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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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【サラトガ・クーラー】(2)

 ──────



 フレンは少しぼやける視界で、前を見る。

 多少酔っぱらっているが、それでも目の前の液体に意識を向けることができた。


 フレンの目には、そのカクテルの正体までは分からない。

 薄いカラメル色の液体がジンジャーエールであることと、ライムが入っていること。

 そして細かい氷がグラスを満たし、炭酸の泡が緩やかに動いていることが分かる。


 挿さっているストローを噛み、フレンは一口含んだ。


 ストローの出口から流れ込んでくるのは、程よい酸味と甘味、そして炭酸のシュワシュワとした口当たり。

 ただのジンジャーエールとはまた違う。

 ライムによる酸味、シロップの包み込む甘味。

 ジンジャーエールの尖った部分が和らぎ、よりまとまったすっきりとした味わいに仕上がっている。


 舌の上に広がった甘辛い液体が、シュワシュワと口の隅々まで満ちても、刺さるような強さはない。

 程よい柑橘の風味が、のびのびとかけっこをするように、ゆったりと走り続ける。

 そこに追従するような『あの感覚』はない。


 そして呑み込めば、それははっきりと分かった。

 緩やかに喉を刺激する爽快感はあれど、

 喉を通して体に染み込んで行くような、熱さはなかった。


 いくら酔っていようと、フレンの舌は嘘を吐かない。

 弱い強いの違いくらいなら、誤魔化されるだろう。

 しかし『ある』と『ない』の違いは、はっきりと分かった。


「小僧、これは」

「多分、ご想像の通りです。それがお客様に今必要な一杯かと思いまして」

「……そうかよ」


 目の前にいる青年の、穏やかな笑みの意味くらいはフレンにも分かった。

 その奥に秘めている、他者を思いやるような心意気も、確かに伝わった。

 それを認められないほど、前後不覚になっているつもりはなかった。


 だが。


「小僧、ちょっとこっちにこい」


 フレンは、少しだけの憤りを感じたまま、目の前の青年を呼んだ。



 ──────


「……えっと、何か?」

「良いからこい」


 やや想定外の反応だった。

 オヤジさんは、俺の言動の一切を無視して、手招きをする。

 オヤジさんが一口を飲んだ後の、表情の変化を俺はしっかりと追っていた。

 故に、その表情に少しだけ構える。


 というのも、読めなかったのだ。


 怒っているのとは違う。かといって、喜んでいるわけでもない。

 しいて言うなら、スイとライが盛り上がっていて入って行けない、そんな時の表情に似て見えた。


 俺は戸惑いつつも、簡単にだけ作業場を片付けてカウンターから出る。

 そしてオヤジさんの隣まで歩いた。


「えっと、来ましたが」

「……そこに立て」


 俺が恐る恐る声をかけると、オヤジさんは立ち上がり、やや据わった目で俺を見た。

 言われた通りの場所に直立する。

 直後、オヤジさんの腕が急に胸元まで伸びて来て、俺は咄嗟に身構えた。

 だが、オヤジさんは胸倉を掴むのではなく、俺の肩を掴んだ。


「……はい?」

「そんで──座れっ!」

「うぉっ!?」


 俺の返事を聞くこともなく、オヤジさんは強引に俺の体を動かした。

 少し抵抗するがそれも虚しく、されるがまま俺はオヤジさんの隣の席に座らされた。

 ……なぜ?


「少し待ってろ」


 言うが早いか、オヤジさんはその状態の俺を置いて、一人カウンターの中へと入って行く。

 そのまま勝手知ったる様子で、棚側のスペースに新たに設置してあった冷蔵ショーケースを開けた。

 このショーケースは、バー側でエールの扱いを始めるにあたって新調したものの一つである。中にはエールの瓶と、それ用のグラスが入れてあって、冷えたエールを冷えたグラスで飲めるようにしたものだ。

 当然、ショーケースの中には、オヤジさんが仕入れを担当していたキブシが作ったエールが、何本も冷やされている。

 その中の一本をオヤジさんは無造作につかみ取り、グラスは用意しない。そのままカウンターの中央、俺の目の前まで歩き出た。


「おら、これがお前の分だ。今日は俺の奢りだ」


 小物入れからシズラー(栓抜きと瓶用の栓が合わさったような道具)を無造作に取り出し、エールの栓を開けてからオヤジさんはそれを出した。

 おずおずと受け取る俺。飲めということだろうか。


「では、いただきます」


 俺はひとまずその瓶に口を付けた。先程まで飲んでいたものと、やはり同じ味がした。

 それをゴクリゴクリと二口ほど飲んで、オヤジさんに問いかける。


「えっと、それでこれは?」

「美味いか?」

「それは、はい」

「なら、今日は俺がお前のバーテンダーをしてやる。出せるのはエールだけだがな」


 オヤジさんに言われて、俺は再び大いに戸惑った。

 オヤジさんがバーテンダーをしてくれるって?

 いやいや、どっからどう見ても、酔っぱらっているのはオヤジさんで、その世話をするのは俺の役目じゃないか。

 この状態ではまるきり立場が逆である。

 その困惑を、そのまま口から出す。


「えっと、そうじゃなくて、今日は──というか今は俺がオヤジさんを──」

「それな」

「はい?」


「それが、気に入らねえ」


 真っ直ぐに気に入らないと言われて、俺は面食らった。

 自分がいったい、何を追及されているのかが分からなかった。

 オヤジさんは、そんな俺にふん、と吐き捨ててから語り出す。


「お前のその一杯な。分かるわ。お前の思いははっきり分かる。俺も今酔っぱらっちゃいるがぁ、分からねえほどバカじゃねえ。お前は、少なくとも飲み物に関しちゃあ、俺より上だ。よっぽど美味いもんが作れると思わぁ。だから分かる。それは確かに、俺に今必要な一杯だし、お前が考える最高の一杯目だ」


 やや乱暴な口調ではあるが、オヤジさんにストレートに褒められたのだと分かる。

 それは、普段の彼からはとても出るような言葉ではなかった。


「えっと、それはありがとうございます」

「だけどなぁ。俺は言ったよなぁ。もう一軒行こうって、一緒に飲もうってよぉ」

「……はぁ」


 それも理解はしている。

 だが、オヤジさんの状態を見て俺はここを選んだのだ。ここでなら、オヤジさんの体調に合わせたものを俺が作れるし、俺も自分が飲むもののペース配分がしやすい。

 どう考えてもそれで問題が無い筈なのに、責められる謂れが見当たらない。

 俺が困惑しっぱなしでいると、オヤジさんはため息を吐いた後に、俺と自分を交互に指差した。


「わかんねえか? これ?」

「えっと、はい」

「例えばお前、この状態だ。俺がここで、お前がそこ。これで一緒に飲んでるって言うか普通? 言わねえだろ? お前が飲んでて、俺は接客してる。そう言うんだろ?」

「…………っ!」


 その言葉に、俺は確かに気付いた。

 そうだ。俺は彼の言葉を、こう捉えていた。


『オヤジさんは飲み足りないようだ。じゃあ、俺が適切に飲ませてあげるか』


 この時点で俺は、オヤジさんと飲むのではなく、オヤジさんを無事に家に帰すことを目的としていた。

 そしてその思惑が、先程の一杯に詰まっていた。

 その思いが、はっきりとオヤジさんに伝わっていたのだ。


 そんな俺の理解を知ってか知らずか、オヤジさんはやや寂しそうに。

 いや、むしろ悔しそうに言葉を続けた。


「遠いんだよ。お前は。いっつもそうだ。誰に対しても。このカウンター一枚分、ずっと距離がある。客だけじゃねえ。フィルやサリーみてえな『弟子』にも。イベリスやベルガモみてえな『仲間』にも。そんで、俺やスイ、ライみてえな『家族』にも。誰に対しても、心が一歩後ろに引いてんだよ。接客なら良いが、今はそうじゃねえだろうがよ?」


 普段のオヤジさんは、絶対に言わない言葉だと、思った。

 カウンターの向こう側で、俺を睨みながら。

 それでも彼は、俺のことを家族だと言ってくれていた。

 酷く寂しそうな目で。

 まるで、俺がそれを理解していないのを、自分のせいだと責めるように。


「……家族……」

「そうやって、意外そうな顔ぉしやがってくそが。少なくともよぉ、もう俺達にとっちゃあ、お前は家族みてえなもんなんだよ。ここまで言やぁ、分かるだろ!?」


 ドン、とオヤジさんはカウンターテーブルを叩いた。

 思わず俺がビクンと体を揺らすが、オヤジさんはぐいっと俺に顔を近づけて、言う。


「今日の俺は、お前に接客して欲しいんじゃねえ。一緒に、ぐでんぐでんになって欲しいんだ。なぁ? 俺はお前に『分かった、飲みましょう』って言って欲しいんだ。なぁ?」


 バーテンダーとして接客しているときには、絶対にありえない距離感だった。

 少なくとも俺は、お客さんを威圧するようなことは決してしない。

 そう。こんな距離感はありえない。

 だから分かる。


 今のオヤジさんが求めているのは、こういう距離感なんだと。


「……すみませんオヤジさん、まず一つ」

「おう」

「カウンターは叩かないでください。それも大事な備品の一つです」

「……お前なぁ」

「それともう一つ」


 最初に、バーテンダーとしてきちんと言いたいことは伝えた。

 そしてこの後は、バーテンダーとしてではなく、俺の一言だ。


「この後のカクテルは、作るのに時間がかかります。なんせ、移動する時間がかかりますから。良いですか?」


 俺はなるべく自然に、精一杯の笑みを浮かべて言ってみせた。

 オヤジさんは、少しだけ驚いたあとに、ニヤリと歯を見せたのだった。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


すみません遅くなりました……

それと、あまりにも長くなってしまったので本日は二話構成に致します。

次話分も軽い推敲が済み次第投稿させて頂きます。


※0117 誤字修正しました。

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