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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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変な夢(4)

ちょっと長くなり過ぎたので、分割します。

今日は二話分の投稿になります。

 ──────



「さぁ、どうぞ。召し上がれ」


 差し出されたグラスに、枯れ草色の液体に、俺は何も言えなかった。

 さて、なぜこんなことになっているのだろう。

 俺はなぜ、欠片も親しくない年上の女性に、ウィスキーを差し出されているのだろう。




 碌な説明もないまま、俺は鳥須に店の裏手まで引きずられていった。

 明らかにスタッフオンリーな扉を抜けた先にあったのは、まるで大人の秘密基地とでも言いたげな『バーカウンター』であった。

 バーなんて入ったことは無いので想像上のそれでしかないのだが、大きくて背の高いカウンターがあって、そこには等間隔で並ぶ足の長い椅子。

 そのカウンターの向こう側には、三段ほどの棚があり、所狭しと色とりどりのラベルが張られた瓶が並んでいる。

 そしてそのどれにも、茶色の液体が詰まっているのだ。


「決めたのかい?」


 そこにはさきほど鳥須と親しげに話をしていた店長が、待っていた。

 彼はカウンターの中で何かの準備を終えたようで、スタスタと中から出てきて鳥須に目を向けた。

 鳥須は頷き、朗らかに告げる。


「うん。場所借りますねー」

「どうぞどうぞ。伊吹お嬢さんに使ってもらえるんなら本望ですよ」


 そうやってひらひらと手を振ったあと、酒屋の店長は俺にまた視線を寄越した。


『くれぐれも、間違いがないように』


 そう言われた気がした。

 間違いなんて起こすかよ。腹立つな。

 そのあと、勝手知ったる様子で鳥須はカウンターの中に入った。


「まま、座りなよ」


 鳥須に言われて、俺は訳も分からないまま従う。

 本音を言えば、さっさと帰りたい。

 それなのに、鳥須は目をキラキラとさせて、俺の気持ちを無視して話を進める。


「ほほぅ。お客さん、今日はウィスキーの気分ですね?」

「何がしたいんだお前は?」

「会話! ちょっとは会話しよう、ね?」


 気取った様子から一変した鳥須。

 会話しようってなんだよ。だったらお前も俺と意志の疎通をしろよ。

 はぁ、とため息を吐いてから答える。


「別に、なんの気分でもない」

「じゃ、オススメということでよろしいか」

「……好きにしろよ」

「かしこまりました」


 俺の言質を取ってから、鳥須は慣れた手つきでボトルとグラスを用意した。

 先程選んでいた銘柄は、すでにその棚に並んでいた。

『Dewar’s』というものだ。


 出されたグラスの形状はなんと表現すればいいだろうか。

 まるでチューリップのように、胴体と口の部分が膨らんでいて、その途中が少し狭まっている。


「これはデュワーズのホワイトラベル。アメリカで……ううん、もしかしたら世界で一番飲まれているかもしれないスコッチだよ。それでこのグラスは、テイスティンググラスと呼ばれるものだね」


 俺の視線に気付いたのか、鳥須が説明した。

 彼女は手の平で覆うような掴み方でボトルの栓を開け、その栓を持ったまま、砂時計のような計量器を手に取った。


 静かに、ボトルを傾ける。

 ボトルから注がれる液体が、計量器を満たして行く。

 それを縁から少し余裕がある位置で止め、静かにグラスに注いだ。

 同じ動作をもう一度繰り返す。

 グラスの胴体の広い部分に、少量の液体が揺れる。


「これで良し」


 鳥須は一仕事やり終えた顔をした後に、そのグラスを俺の前へと差し出した。


「これを飲めってのか?」

「そう」


 鳥須に促されるが、俺はあまり気乗りがしない。


「悪いんだけど、俺、別に酒とかそこまで好きじゃないんだ」


 俺が正直に言うと鳥須は、どんな表情を浮かべたのだろう。

 訳知り顔のようで、それでいて優しい。不思議な笑みを浮かべていた。


「なんとなく分かるよ。でも、それは夕霧君がお酒としっかり向き合ってないからだよ」

「向き合う? 酒とどうやって?」

「想像力」


 鳥須はぴしっと俺の鼻先に指を出した。

 そして、生徒を諭す教師のように、俺に指図する。


「お酒に向き合うっていうのは、そのお酒にこめられた様々な思いを想像するってこと。想像力がなければただの色水。でも、君が想像すれば、それは神の雫」

「言ってて恥ずかしくないのか?」

「もう! 良いから言う通りにしてみる! まずは香りから! そこから何を思い浮かべるのか!」


 鳥須は俺が動かないことに段々とイライラしているようだった。

 仕方なく、言われた通りに、軽く鼻をグラスの口に近づけてみた。

 ふわり、と微かに甘い香りが立ち上った。


 なんだろう。砂糖のようなストレートな甘さではない。

 蜂蜜というほど、濃厚でもない。

 頭の中でもっともイメージに近いのは、焼きたてのパンのような、小麦の持つ穏やかな甘い香りだ。

 しかして、むっとしたアルコールの感じは確かに残る。

 安い発泡酒やチューハイと一緒にするなと、香りで主張しているようでもあった。


「どう?」

「そこらの酒より、酒だな」

「……まぁ良いか。じゃあ次は飲んでみて。舌先で入って、舌の上で転がすように」


 液体を転がすって、どうやるんだ?

 疑問には思ったが、聞くと鳥須はまた機嫌を崩しそうだ。

 俺は、恐る恐るグラスに口をつけた。

 飲み慣れないグラスゆえ、液体の挙動がいまいち掴めない。

 おっかなびっくりと傾けると、不意に、唇にその波が触れた。

 そこから、するりと俺は液体を口に含む。


 口の中に、固く鋭く、それでいて暖かな光が走った。


 俺の脳裏に突き抜けて行ったのは、味ではなく、情景だった。

 その味を説明する言葉を持たなかった。



 穏やかな木漏れ日。

 新緑の木々の瑞々しさ。

 枯れ草の色合いと香り。

 風にそよぐ小麦畑。

 排気ガスに汚れた標識。



 味の感想としては適切ではない、そんないくつかのイメージが浮かんでは消える。

 穏やかな甘さは、アルコールが持つものだろうか。それとも別の何かだろうか。

 刺激的でありながらまろやかな、優しい味わい。

 香りから連想されたものより、包み込むような広さがある。


 そんな味わいが、舌の上を踊りながら過ぎて行く。

 やがてそれは、相応の甘い余韻を残しながら俺の喉に滑り落ち、


 気管を存分に刺激していった。



「ゲホッ! カホッ、ホッ! ホォッ!」



 つまりむせた。

 ちょっと格好つけて、味わってみた結果がこれだった。



※0108 表現を少し修正しました。

※0125 表現を少し修正しました。

※0603 表現を少し修正しました。

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