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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第一章

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16/505

無いならば作れ

「驚かせるもの、ねぇ」


 機人の集落を離れ、スイの店に戻ってきた俺は一人ごちる。

 ゴンゴラには、少しの時間を貰った。

 材料の準備のために、一度スイの店や市場へと行く必要があったからだ。

 カウンターの隣に座ったスイは、少し心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫なの? あんな大見得切ったりして」

「分からない」


 俺は頭を悩ませたまま、そう答えた。


 そう、分からない。


 俺はまだ、この世界に存在する食物に、俺の世界と共通するものがあることを知っただけなのだ。

 この世界の食文化や飲み物分化の進み具合、特にどの程度まで飲み物の種類が進歩しているのかも定かではない。

 さらに言えば、化学物質や食品の加工技術もだ。魔法である程度進んでいる部分もあるはずだが、工業製品らしいものはどうだ?


 まぁ、そうなると少しだけ思うことがある。

 この世界には『アレ』が無いのではないかと。

 俺はその疑念を、解消してみることにした。



「スイ、また一つ質問させてくれ」

「なに?」

「この世界って『炭酸水』は普及してるのか?」



 炭酸水。ソーダ水や、単にソーダとも呼ぶ。

 その構造はとっても簡単。水の中に気体の二酸化炭素が溶けているだけだ。

 だが、日本ではご存知の通り、ものすごい量の炭酸飲料が流通している。

 シュワシュワと口の中で弾けるようなそれらは、舌の上で踊り、喉を刺激的に通り抜けることで爽快感を生む。

 飲み物として、炭酸が存在しているかどうかは、飲酒分化においても大きなことだ。

 その答えを、スイは言葉にする前に示していた。


「……ごめん、聞いたことはあるけど」


 スイの困惑の表情から、この世界の飲料の文化もそれとなく察せられる。

 魔術文明を築いてきたこの世界は、やはり工業的な部分が遅れているのだろう。

 大勢の人間が魔法を使えることで、その部分に進歩がない。

 魔法のおかげで不便がないから、利便性の追求が行われていないのだ。

 利便性を追い求める必要がなければ、技術を発展させていく必要も薄い。

 一方、その部分を進歩させ続けているらしい『機人』は趣味でしか作らない。

 そして両者の意志は決して交わっていない。

 だから、科学を利用するような技術の発展はとても遅い。

 炭酸水の工業生産など、きっと誰も考えていないのだ。



「分かった。それなら一つ、良い物があるな」



 すまなそうにしているスイに対して、俺はにやりと悪い笑みを浮かべていた。


「……えっと? あなたが欲しがってるもの、手に入らなさそうだけど」

「大丈夫だ。むしろ普及していないからこそ、驚かせることもできる」


 俺がうむと頷いているのだが、スイはまだ不安そうだ。


「でも、手に入らないなら、驚かせるもなにも」

「スイ、世の中にはこんな言葉がある」


 俺は彼女の前で、ちっちと手を振って言った。



「無いなら、作ればいい」



 きょとんと俺を見つめるスイ。

 だが、俺は彼女の肩を掴み、強く言った。


「そして、作るのには多分、スイの力が必要だ」

「え?」

「……スイ。お前、魔法が使えるんだろう? もしや、成分の抽出とかできるだろ?」


 俺の言葉に、スイの肩が少し堅くなった。


「え、ええ。できるけど、それが何か」

「それなら、手伝って欲しいんだ。あのおっさんをあっと驚かせるためにな」


 俺は頭の中に、一つのカクテルを思い描く。

 炭酸の無い世界で、最初に飲ませるべきカクテル。

 あれしか、ないだろう。




「よう、冷やしといてやったぜ」


 俺が準備を整えて戻ると、ゴンゴラは期待に目を輝かせて待っていた。

 場所はさきほどの工場の中。その隅にしつらえた特設カウンターである。

 工場の一画に作られた、コールドテーブルと廃材の椅子という祖末なカウンターだが、場所がどこであろうとそこに客が居る以上は、俺の戦場だ。

 もとより、手を抜く気など毛頭ない。

 ゴンゴラの隣に座るイベリスは、この注文の行方がどうなるのか不安そうにしている。


「ありがとうございます。どうせなら『コールドテーブル』の性能も見たいですからね」


 俺は礼を言ってから、遠慮なくコールドテーブルを開けた。

 コールドテーブルの右手側。冷蔵庫には、願った通りにグラス数杯分の水。そして左手側の冷凍庫には、一貫の半分くらいの氷が入れられていた。


「首尾はどうだ? 冷えた水や、氷水程度で俺は驚かねえぞ?」

「当たり前ですよ。あなたに飲んでいただくのは『カクテル』ですから」


 俺は余裕のある笑みを浮かべ、コールドテーブルの上に道具を置いた。

 持ってきたのは『メジャーカップ』、『バースプーン』、『シェイカー』に『アイスピック』だ。ナイフやまな板といった調理道具はイベリスに準備を頼んでおいた。

 同時にこれから作る『カクテル』のための材料も降ろす。


 ジン──ではなく『ジーニポーション』と『レモン』、それに『砂糖』と『秘密の粉』に『内緒の粉』である。


 焼け石に水程度だとは思うが、冷やすものを冷凍庫にすべて入れ、ふぅと息を吐いた。準備を見られるのは好きではないが、仕方ない。


「それでは少々お待ちください」


 声をかけ、俺はまず氷を割るところから始めることにした。




 氷を割り、グラスを用意したところで、俺はキラキラとこちらを見ている三人に向き直った。

 というか、不安そうにしていたはずのスイやイベリスも、いつの間にか楽しそうに俺を見ているのはなぜだ。


「ねえ総。その、丸い氷はなんなの?」

「え? あ、あぁー」


 言われて俺は、自分がさっきまで一生懸命割っていたものを思い出した。

 別に作る必要はないのだが、冷凍庫に保存できるのが嬉しくて作ってしまったのだ。

『丸氷』を。


「これは、ウィスキーやブランデーなんかをロックで飲むときに使う奴なんだが、まぁ今は忘れてくれ」


 俺はそそくさと、それを氷用に用意したケースにしまい、急いで冷凍庫に突っ込んだ。

 同時に、丸氷を作る時に出る砕氷──クラッシュアイスもかき集めて別のケースに入れておく。

 そして改めて、前を見た。


「それでは、これよりお作りましょう」


 俺が気合いを入れ直したのを見て、ゴンゴラがうむ、と頷いた。



「こんなけったいな準備をする奴は初めて見た。だが、お前さんの動きは確かに熟練者のそれだ。さて、お前さんは俺に何を作ってくれるんだ?」



 探るような物言いに、俺は心の中で一拍置く。

 雰囲気に飲まれるな。俺はいつも通りに仕事をするだけなのだ。

 実際に試したことはないが、話には聞いている。

 間違いはないはずだ。

 だから、作れるはずだ。



 俺はふっと、笑みを浮かべて言った。


「それでは【ジン・フィズ】をお作りします」



 【ジン・フィズ】とは、ジンをベースにしたシンプルなカクテルだ。

 その名前にある『フィズ』とは、炭酸が弾ける音を指したものであるらしい。




ブックマークや評価などありがとうございます。大変励みになっております。

ここから先に少し科学的なことも出てきますが、基本的にはファンタジーです。

そういうものとして見て頂ければ幸いです。


※0711 誤字訂正しました

※0712 再び誤字訂正しました

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― 新着の感想 ―
ただ二酸化炭素を作るだけなら色々ありますけど、飲める炭酸水となると…成分抽出魔法の性質次第? 誤字報告、「祖末」→「粗末」。
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