変な夢(4)
ちょっと長くなり過ぎたので、分割します。
今日は二話分の投稿になります。
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「さぁ、どうぞ。召し上がれ」
差し出されたグラスに、枯れ草色の液体に、俺は何も言えなかった。
さて、なぜこんなことになっているのだろう。
俺はなぜ、欠片も親しくない年上の女性に、ウィスキーを差し出されているのだろう。
碌な説明もないまま、俺は鳥須に店の裏手まで引きずられていった。
明らかにスタッフオンリーな扉を抜けた先にあったのは、まるで大人の秘密基地とでも言いたげな『バーカウンター』であった。
バーなんて入ったことは無いので想像上のそれでしかないのだが、大きくて背の高いカウンターがあって、そこには等間隔で並ぶ足の長い椅子。
そのカウンターの向こう側には、三段ほどの棚があり、所狭しと色とりどりのラベルが張られた瓶が並んでいる。
そしてそのどれにも、茶色の液体が詰まっているのだ。
「決めたのかい?」
そこにはさきほど鳥須と親しげに話をしていた店長が、待っていた。
彼はカウンターの中で何かの準備を終えたようで、スタスタと中から出てきて鳥須に目を向けた。
鳥須は頷き、朗らかに告げる。
「うん。場所借りますねー」
「どうぞどうぞ。伊吹お嬢さんに使ってもらえるんなら本望ですよ」
そうやってひらひらと手を振ったあと、酒屋の店長は俺にまた視線を寄越した。
『くれぐれも、間違いがないように』
そう言われた気がした。
間違いなんて起こすかよ。腹立つな。
そのあと、勝手知ったる様子で鳥須はカウンターの中に入った。
「まま、座りなよ」
鳥須に言われて、俺は訳も分からないまま従う。
本音を言えば、さっさと帰りたい。
それなのに、鳥須は目をキラキラとさせて、俺の気持ちを無視して話を進める。
「ほほぅ。お客さん、今日はウィスキーの気分ですね?」
「何がしたいんだお前は?」
「会話! ちょっとは会話しよう、ね?」
気取った様子から一変した鳥須。
会話しようってなんだよ。だったらお前も俺と意志の疎通をしろよ。
はぁ、とため息を吐いてから答える。
「別に、なんの気分でもない」
「じゃ、オススメということでよろしいか」
「……好きにしろよ」
「かしこまりました」
俺の言質を取ってから、鳥須は慣れた手つきでボトルとグラスを用意した。
先程選んでいた銘柄は、すでにその棚に並んでいた。
『Dewar’s』というものだ。
出されたグラスの形状はなんと表現すればいいだろうか。
まるでチューリップのように、胴体と口の部分が膨らんでいて、その途中が少し狭まっている。
「これはデュワーズのホワイトラベル。アメリカで……ううん、もしかしたら世界で一番飲まれているかもしれないスコッチだよ。それでこのグラスは、テイスティンググラスと呼ばれるものだね」
俺の視線に気付いたのか、鳥須が説明した。
彼女は手の平で覆うような掴み方でボトルの栓を開け、その栓を持ったまま、砂時計のような計量器を手に取った。
静かに、ボトルを傾ける。
ボトルから注がれる液体が、計量器を満たして行く。
それを縁から少し余裕がある位置で止め、静かにグラスに注いだ。
同じ動作をもう一度繰り返す。
グラスの胴体の広い部分に、少量の液体が揺れる。
「これで良し」
鳥須は一仕事やり終えた顔をした後に、そのグラスを俺の前へと差し出した。
「これを飲めってのか?」
「そう」
鳥須に促されるが、俺はあまり気乗りがしない。
「悪いんだけど、俺、別に酒とかそこまで好きじゃないんだ」
俺が正直に言うと鳥須は、どんな表情を浮かべたのだろう。
訳知り顔のようで、それでいて優しい。不思議な笑みを浮かべていた。
「なんとなく分かるよ。でも、それは夕霧君がお酒としっかり向き合ってないからだよ」
「向き合う? 酒とどうやって?」
「想像力」
鳥須はぴしっと俺の鼻先に指を出した。
そして、生徒を諭す教師のように、俺に指図する。
「お酒に向き合うっていうのは、そのお酒にこめられた様々な思いを想像するってこと。想像力がなければただの色水。でも、君が想像すれば、それは神の雫」
「言ってて恥ずかしくないのか?」
「もう! 良いから言う通りにしてみる! まずは香りから! そこから何を思い浮かべるのか!」
鳥須は俺が動かないことに段々とイライラしているようだった。
仕方なく、言われた通りに、軽く鼻をグラスの口に近づけてみた。
ふわり、と微かに甘い香りが立ち上った。
なんだろう。砂糖のようなストレートな甘さではない。
蜂蜜というほど、濃厚でもない。
頭の中でもっともイメージに近いのは、焼きたてのパンのような、小麦の持つ穏やかな甘い香りだ。
しかして、むっとしたアルコールの感じは確かに残る。
安い発泡酒やチューハイと一緒にするなと、香りで主張しているようでもあった。
「どう?」
「そこらの酒より、酒だな」
「……まぁ良いか。じゃあ次は飲んでみて。舌先で入って、舌の上で転がすように」
液体を転がすって、どうやるんだ?
疑問には思ったが、聞くと鳥須はまた機嫌を崩しそうだ。
俺は、恐る恐るグラスに口をつけた。
飲み慣れないグラスゆえ、液体の挙動がいまいち掴めない。
おっかなびっくりと傾けると、不意に、唇にその波が触れた。
そこから、するりと俺は液体を口に含む。
口の中に、固く鋭く、それでいて暖かな光が走った。
俺の脳裏に突き抜けて行ったのは、味ではなく、情景だった。
その味を説明する言葉を持たなかった。
穏やかな木漏れ日。
新緑の木々の瑞々しさ。
枯れ草の色合いと香り。
風にそよぐ小麦畑。
排気ガスに汚れた標識。
味の感想としては適切ではない、そんないくつかのイメージが浮かんでは消える。
穏やかな甘さは、アルコールが持つものだろうか。それとも別の何かだろうか。
刺激的でありながらまろやかな、優しい味わい。
香りから連想されたものより、包み込むような広さがある。
そんな味わいが、舌の上を踊りながら過ぎて行く。
やがてそれは、相応の甘い余韻を残しながら俺の喉に滑り落ち、
気管を存分に刺激していった。
「ゲホッ! カホッ、ホッ! ホォッ!」
つまりむせた。
ちょっと格好つけて、味わってみた結果がこれだった。
※0108 表現を少し修正しました。
※0125 表現を少し修正しました。
※0603 表現を少し修正しました。




