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遠すぎた『コールドテーブル』

「すまんすまん。適当に物を積みすぎたら倒れてきてな。生き埋めになっちまった」

「もう師匠! しっかりしてよ!」

「がははは」


 俺とスイは、足にグルグルと包帯を巻きながら元気に笑う男に苦笑いしかできない。

 そこは、イベリスに連れてこられた工場、に隣接された家の一室だ。

 個人的な感想を述べさせて貰えば、一般的な一人暮らし男の部屋のように散らかっていた。

 今は四人で小さなテーブルを境に、二対二で向き合っている形だ。


「まぁ、大事がなかったみたいで良かったです」

「おう! 迷惑かけたなあんちゃんと姉ちゃん。俺はゴンゴラだ。イベリスの一応『師匠』ってことになってる」

「俺は総で、こっちはスイです」


 明らかに、自分とは違うノリと空気を漂わせる『師匠』。

 こんな時にでも、しっかりとした愛想笑いが出来るのは接客のたまものか。


「それじゃ師匠はちょっと黙っててね! 私の大事な話だから!」


 だが、彼と話をする前にイベリスがぐいと身を乗り出した。



「案内するよ! 私の作った『冷凍冷蔵庫』のところに」



 イベリスの言葉に反対する理由は、特に見当たらなかった。




「こ、これは……!」


 例の物は工場のほうにあるそうなので付いて行くと、俺の目の前にそいつが現れた。

 それは、まず平たい台をイメージしてもらいたい。

 高さは腰くらいで、面積は畳一畳よりも少し狭い。

 その中に収納スペースがある。収納スペースは丁度半分のところで左右に区切られており、右半分は冷蔵庫。左半分は冷凍庫になる。

 真ん中に立っている時に、しゃがめば動かずに開けられる仕様だ。

 一般的な冷凍庫付き冷蔵庫を横にして、高さを設けたみたいな感じだ。

 世間一般にはあまり出回っていないかもしれないが『コールドテーブル』と呼ばれるもので間違いなかった。

 これこそが、俺が欲していた完璧な品だった。


「完璧だ。完璧すぎる。これさえあれば、もう製氷機とかわがまま言わない」

「おお! 気に入ってくれた? 良いよね?」

「ああ、最高だ!」


 イベリスは感動する俺を見て、にへっと嬉しそうな顔をした。


「スペック的にはどうなってる? サイズは?」

「横に1200mm、高さ800の奥行き450だよ。冷凍庫はマイナス二十度、冷蔵庫四度設定」

「スイ! これ欲しいぞ! 超欲しい!」


 俺は興奮が冷めやらぬまま、スイへと目を向けた。

 だが、スイは俺とは対照的にかなり冷めた目線で物を見ていた。


「……それで、いくら?」


 金額を尋ねられて、イベリスは先程の嬉しそうな笑みを変えずに、即答した。



「かなり安いよ! 金貨十枚!」

「ごめんなさい。帰ります」

「スイ!?」



 あまりにも即答で断ったスイに俺は驚きの声を上げた。

 だが、スイは俺のほうをきっと睨むと、ぐいと手を引いて耳打ちする。


「金貨十枚って、どれくらいか知ってる?」

「……さあ?」

「……良い、教えてあげる」


 スイは少し頭を悩ませたあとに、説明すると決めたようだ。


「まず、基本通貨は銅貨。下に石貨と木貨もあるけど今はいい。それで銅貨だけど、だいたいこれが二枚あれば、一回の食事くらい」

「ふむ」


 俺は頭の中で、銅貨をだいたい五百円に設定した。


「それで上に銀貨。レートは基本、銅貨十で銀貨一枚。これが二枚もあれば、宿屋で三食付きで一泊できるわ」

「ふむふむ」


 銅貨が五百円だとすれば、銀貨は五千円か。少し飛んだが、基本的には普段使いの銅貨と、大きめの買い物の銀貨で使い分けているのだろうか。

 となると、金貨とは?


「それで金貨。レートは全然違うから覚えて。銀貨五十枚で、金貨一枚。家とか土地とか、契約書を交わすような額面上の取引に使われる」

「ふむふむ……む?」


 銀貨五十で、金貨一。

 ということは、金貨の価値はおよそ二十五万円?

 さきほどの話からすると、コールドテーブルは金貨十枚だから……、



「これが二百五十万円!?」



 肝が冷えるかと思った。

 繰り返すが、俺の給料は平均十数万である。そんな額は持ったことなどない。

 ただの機械かと思いきや、ちょっとした車すら買えそうな値段であった。

 そんな金額をぽんと払えるような人間がどれくらいいるだろうか?


「……円? まぁ、とにかくどれくらい無理かは分かったでしょ?」

「……ああ」


 この世界の貨幣システムはあまり詳しくは分かっていないが、それでも『機械』というものがこの世界でどういう存在なのかは理解できた。

 まさしく、存在自体が『イレギュラー』とでも言うべき代物なのだろう。



「えっと、どうしたのー?」



 ひそひそ話をしていた俺とスイを、不思議そうに覗き込むイベリス。

 俺は慌てて、返事をする。


「い、いや。なんでもない」

「それでどうするの? 買うでしょう? 私の初めての人になってくれるよね?」

「ちょ、ちょっとだけ迷わせてくれ」


 そうやって少しだけ時間を稼いでから、一度スイに尋ねる。


「どうにかならないのか?」

「無理」

「そこをなんとか」

「ない物はない」

「くぅ」


 だがスイの意見は変わらない。当たり前だ。無い袖は振れないのだ。

 俺は意気消沈しつつ、イベリスへ向き直った。


「さ、さ!」


 イベリスが期待の目を向ける。

 俺は、これから彼女の期待を裏切らなければならないのか……。

 ぐっと胸に感じる痛みを堪えながら、口を開く。


「……イベリス。悪いんだが、金が足りない」

「……へ?」


 イベリスは、笑顔のまま、固まった。

 まさしく、脳がフリーズを起こしているようだった。


「俺はたぶんこの世界で最もこの機械が欲しい人間だと思う。だが、同時に最もこの機械から遠い人間なんだ」

「……貧乏人?」

「ぐっ」


 固まった笑顔のまま、グサリと刺さる一言を放つイベリス。

 だが否定はできない。なぜなら俺は、現時点では一文無しに違いないのだから。


「……えっと、困ったな」


 明らかにテンションの落ちたイベリス。

 彼女としても、恐らく俺を気に入ってくれている気がする。

 だが、俺は買うことができない。初めての客にはなってあげられないのだ。


「……例えば、レンタルなんかはできないか?」

「……貸し出しってこと?」

「ああ。それで月に銀貨何枚とかで」

「……どうだろ。師匠に聞いてみないと」


 どうやら、機械の価格決定権などは師に一任しているようだ。

 俺たちは気まずい雰囲気のまま、ゴンゴラの元へと向かった。




「基本はダメだ。俺たちの決まりだからな。売るなら売る。売れないなら材料にする。そうやって今まで回して来てるんだからよ」

「……そっかぁ」


 師のきっぱりとした物言いに、イベリスはますます頭を垂れた。

 そういう商売の形態もありますよ、と俺が言うことは簡単だが、恐らく無駄だ。だって彼らは最初から商売する気などないのだから。

 売るか、作るか。それしか、ないのだ。


「えっと、ごめん総。残念だけど、その、またの機会に……」


 しゅんとしたイベリスが、俺に謝りつつ、言う。

 俺も思わず答えた。


「いや、イベリスが悪いんじゃないだろ。俺が甘く見てたから」

「でも、あんなに気に入ってくれたのに」

「……いいさ。当分は氷冷蔵庫でなんとかするよ。金が出来たら、注文させてくれよ」


 そう励ましつつ、俺の心中も穏やかではない。

 喉から手が出るほど欲しいのに、どうすることもできないのだから。

 スイは、落ち込む俺たちの姿を見て、どうしたものかと視線をさまよわせている。

 そんな空気の中、ゴンゴラのからっとした声が響いた。



「だが! 俺の頼みを聞いてくれたら、考えても良い!」



 俺も、スイも、イベリスも一斉にゴンゴラへと向く。

 彼はそのデカい声で、依頼した。



「お前さん、なにか面白いことをやろうとしてるんだろ? それで俺を驚かせてみせてくれよ。俺の創作意欲が湧くくらいな。それができたら、イベリスの『機械』を貸し出してやっても良いぜ?」



 そう言って、ゴンゴラはにやりと笑った。

 出来るものなら、やってみろ、と。

 お前のやろうとしている『面白いこと』で、俺を楽しませてみろと。



「かしこまりました。それではあなたを驚かせるものを作ってみせましょう」



 俺はその『注文』に、丁寧に腰を折った。

 出されたご注文には、誠心誠意『カクテル』でお答えしようじゃあないか。





読んでくださってありがとうございます。

まだまだ準備の段階で、派手な展開はありませんが、

少しずつ物語は進んでいくので、これから先も読んでいただければ幸いです。


※0714 誤字修正しました。

※0805 誤字修正しました。

※1028 設定の齟齬により、電力という一文を削除しました。

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