【アドヴォカート・エッグノッグ】(2)
【エッグノッグ】というのは、もともと西洋で飲まれていた西洋風の卵酒である。日本の卵酒が日本酒を使ったものだとしたら【エッグノッグ】はブランデーやラムなどを使う。
馴染みの薄い人でも『ミルクセーキ』にお酒が入っているようなもの、と言えば、ある程度はイメージして貰えるだろうか。
もともとは、クリスマスシーズンに良く飲まれる【エッグノッグ】を、子供でも飲めるようにノンアルコールにしたのが『ミルクセーキ』だと聞いたこともある。
【エッグノッグ】の材料、それ自体は非常にシンプルだ。
ホットとアイスの違いやら、基酒の違いがあるので、レシピを一元的に説明することはできない。だが、もの凄く簡単に言えば、酒と卵と砂糖を混ぜ合わせ、牛乳で割った飲み物だろうか。
そして『アドヴォカート』は、酒と卵と砂糖が混ぜ合わさったようなお酒である。
ここに牛乳を割り材として投入して、不味いわけがないのである。
俺が道具を軽く片付けて戻ってくると、場の雰囲気はより一層の賑わいを見せていた。
俺達が振る舞ったカクテルを、その場に集まった人々が口に含む。
その瞬間のほわっとした、気の抜けた表情を眺めていると思わず俺の頬も緩んだ。
「ヴィオラさん! ヴィオラさん! これ、凄い美味しいです!」
「分かったから落ちついて飲め、お前達」
「で、でもです! こんな美味しい飲み物! 僕達初めてで!」
カップから一口飲んだ騎士団の少年達は、ピョンピョンと跳ね回らんばかりにはしゃいでいる。そんな少年達に、困った表情を浮かべているヴィオラが見えた。
子供を諌めるヴィオラを見ていると、彼女は責任のある立場なのだと実感する。
そんな彼女は、俺が見ていることに気付き、やや恥ずかしそうに俺を睨んでから、見るなとジェスチャーを返して来た。
仕方なく、少し視線をずらした。
「へぇー、あんたたちもその『バー』ってところで働いてるのかい」
「そうなんです。まだまだ修行中ですけれど」
「そんな風にポーションを飲むなんてねぇ」
「気になりますわよね? 良かったらいらしてくださいな。修行中の私達が見られるのは今だけですわ」
「サリー。なんでそんなに誇らしげなんだ」
フィルとサリーは、俺の手伝いをしたせいか、カクテルに興味を持った大人達に色々と質問をされているようだった。
サリーが調子の良いことを言って、フィルがそれを止める。その流れは、営業中にも割と良く見られる、人気のあるやり取りであった。
彼らが二人でいれば、会話が止まるようなこともあまりない。正反対であるがゆえに、良いコンビであるとも思えた。
「へー。アドヴォ鳥をねぇ。いや、この辺じゃあまり見ないってのもあるけんど、やってるところはやってるんだなぁ」
「そうなんすよ。俺たちの国じゃあ、馬みたいなもんだったんで、良く世話とかさせられたんすよ」
「んじゃあ、その辺は手慣れたものってか」
「それですけれど。私達、世話の経験はあっても畜産の経験はほとんどないので、宜しければ色々と教えて頂けると、助かります」
「構わん構わん。ちと狂ったが、もともと今日はその予定だったんじゃろうに」
農場主のおじさんと積極的に会話をしていたのは、ベルガモとコルシカの二人だ。
俺の目的を軽く告げただけで、彼らはかなり前向きに話に乗ってくれた。アドヴォ鳥を飼うことを、かなり好意的に見てくれている。
特に、色々と自分から動いてくれて、様々な野菜や薬草の栽培を引き受けてくれるコルシカは、地味にウチの店で重要な存在になっている。
イージーズでたまに並ぶ気まぐれレシピなんてものは、実質的にコルシカの気まぐれであると言っても良いかもしれない。
もっとも、コルシカだけではそろそろ人手不足にもなるだろう。どこかで、また信頼できる人員を確保する方法も考えないといけないか。
それこそ、大部分を使ってしまった『アドヴォカート』だけでなく。
自家生産しているその他の材料についても、真剣に考える時期が来ている。
アドヴォカートと言えば、今回の大盤振る舞いで、手に入った半分以上を使ってしまった。
店で使おうと考えた場合には間違いだったかもしれないが、良い。
魔草系のポーションもそうだが、四大属性以外のポーションは魔力欠乏症の特効薬としては必須ではない。
例外として、土蛇の毒の時のように、あるポーションが特効薬として機能する場合などがあるが、今回でアドヴォカートを使い切るわけではない。
もしも何かがあったときのために、ある程度残してあれば問題ないだろう。
それより今は、この場に集まった人達の緩んだ顔のほうが、見ていて楽しい。
「総も自分の分、飲んだら?」
俺がしみじみとしていると、意識の外から声をかけられた。
見てみると、そこには湯気の立つマグカップを持ったライの姿があった。
「はい。総の分」
「あれ? 俺、作るときに俺の分は入れてないと思っ──」
「総はそうするだろうからって、フィルが一つ余分に作ってたんだって」
「……なるほど」
俺はすっと、大人達と談笑している双子の兄のほうを見た。
彼は俺の視線に気付いたのかこちらを向き、少しバツの悪そうな顔で笑う。
本当に、そういうところは、抜け目のない弟子である。
「そもそも。総も今は営業中じゃないんだから、ほら。変な遠慮しないで輪に加わる」
「分かってるって。頂きますよ」
ライに半ば強引に手渡されたカップを、俺は持った。
そしてそれをゆっくりと口に近づける。
ふわりとくる香りは、牛乳のそれに混ざってまったりとしたアルコール感がある。
仄かな甘さを覗かせるその誘いに逆らわず、俺は一口を含んだ。
感じるのはまず温度。
火傷する手前くらいまで温まった液体が、寒さで凍える体を温めんと口から入り込み、液体の熱は口の中全体へと広がっていく。
ぼんやりと甘く優しい、卵と牛乳の風味。そこにほんの欠片ほどの酒精の雰囲気が、舌に情報として残った。
もちろん、それだけで終わるわけがない。
口のなかで温度を落とした液体は、舌の上へとその魅力を存分に広げた。
口一杯に広がったミルクの風味の上に並べられたのは、やはり卵。
それも、ふんわりとしたケーキのような、やわらかく暖かな美味である。
このカクテルに酸味はない。
では、その甘い後味に、変化を与えるものはなんなのか。
答えは、酒感──穏やかに広がる、ふわりとしたコクだ。
もともとアドヴォカートは度数がそこまで強いリキュールではない。
ましてやホットで、しかも牛乳に包まれると、それほどアルコールは存在を主張してこない。
だが、ケーキを食べ終えた子供が寝るのを待つ親のように。
牛乳と卵の甘い雰囲気のあと、ついに自分の出番が来たとばかりに、アルコールが顔を見せるのだ。
甘い余韻に、少しだけ大人の風味。
ミルクセーキを飲んでいた子供達も、何時の日か大人になり、飲み物が【エッグノッグ】に変わる日が来る。
そんな時代の流れすら感じさせる。そんな一口であった。
「そういえば、最初のときも、ミルク系だったっけな」
【アドヴォカート・エッグノッグ】から意識を戻した俺は、ふと思い出したように呟いた。
「何が?」
「ライの最初の注文で、俺が作ったカクテルの話」
「……あー」
俺の発言で、ライもその時の記憶を取り戻した様子だった。
そして、少しだけ恥ずかしそうにはにかんでいた。
「あの時は大変だったよ。この善良な市民を捕まえて、ライは俺のことを詐欺師扱いだったんだから」
「しょうがないじゃん!『カクテル』なんて知らなかったんだもん!」
俺が大袈裟に被害者ぶってみると、ライは少しだけ食い気味で反応する。
あの時は、完全に俺を追い出すつもりのライのために【ホット・バタード・ラム・カウ】を作った。
その素朴な牛乳の感じは、この【エッグノッグ】にも現れている。
「でも、認めてくれてからは、ライが一番親身になってくれた気がする」
俺がヴェルムット家に居候を決めたあとの話だ。
いったい俺はどういう立ち位置で居ればいいのか、その辺りの世話を率先してくれたのはライだった。
ライはいやーと目を細めるようにして、少しだけ困ったふうに言う。
「それは、まぁねぇ。お姉ちゃんは自分の身の回りもちゃんとしてないのに、人の世話なんて出来る訳ないし。お父さんは『あの小僧は気に食わない』の一点張りだし。私しかいなかったもん」
「俺の世話は罰ゲームか何かか?」
「あはは。でも、慣れるまでは結構大変だったよー」
その言葉に、俺達は揃って遠い目をする。
俺は一人暮らしが長かったし、ヴェルムット家も三人暮らしが当たり前だった。
俺が来る直前までスイは寮生活だったかもしれないが、それまではそうだった筈だ。
そんな俺達がいきなり共同生活をして、すんなり上手く行くわけはない。
まぁ、その辺りの苦労は、営業中のネタと一つとして処理するわけだが。
「でも、大変だったけど、私はちょっとだけ嬉しかったよ。さっきも言ったけど、家族が増えたみたいで」
アドヴォカートのおかげで少し口が回るようになったのか。
ライは普段なら言わないような、ちょっとだけ照れくさいことを言ってくれた。
「嬉しかった、か」
「うん。頼りないお姉ちゃんに比べたら、総も一応男だし? ちょっとだけ、男の人って役に立つなぁと。今まであんまり実感してなかったけど」
そういや、荷物持ちとか、高い所の掃除とかは良く頼まれるな。
でもそれくらい、オヤジさんはおろか、その辺の仲の良い男に頼んだって……ああ。
「そういやライは、こんな可愛い顔して、同年代の男友達、全然なんだっけか」
「……そのさりげない一言は、まぁ良し!」
自分が可愛いと言われたことを、あっさりと受け流したライ。
いや、ちょっと顔が赤くなっているのがカクテルのせいでなければ、嬉しくないことはないのだろう。
俺は、少しだけほんわかとした後に、今度はこっちも照れくさくなりつつ言ってみた。
「ま、とにかくあれだ。ライも俺のことを家族だって思ってくれるなら、兄みたいに慕ってくれても、良いんだぜ?」
「それはちょっと、保留」
「…………そっか」
「……うん、保留」
結構、容赦のない感じでライは言った。
その一言に、俺はショックを受けたような、気がする。気がするだけだけど。
「と。私達だけで話してても仕方ないじゃない。ほら、総も色々話しに行くよ!」
「分かってるよ」
そうやって、俺を引っ張りながら人の輪に向かって行くライ。
それが、なんだかちょっとだけ眩しくて。
覚えもないのに、どことなく懐かしい気がしたのだった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
遅くなって本当にすみませんでした……
※0208 表現を少し修正しました。




