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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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男の時間(3)

 テーブル席といっても、それは大きさによって様々ある。

 たとえば、小さな四角のテーブルに椅子が二つの場合。

 たとえば、中くらいの丸いテーブルに椅子が四つの場合。

 そして例えば、長方形の台に椅子が六つの場合など。


 それで、俺達がどうなったのかと言えば。俺とベルガモがもともと座っていた席に、くっつく形でオヤジさん達のテーブルが移動した。

 擬似的な長方形である。


 そうやって出来上がった空間で、席配置はこうだ。

 俺とベルガモが真ん中に移動。

 ベルガモの左右にイソトマとゴンゴラが着き、俺の隣にはオヤジさんという状態だ。


 なんの嫌がらせだ。



「しかしベル坊、聞いたぜ?」

「へ?」

「ようやく、腰を落ち着ける気になったんだってなぁ」


 まだ注文が届く前の段階で、そう声をかけたのはイソトマだった。

 ベルガモはすぐに視線をオヤジさんへとやるが、オヤジさんはついっとそっぽを向いた。


「フレンから聞いてたぞ。いつまでもつまらない事を考えてて心配だってな」

「そうそう。そのくせ、ベルガモのあんちゃんには厳しい態度しか取らねえってんだからよぉ」


 その態度を面白がるように、イソトマとゴンゴラが続ける。


「オヤジさん……」

「い、言ってねえ。お、俺はそんなこと言ってねえ」


 ベルガモが感動に震えるような声を出すが、肝心のオヤジさんはそっぽを向いたままぶっきらぼうに否定した。

 ただ、口では否定していても、苦みばしった表情と口調の自信の無さから、照れ隠しをしていることが明白である。

 俺はすかさず、いつもいびられている仕返しをする。


「別に恥ずかしがらなくて良いじゃないですか。悪いこと言ってたわけじゃないんですから」


 この照れに照れているオヤジさんをからかうように、ニヤニヤとした笑みで言った。

 するとオヤジさんは、俺に対しては容赦のない目を向けた。


「まあそうだな。お前と違って、ベルガモは店から居なくなったら困るからな」

「……はは、冗談きついですね」

「お前、研修行ったらそのまま帰ってこなくていいぞ」

「オヤジさん!?」


 その声音が冗談に聞こえなくて、少し焦る。

 だが、俺の反応を対岸で見ていたイソトマとゴンゴラが笑った。


「はは! マスターも気にすんなって! フレンはあんたには絶対言わないけど、なんだかんだ認めてるんだぞ?」

「なっ、おいイソトマ!?」

「そうそう。一緒に飲むと、お前さんやベルガモのあんちゃん、娘さんとかの心配ごとばかり聞かされるんだからよ。俺だってそこまでイベリスの心配はしねえよ」

「おい! このクソお客様ども、ちょっと黙れ!」


 オヤジさんは、すごみを聞かせた声で言い、二人を睨んだ。

 ついでに、声を張ってはいるが、他人の店なので決して怒鳴っているわけではない。

 そのオヤジさんに睨まれた二人は、しかし含み笑いを抑えない。

 二人に挟まれる形のベルガモだけが、ずっとヒヤヒヤ縮こまっている。可哀想に。


「いいか小僧共。俺はそんな話をしてるわけじゃねえからな。もっと、大人に相応しい話題──そう、政治に経済、そういう社会的な問題を話してんだ」


 オヤジさんが、すでに手遅れに近い取り繕いをしているのだが、


「そんな話をしているのは、聞いたことがないねえ」

「キブシ!」

「おまちどお。普通エール五杯だよ」


 注文を届けにきたキブシさんにさえ、否定を返される始末であった。

 キブシさんはオヤジさんの威嚇をやんわりと受け流し、俺達の前にそれぞれグラスを並べて行く。

 その間にも、チクチクとオヤジさんの立場を攻めていく。


「この前も、双子さんのカクテルの感想を言ってましてねぇ。二人の個性が良く出てて、それは総さんの教え方が良い証拠だとか、一人頷いていて」

「言ってねえだろ! 小僧なりには頑張ってるって言っただけだ!」

「はい、そうでしたね」


 キブシさんは、そう言ってにっこりと笑った。

 その後にオヤジさんは、はっとして口を塞ぐ。

 だが、俺はキブシさんからのボールを確かに受け取った。


「そうですか。いやぁ、オヤジさんから少しくらいは頑張ってると思って頂いて。すごく嬉しいです」

「……ふんっ!」

「いてぇ!」


 そこで、オヤジさんからついに脳天への一撃が下った。

 て、照れ隠しに最後は暴力というのはどうなんだ……。

 これでは俺くらいしか黙らせることはできないぞ。


「さて、お前等に少し言いてえことがある」


 と思っていた矢先に、オヤジさんはまずイソトマへと、その言葉の刃を向けた。


「イソトマ。お前最近はサリーにご執心みたいだがな。お前が得意気に語ってる武勇伝、大分盛ってるのを黙ってやってるのは誰だと思ってんだ?」

「なっ、ふ、フレン、お前っ──」

「ああ。お客様の個人情報は守らないといけねえけどよ。俺も人間だから、うっかり漏らさねえとは言えねえよな?」

「…………」


 き、汚い。

 お客様の個人情報を盾にとって黙らせるなんて、接客業の風上にも置けない。

 そう俺が戦慄している側で、オヤジさんの次の標的はゴンゴラに移った。


「それとゴンゴラ。お前イベリスに『機械の整備は私に任せて、師匠は何もしないで』とか言われてるんだよなぁ? それなのにどういうわけか、俺しかいないときに機械をこそこそ弄ってるよなぁ?」

「な、お前さん、それは黙ってるって──」

「ああ、黙ってるさ。ただ、お前が作ってた整備メモ。俺がうっかり捨て忘れて機械に残しちまうことが、あるかもしれねえよな?」

「…………」


 き、汚い。

 聞いた限り、明らかに二人の秘密みたいなやり取りを、自分のイメージを守るために使っていくなんて。

 そう俺が驚愕しているところで、オヤジさんの目はついにキブシへと動く。


「な、なんだ? 私は、二人みたいな弱みはないぞ。お前が何を言おうと──」

「確かに、お前は二人に比べて、行儀の良いお客様だったな」

「そ、そうだろう。だから無駄なことは──」

「だけどこの前、隣に座った若い女の子と、ずいぶん意気投合してたみたいじゃねえか」


 キブシがさっと顔を青ざめさせる。


 それは俺も覚えがあった。

 以前キブシが飲みに来ていたとき、俺はキブシの隣に、来店三回目の若い女性客を座らせたことがあった。

 キブシはその子とえらく気が合ったらしく、記憶が正しければその子のお会計を肩代わりしていた。

 結構な、額だったと思う。


「話はまったく変わるけどよ。ソソマがそろそろ仕事に戻れって睨んでるぞ?」

「…………」


 は、話がまったく変わってねえ。

 キブシはその言葉を受けて、そそくさとカウンターに戻っていった。

 そして残ったのは、黙らされた俺、イソトマ、ゴンゴラである。

 いや、この状態でなら、まだベルガモに自由が残っているではないか。

 俺はベルガモへ、応援の視線を向けた。


 さあ行けベルガモ!

 日頃こき使われている鬱憤を晴らして、オヤジさんを弄るチャンスだぞ!


「ベルガモ。お前は俺の弟子になるんだから、分かるよな?」

「イエス、ボス!」

「それでいい」


 ダメだった。

 ベルガモはもうオヤジさんには逆らえないようだ。

 こうして、このテーブルにはオヤジさんの横暴による支配体制が完成したのだった。


「……………………」


 そのまま、誰も何も言わず、目の前のグラスを見つめるだけの沈黙。

 ややあって。


「……まま、ベル坊も今日は飲めよ。俺達の奢りだからよ」

「え、良いんすか?」

「良いんだっつの。若いのが遠慮すんな」


 イソトマはわざと話題を忘れたかのように振る舞った。

 先程の話をすこし穿ってみれば、今回の集まりは、ベルガモがやる気になったことを祝う目的があったように思える。

 そちらに雰囲気を流す目的なのだろう。


「そうだぞベルガモ。厚意は素直に受け取るのが、若いのの務めでもあるんだ。ただし感謝は忘れずにな」

「さすが、バーテンダーのあんちゃんは分かってるねぇ」


 俺とゴンゴラも気を取り直して、その勢いに乗っかった。それによって場に少し活気が戻る。

 オヤジさんは、うむぅと唸ったあとに、ベルガモ向けのコメントを発した。


「だがなベルガモ。一度決めたからには、これからはどんどん厳しくいくぞ。まず今やってる基礎を完成させてから──」

「まあまあ、今はそんな固い事言うなって。弟子の育て方なら俺も教えてやるからさ」


 オヤジさんの重苦しい言葉を遮って、ゴンゴラがグラスを掲げた。

 どうやら、今はとにかく飲めという意思表示のようだ。

 しかしオヤジさんは、やや難しい顔をしたまま言う。


「弟子の育て方って、お前んとこのイベリスは、結構ちゃらんぽらんじゃねえか」

「あんだと? あいつは確かにまだまだだけどなぁ、決めるときはちゃんと決めるんだぞ? それ言ったらお前んとこのスイ嬢ちゃんだって、結構いい加減じゃねえか」

「あ? ウチの娘に何か文句でもあるってのか?」


「落ち着けよお前ら! ベルガモのお祝いだっつってんだろ!」


 睨み合うオヤジさんとゴンゴラに、イソトマが割って入る。

 なんで本人不在のところでヒートアップしてるんだ、この中年共は。

 あれか、男はいくつになっても子供だってのを、証明するつもりなのか。

 しかし、このまま変な争いが起こるのは俺もごめんなので、イソトマに加勢する。


「ベルガモ! ここは一つ、この先の抱負でも言うんだ! 場を和ませろ!」

「へ? あ、ああ」


 すかさずベルガモに話題を振る。全員の視線が、一度ベルガモに集まった。

 彼はんん、と咳払いをした後に、すーっと息を吸った。

 それから、俺とオヤジさん、イソトマ、ゴンゴラを流し見て、静かに語る。


「……ええと、私ベルガモは、つい最近まで、甘ったれでした。何が甘ったれかと言うと、自分がその場に居るのはただの責任と決めつけて、自分がそこに居るための努力を、全然してきませんでした」


 ベルガモの声は、いつにも増して真剣だった。

 いきなり振られたにも関わらず、なあなあで済ませない本気を感じた。


「それなのに、オヤジさんに弟子にならないかと、手を差し伸べて貰いました。俺は初めて、自分から手を伸ばす努力をしていなかったことに気付きました」


 その声に、さきほどまでふざけながらいがみ合っていた、オヤジさんとゴンゴラがはっきりと意識を向ける。

 それを注意しながら、ベルガモは続ける。


「だから俺は、これからは自分の意思でここに居たいと、思います。そう言っていきたいです。俺は不出来な弟子かもしれません。だけど、オヤジさんの、ぎも、気持ちに……応えられる料理人に……なりたいです。なります」


 ベルガモは、途中、少しだけ涙ぐむ。

 それがどうにも、中年連中の涙腺にも軽くヒットしたようだ。

 男はいくつになっても子供だが、涙腺だけは年齢を重ねると緩む傾向があるのだ。


「これから、いっぱい迷惑かけると思いますけど、よろしく、お願いします」

「……おう。よろしく頼むぞ」


 ベルガモの抱負に、オヤジさんも少し嬉しそうに応えた。

 俺はその心温まるやり取りを見たあとに、ベルガモに目線と仕草で訴える。

 目は、ベルガモと手に持ったグラスを交互に見て。

 手は軽く振る感じだ。


 ベルガモは俺の動きに気づき、頷いたあとに一言。


「それでは、今日はありがとうございます。乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」


 言いながら俺達はグラスを掲げた。

 俺とベルガモは既にそこそこ飲んではいる。それでも、途中下車が許されることはあるまい。

 長い夜になりそうだった。


※0111 誤字修正しました。

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