じくこたつを囲んでいる櫟井、梅原も俺の顔を覗き込むようにしてくる。
俺は少しだけうんざりしつつ、質問の意図を訪ね返す。
「どうって?」
「だから、二人が仲良くなってもう結構経つだろ? 進展的なやつとかさ」
「だから、まだ付き合ってないって」
「なんでだよ!」
俺がただの事実を述べるが、青木はその答えに盛大に噛み付いてくる。
「なんでも何も、付き合うってお互い言って無いんだから、付き合ってないだろ」
「そういう事実確認の話をしてるんじゃないんだよ! お前はあれか? 婚約者が出来たけどまだ結婚してないから家族じゃない、みたいなこと言い出すあれか? 浮気は許されますってか?」
その強引に過ぎる気がする方向転換に俺は少し首を傾げるが、他の二人は同意するようにうんうんと頷いていた。
俺はその喩えと現状の違いを指摘しようと口を開く。
「そりゃ、婚約はもっと強制的な何かがあるけど、ただの男女交際だったら」
「待て夕霧。俺達が説明してやる」
青木は手で俺を制するようにしたあと、他の二人に目配せをする。
そして、まず櫟井が、自分たちが今つまんでいる料理が乗っている皿を指差す。
「この、男の一人暮らしにしてはオシャンティなお皿は、自分で買ったの?」
「いや、伊吹が買って置いてった。つうかオシャンティとかなんだよ」
「そこは今重要じゃない。次な」
俺の返事も聞かず、すかさず梅原が続ける。
「じゃあ、その男の一人暮らしにしては、ファンシーすぎるぬいぐるみは?」
「伊吹の私物だ。俺は持って帰れって言ったんだけどな」
「でも、しぶしぶ置いてるわけね」
そもそも俺の部屋は狭いのに、なんで他人の私物を置かないといけないのか。
と思っているところで、最後に青木が訪ねる。
「それでだ。俺達が食ってる料理の食材とか、いま飲んでる酒とかを買って来たのは誰だって?」
「伊吹だな。良いだろう白州。あ、でも一杯だけだぞ?」
今日はせっかくだから皆で一杯ずつ飲むことにしたが、個人的にはもっとゆっくりじっくりと味わいたいのだ。
と、俺がこの先の飲酒計画に思いを馳せているところで、三人が同時に言った。
『それで付き合ってないとか、頭おかしいんじゃないのか!?』
三人の声が綺麗に重なって、思いのほか大きな声になった。
アパートのお隣さんから苦情が来ないかと少し心配しつつ、俺は小声で返す。
「いやでも、両方まだ何も言ってないんだから、付き合ってはいないだろ」
「……………………」
俺の返答に眉間を歪ませた三人が、それぞれ俺を無視して話し始める。
「ほんと、鳥須さんって素敵だよな」
「うん、才色兼備、眉目秀麗、どんな褒め言葉も当てはまるね」
「街に出掛けると当たり前みたいにナンパされるし、スカウトもされるとか聞くぞ」
「しかもコミュ力もマックス。俺達みたいなのにも優しくしてくれるし」
「それでいて、ちょっと体が弱いってのもポイント高いよ。こう、ふとした弱点みたいな感じで」
「それに何よりスタイル抜群だしな、ぶっちゃけ鳥須さんと知り合って、自分が付き合う妄想したことないやつ居ないだろ」
口々に伊吹を褒め称える友人達に、俺は少し待ったをかけたくなった。
「いやいや。そんな褒めるとこばっかりじゃないだろ。まず厚かましいし、恩着せがましい上に鬱陶しい。やめろって止めても聞くことないし、人が嫌がるようなことを進んでする。からかって揚げ足取るのが趣味だし、悪口だって平気で言うぞ。あげくの果てには、いつも酔いつぶれてだらしない寝顔晒してるし」
俺から見た伊吹の姿を説明すると、青木達はやや白けた目で俺を睨む。
「……それは、お前の前での話だろ?」
「……え、違うのか?」
俺が尋ね返すと、彼らははぁ、とため息混じりにまた話しはじめた。
「ほんと、普通はそういう、自分だけに見せる姿とかにも、ときめくもんだよな」
「ほんとだよ。しかも、趣味がお酒で色々教えてくれるお姉さんとか、最高だよ」
「彼女の唯一の欠点は、男の趣味が悪いことだよな」
言いながら、チラチラを俺の方を見てくる連中が、やたらと気になった。
こんなときは、一度酒を飲むに限る。
俺は【ハイボール】にした白州を一口含む。
相変わらずの爽やかな旨みが、体中のモヤモヤを洗い流してくれるようだ。
と、その俺の行動が気に入らないかのように、青木が尋ねてくる。
「逆に聞きたいんだけどよ。鳥須さんが例えば、知らない男と歩いていたらどうする?」
青木の質問に、俺は少しその姿を想像してみる。
「……まぁ、別に。気になりはするけど、あいつに限って」
「あいつに限ってなんだよ?」
「変な男にひっかかることなんてないだろうし、大丈夫だ」
俺の答えに、三人は何か言いたげな目をしていた。
……何となくだけど、その姿を想像した結果。せっかくの【ハイボール】が少しだけ不味くなった気がした。が、それは伏せておこう。
「まぁ良いけどさ。お前らの問題だし。でも、ちゃんとしといた方が良いと思うけど」
それ以上何か言う気を無くしたのか、青木達は頷きあってグラスを手に取った。
その決着の付け方に、少しだけ俺はもの申す。
「だから、ちゃんとする為に、機会を窺ってるんだろ」
「その機会どうのって、なんだよ」
「だから、しっかりとした機会を作って、そのタイミングで言うべきことを──」
「タイミングなんて、思ったその時以外ないじゃん」
青木の言葉が、少しだけ俺の心を揺さぶった気がした。
青木は俺の方を見もせずに、淡々と言いたいことを言う。
「お前さぁ。いくら好き同士だとしても、ちゃんと付けなきゃいけないけじめとかあるって。そんでこの状態は、そのけじめが無いのにズルズル行ってるだけだって」
「…………分かってるよ」
「分かってないから、うだうだやってるんだろ」
うだうだやっているつもりなんてない。
ただ、俺の気持ちをはっきりさせないままに、答えを出したくないだけなのに。
「つうか、お前は今のままが楽で良いのかもしれないけど、鳥須さんからしたら、辛いだけじゃん」
「……伊吹が?」
「何の根拠も無しに、いつまでも信じて待てると思うかって話」
先日、この白州を持って来たときの彼女に言った言葉を、思い出した。
俺はあの時、待ってろと言ったんだ。
それが、彼女の心にどう受け取られるかも、考えないで。
「あの人、ああ見えて結構家庭とか複雑な感じだしさ。なんでプログラムなんて勉強してるのかとか、夕霧ですら知らないだろ?」
「……まぁ」
言われてみれば、俺は彼女がこの大学を選んだ理由なんて知らない。
そもそも、彼女の家庭のことも、聞かれたくなさそうだったから聞いてない。
もしかしたら、伊吹はそんな質問ですらも、待っているのかもしれないのに。
「客観的に見てさ。俺ってどう見えてるの?」
俺は唐突に、今の自分が彼女に対してどう映っているのかが気になった。
そんな言葉に、青木はやっぱり目も合わせずに言った。
「据え膳食わないへたれ」
「……うっせ」
俺は、何も言い返せる気がしなくて、ぼそりとそれだけを返した。
散々俺に言いたいことを言った青木は、そのまま同情的な視線を送ったあと、テーブルの上に意識を戻した。
その状態で、フォローするように梅原が言う。
「まぁでも夕霧も、考えてるんだろ? 青木の言うこともあんまり気にすんなって。こいつこんなこと言ってるけど、この前好きな子に告白できないまま、彼氏できちゃって凹んでたんだから」
「ウメハラぁ!」
焦ったように叫んだ青木に、今度は俺が白けた目を送る番だった。
「自分で出来ないことで、人を散々責めたのかよ」
「お前は成功が分かってるのにしないから、へたれだっつっただけだろバーカ!」
少し威勢良く青木が返して来た。
結局、なんだかんだここに集まっているのは、俺の友人なのだ。
大なり小なり、俺と気が合うからここに居る。ということは、恋愛に関して百戦錬磨の人間なんていないということだ。
「……分かったよ、今度の旅行のとき、少しくらい、踏み込んでみる」
俺は静かにだけ、その覚悟を決めて言った。
そんな俺の言葉に、三人はそれぞれ目を丸くしていた。
「なんだよ。俺が言うのはおかしいってのか」
「え、いや、そうじゃなくて、旅行?」
三人の反応に俺は思い返す。
あれ。白州蒸留所の話をしてはいなかったか。
「その、この白州の蒸留所にな」
「二人きりで?」
「二人きりで」
「それで付き合ってないっておかしくねぇ!?」
いきなりの大声に、ビックリする。
だが、俺がその苦情を寄せる前に、俺以上にびっくりしたらしい青木が捲し立てる。
「え、なに? 進展なんてありません、って言っておきながら、そんな大それたことを計画していたのかよ」
「計画ってか、考えたのは伊吹で、俺は強制参加だけど」
「…………お前ってやつは」
青木を含めた三人は、俺の姿勢に再び落胆した様子だった。
そのまま何も言わず、テーブルの上のものをひたすらに片付けに入っていた。
話題は変わり、新作のゲームについて話をしていたとき。
作ってあった炒め物の類が消えた。
「あ、ちょっと摘むもの買ってくるわ」
「ん? なんで? また作るけど」
冷蔵庫にはまだ食材が残っているので言ったが、青木は酔い覚ましだと言って聞かずに、近所のコンビニへと向かった。
そしてすぐに戻ってくると、俺に袋を差し出した。
「これ、俺からプレゼント」
言われて袋を受け取ると、そこには……
「ほら、やっぱり旅行だし、あった方が良いだろ、財布に忍ばせとけって」
「日帰りだからいらねーよ! いや、泊まりでもまだいらねーけどな」
明言を避けたいところではあるが。
あえて言うとゴムの袋が入っていたのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
遅くなったことに関しては謝罪しかありません。
色々と物議をかもしつつ進んで来た幕間の夢ですが、そろそろ終わりが近づいています。
※0216 誤字修正しました。




