【ボストン・クーラー】(2)
【サラトガ・クーラー】と【ボストン・クーラー】は似ている。
そもそも『クーラー』というのはカクテルのスタイルの一つだ。
基酒にレモンやライムなどの酸味と、シロップなどの甘味を加え、それをソーダやジンジャーエールなどの炭酸飲料でアップする手法のことである。
広い意味で言えば、ウォッカをベースとした【モスコ・ミュール】なんかもクーラースタイルのカクテルということになる。
そして、狭義で捉えれば今回作ったものはシロップを入れていないので、クーラースタイルではないということにもなる。
その辺りは、最初に付けた名前が重要だったり、カクテルが広がる過程でレシピが変化したりと、厳密な定義があるわけでもないのが難しいところなのだ。
とはいえ、同じ『クーラー』が付いていれば、ある程度は似通ってくるもの。
この【サラトガ・クーラー】と【ボストン・クーラー】も、そうだと言える。
アルコール──この場合は『ポーション』の有無や、レモンとライムの違いなどはあるが、味わいは似た系統になっている。
だが、それ以外にもこの二つには面白い共通点がある。
「サラトガもボストンも、俺の居た世界の、アメリカって国の中にある地名なんだ」
俺の説明に、オヤジさんはボンヤリと耳を傾けていた。
「どうしてそれらの名前がついたのかは、はっきりとはしてないらしい。どっちかが先で、みたいな話でもない。ただただ、似てるけど、違う。それが良い。そんな面白さがあるんだよね」
カクテルというのは得てしてそういうものだ。
ほんのわずかな違いでさえ、名前が変わる。
塩の有無とか、リキュールを浮かべるだけとか、基酒の銘柄の違いだとかで名前を変えてしまうカクテルすらたくさんある。
その違いは大きいものではないが、カクテルとしては決定的に違う。
カクテルの世界は60mlから200ml程度で決まる。
そんな微量の世界でのたった1mlが、どれだけ大きな意味を持つかは想像に難くないだろう。
「……『似てるけど、違う。それが良い』か。お前は、変な奴だな」
俺の言葉を聞きながら、オヤジさんは目をややとろんとさせつつ、言った。
酒に加えてポーションも回って来て、かなり良い気持ちになっている様子だった。
「本当に変な奴だ。自分の世界を広げるわけじゃない。存在を主張するようなやり方じゃない。それなのにいつの間にか場に溶け込んでやがる。気付いたら、そこにいて、それで世界が広がって行く。俺がたった一人で何年も守って来たこの店が、気付いたらたくさんのガキ共に動かされてやがる。本当に、変な奴だよお前は」
「変な奴って、褒め言葉じゃなくないすかね?」
「変な奴だ、良い意味で」
「良い意味って付ければ、なんでも許されるわけじゃないから」
俺の抗議を当たり前のように聞き流した後、オヤジさんは指折り数え始めた。
「ずっと一人だったところで、最初にライが手伝ってくれた。少ししてスイが帰って来た。それが俺の到達地点だと思ってたら、その後にお前が来た」
オヤジさんは、四本の指を立てたところで少しだけ止まり、そこから先を繋げる。
「お前はすぐに、イベリスを引き入れた。少ししたら、ベルガモとコルシカが関わることになった。その後にはフィルとサリーだ。よくもまぁ、人間以外をこうまで集めたもんだよ」
言われてみると確かにそうだ。
意識していたわけではないが、この店はちょっとした人間種族のるつぼと化しているようだった。
「普通の店だったらこうはいかねえぞ? 口だけ平等主義者は多いが、俺みたいな、本当に種族を気にしない奴はそうそう居ねえからな。それがお前ときたら、気にしないどころか、ちょっと嬉しそうだから、わかんねえよ」
「て言ってもなぁ。俺からしたら、犬耳とか、可愛いだけだし」
「……くっだらねえ」
憎まれ口を叩きつつ、オヤジさんはやや愉快そうに笑っていた。
その反応を不思議に思いつつ、俺は店の現状にもの申す。
「言っても、俺とかヴェルムット家がいるんだから、まだ人間が多数派だろ」
「……そういや、お前は知らないんだったな」
オヤジさんは唐突に少し目を細めた。
意味深なその言葉の後に、俺の瞳をじっと覗き込む。
「え? 何を?」
「お前は、この世界の種族についてどれだけ知ってる?」
問われて、俺は少しだけ思考を回転させた。
この辺りは、図書館で調べた資料にも乗っていたことだ。
種族。この場合は人間型のものを指すとしよう。
まずは人間。この国ではもっとも数の多い種族だ。世界単位でも確か最大の人口を誇っているはずであった。
次に獣人種。ここよりも、もっと南国の地方に多い種族。様々な動物の要素を併せ持った種族がいるため、各種族の数はそこそこだが、足し合わせれば人間の次に多い種族。
後は、機人。各地に点在していてその総数ははっきりとはしていない。確か北の方に多いとか。もともとはこの世界から見た異世界から来たとも言われていて、魔法とは違う超自然的な力を使って、機械を動かす種族。
他には吸血鬼や鬼など、人型だけど悪魔や魔物なんかと能力的には近い種族。人間と敵対していたり、人間を支配していたりもあるらしいが、概ね意志の疎通はできるらしい。
他にはどうだったろう。
思っていた所で、一つの種族を思い出した。
「そういえば、エルフなんかもいるんだっけ」
「知ってたのか」
「そりゃ。ファンタジー世界の代名詞みたいな種族だし」
エルフ。
ドワーフやホビットなんかと並んで、ポピュラーとされる種族だ。
さて、この世界のエルフはどうかと言うと。
耳が長いことと、人より基本的に長命なこと以外は、あんまり人と変わらないらしい。
ただ、人間とは違った文化を発展させてきたので、魔法に対する認識や、自然に対する見地が違ったりするとか。
そのあたりの事情もあって、人間から離れて暮らしている少数種族に属しているとか。
俺の頭がそんな方向に向かっているところで、オヤジさんは静かに言った。
「なら話は早い。スイとライは、純粋な人間じゃねえ。母方からエルフの血を引いてるんだ」
その、なんでも無さそうな話し方に、俺は何を言われたのか即座に理解ができなかった。
「……え? な、なんの話を?」
「タリア──あいつらの母親は、俗に言うハーフエルフってやつでな。あいつらは、クォーターってことになるんだろうな」
「…………」
俺は言葉を失っていた。
その唐突な告白が信じられなかったとか、そういった話ではない。
オヤジさんが急に、そんな重大な事実を話し始めた意図がまだ読めていない。
「おかしいと思わなかったか? お前の世界は知らないが、この世界じゃ赤髪はともかく青髪の人間なんて、そういやしねえよ」
「……いや、異世界なんでそういうもんかと」
言いつつ、俺はこの世界で会った人間を思い出していた。
黒、赤茶、金、灰緑に銀、そして白などなど。
確かに、青い髪の人間には、スイ以外心当たりがなかった。
「そういえば、最初に会った時、思わず聞いたんだった」
「……言ってみろ」
「スイに人種の説明をされたときに思わず、スイは人間なのかって」
「……たく。迂闊なことを言ったもんだなおい」
オヤジさんは呆れた顔に、やや不機嫌を滲ませた。
だが、今となってはオヤジさんの顔の理由も、あの時にスイが言葉を濁した意味も理解できる。
彼女の青い髪が、この世界での珍しさの象徴だとすれば。きっと今まで、良い思いはしてこなかったのだろう。
だから、咄嗟ではあったが、髪のことを褒めたのは、正しい選択だったようだ。
「まぁ、想像は付くだろう。あいつは、それで昔からイジメられてたんだ。それこそ、あのギヌラとかいうクソったれなんかからな」
「あぁ。やりそうですね」
少しギヌラにイラっとしたが、さもありなん。
アイツ。好きな子にイジワルするタイプにしか思えないしな。
「だけど、スイは昔から気が強かったからな。そのたんびにやり返してた。ヴィオラとつるむようになってからは尚更な。いったい誰に似たんだか」
「…………」
「なんか言いてえことでもありそうだな?」
「いえ、まったく」
んなもん、どう考えてもオヤジさんに似たに決まってんだろうが。
という当たり前のことは口にしない。なぜなら俺は大人だから。
「ともあれ、スイとヴィオラがそうやって睨みを利かせてたから、ライはそれほどでもなかった。だからあいつは、姉に比べてずいぶんとのびのび育ったみてえだな」
「あー。そのせいで二人はずいぶんと性格が違うんですね」
「もっとも、俺は二人とも愛してる。どっちの方が可愛いだなんて言うつもりはねえ。ただ」
ただ。
そう言葉を切ったオヤジさんの瞳に、いくつもの逡巡が垣間見えた。
その逡巡の中に、オヤジさんがこんなことを言い出した理由がある。
だから、俺は覚悟を決めて言葉を待った。
「……ただ、だからスイはな。本当はライよりずっと甘えたがりなんだよ。表面上はそうは見えねえかもしれねえがな」
「……それは……」
「あいつは幼い頃に母親を亡くした。それで、ずっと気を張って生きてきた。『母親』を救う為に、ポーション屋を目指してひた走って来た。そんなもんだから、気を許せる相手は居ても、素直に甘えるってことが出来ねえんだ」
俺は、スイの普段の態度を思い出して、少しだけ納得する。
彼女は、求めるということが下手だ。
何かが欲しくても、それを素直に欲しいと言えず、それをくれなかったら、怒る。
そんな感情表現をしたりする。
裏を返せば、気付いて欲しいのだ。なんで怒っているのかを、広く、優しく理解して貰いたいのだ。それが甘えたがりでなくて、なんなのか。
「あいつは、自分の髪がコンプレックスだった。本当は今だって、気にしてるんだろう。だけど、本心ではずっと認めて貰いたかったはずだ。髪だけじゃなくて、その髪が示す、自分ってやつをな」
オヤジさんの声が低く響いた。
心底、スイについて心配しているのだ。
オヤジさんは、鋭い目つきをしたまま、更に話を続ける。
「だから、俺はお前にこんな話をした。分かるか?」
俺は、その問いに静かに頷いた。
「オヤジさん、俺を甘く見てないですか?」
「……あん?」
「俺が今まで、何かにつけて、スイやライを特別扱いしたことがありましたか? 彼女達から変に距離を取るようなことをしてきましたか?」
復活した敬語で、俺はオヤジさんに尋ねた。
オヤジさんの言いたい事は、なんとなく分かる。
彼は、一歩踏み込む決意をした俺を、試しているのだ。
種族の違いを知って、立場を知って、それで俺はどう動くつもりなのかと。
であるなら、俺はそんな質問には怒りをもって答えねばなるまい。
「俺が──すくなくとも今まで何ヶ月も一緒に生活してきた俺が。イベリスやベルガモ、フィルにサリーにコルシカと付き合って来た俺が。彼らに対して何か特別な何かをしましたか? してないはずだ。だったら分かるじゃないですか」
「…………」
「今更スイやライが人間じゃないとか知らされたって、なんにも変わりませんよ。そんなことで、彼女への印象を変えるわけがない。彼女から何かを求められて、拒否したりするはずがない」
俺の力強い発言に、オヤジさんはやや気圧されるように下がる。
「つまり、お前は、スイを大事に思っている──ってことで、良いのか?」
オヤジさんは、探るように俺に向かって言ってくる。
「当たり前だ」
「……おう」
俺はグッと拳を握り、さらに一歩進んで言う。
「もちろん、スイだけじゃない!」
「……おう?」
オヤジさんは、俺の意識の高さに、戸惑うような顔になった。
その彼に対して、俺は更に強い口調で、結論を付ける。
「俺は──俺達イージーズとスイのポーション屋の面々は、これからも一致団結して、世界にカクテルを広めていくんだ! だから安心してくれ! 俺の心は最初から、そんな瑣末に囚われるつもりは、これっぽっちもない!」
「…………はぁぁあ……」
俺が誠意をもって発言したところ、オヤジさんは少しだけがっかりしていた。
……なんでだよ。
俺のこの、カクテルに対する情熱に、いったいなんの不満があるというのだ。
「……本当なら不合格にしてやりてえところだが。この酒に免じて、ギリギリ及第点にしといてやる」
言って、オヤジさんは【ボストン・クーラー】を手に取り、一口含んだ。
その味を堪能するように目を閉じ、そのまま、静かに言った。
「お前が、変に距離を置かないでくれるんなら、それでいい。俺がうだうだ言う事でも、ねえんだろうな。後は、お前ら次第だ」
「……?」
俺の中では疑問がわだかまったのだが、そこで話は終わりのようだった。
つまり、俺とカクテルの未来は明るいということで良いのだろう。
酔っぱらうと、どうにも言動や考え方が大きくなりがちだ。
自分も【ボストン・クーラー】を一口含んで落ち着くことにした。
ふわりと香るのは、レモンの皮の香りと、ジンジャーエール──生姜の辛さを感じさせる生の刺激だ。
この二つの組み合わせは、ライムとトニックの組み合わせと同じくらいマッチしていると勝手に思っている。
口に含めば、やや弱めの炭酸に刺激された舌が、レモンののびのびとした酸味を感じ取る。
シロップを入れるとこの入り口が丸みを帯びるところだが、今回はレモンが自在に舌の中を飛び跳ねながら広がって行く。
追従していくジンジャーエールの、程よい甘味と辛味が、心地よい。
ドライな味わいであるジンジャーエールに酸味が足されることで、切り口は鋭く、それでいてもともとの甘味は強調される。
例えるなら、攻撃力が低いが風属性を持っている武器が、風属性弱点の敵が多いダンジョンでその効果を……いや、違う。ちょっとやり直す。
例えるなら、荒野に吹きすさぶ風の肌寒さ。より強い風が吹く事で、毛布の温かみを一層実感できる、そんな気持ちを呼び起こされた。
ここに一滴のシロップでも混じれば、その印象はがらりと変わる。系統が同じでも、舌の上のドラマは大きく変わる。
かくして、舌という荒野を駆け抜けた液体は、広がったところでようやく、その奥を覗かせる。
【サラトガ・クーラー】にはない『サラム』特有の甘く、重みのあるポーション感が、始めはうっすらと、次第に色濃く舌を圧迫していく。
ゆったりと広がりきった、その『酒』のイメージは、ジュースとはまた違った、大人の渋みを漂わせながら、やがて静かに消えて行く。
レモン、ジンジャー、そして『サラム』。
三層に折り重なった味わいの波は、喉元を通りすぎたところでようやく答えを表す。
しかして、最後に舌に残っているのは、本当に仄かな、レモンの皮の苦みなのだ。
その後味が、また次の一口をと、俺の唇を急かすのであった。
「本当によぉ。色々と文句はあるはずなのに、この一杯で誤魔化されちまう」
「俺には、カクテルしかないから、ね」
「…………」
俺がややニヒルを気取って言ったところで、オヤジさんに軽くどつかれた。
「格好つけてる暇があったら、さっさと次にとりかかるんだよぉ、おぉ?」
「え? もう飲んだのかよ!?」
彼の振る、空のグラスの中でレモンだけが静かに揺れた。
カランと音を立てる氷は、来客を告げる鐘のようだ。
今日はその鐘を鳴らすのはオヤジさんだけで、それに応えるのは俺だけだ。
どうやら、俺とオヤジさんの飲み会は、もう少々だけ続──
カラン。
「二人とも。こんな時間まで、帰ってこないで、何を、やってるの? ねぇ?」
俺とオヤジさんが、ギギギと首を後ろに動かすと。
青い髪の毛が、視界の端で揺れていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
遅れてすみません。また長いです。
本当、分割するべきか迷う量を、時間に間に合わないで二日に一回上げるんなら、
半分の量を毎日上げればいいのにとか思いますよね。すみません。
※0119 誤字修正しました。




