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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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【ダブル・ホワイト】(1)

※今回オリジナルカクテルが出てきます。そういったものが苦手な方には申し訳ありません。

「というわけで、満場一致でサリーの勝ちです」


「当然ですわね」

「馬鹿なっ!?」


 そして、面白いドラマが生まれることもなく、コーヒーコンペは幕を下ろした。

 結果は三対ゼロでサリーの勝ちであった。

 いや、本当に、何も特筆すべき事柄がなかった。


 だって、サリーは逐一俺に味の感想を求めてくるので、その都度答えたし。

 反対にギヌラは我が道を味見もせずに突き進んでいた。

 そりゃ、どういう味になるか分かるし、どういう結果になるかも分かる。

 俺としては、どうしてギヌラがそこまで真剣に悔しがれるのかが理解できない。


「なにがいけないと言うんだ……この『ギヌラ・スペシャル』の……」

「……ほっほ。そうですなぁ……」


 ギヌラは歯を食いしばり、縋るような目つきで店主を見た。店主はいかんとも言い難そうに、穏やかに笑っている。

 しかし、彼の口からは色々と言いにくいだろう。ギヌラは大切なお得意様だ。

 たとえば彼がコーヒー豆を殺すようなことをしたとしても、究極的には彼の自由である。

 しかし、どうせならより美味しくコーヒーを飲んでもらいたいに違いない。であるならば、やんわりと指摘してあげるべきだろう。


 もちろん俺には、何が悪いなどと指摘することはできないのだが。


「なにがというか、全てがに決まっていますわ」

「サリーってば!」


 そんな店主の言葉を代弁したのは、サリーだった。その指摘が優しさゆえであることを信じたいところである。

 フィルが全力で止めている時点で、期待は薄いか。

 そして俺の気持ちを全く知る事も無く、ギヌラは睨みつけるように言う。


「す、全てだと?」

「そうよ。だってあんた、それ豆の値段しか見てないじゃない」

「なにを、僕は知っているんだぞ。高い豆の方が、美味いということを」


 短絡的すぎて、何も言えない。

 しかし、味覚は人それぞれだ。ましてや嗜好品なのだから、そこにどのような付加価値を求めるのかもまた、人それぞれだ。

 ぶっちゃければ、味ではなく値段を楽しむというのも、悪いことではないのだ。

 問題は、恐らくギヌラが、その値段の本質を見極められていないことなのだが。


「別に私は、あんたが何を思おうと好きにすれば良いけれど、趣旨を考えなさいよ」

「趣旨だと? 一番美味いコーヒーのブレンドを作るのだろう?」

「違うわよ。一番合うコーヒーのブレンドを考えるの。その為に完成系をイメージして、それに近づけるために、色々と試してたんじゃない」


 サリーの言い分に、ギヌラはまたポカンとした表情を浮かべていた。

 おそらく、彼はコーヒーで話されたところで理解できないのだ。

 俺は少し親切で、ギヌラに分かるように説明してやった。


「例えば。お前はポーションを作る時に『こういうポーション』を作ってくれと言われたら『こういうポーション』を作るだろ?」

「当たり前だろう。注文を違えるような店に信用が生まれるわけがない」


 俺がポーションで説明してやると、さすがの彼も理解してくれたようだ。

 良かった。これでも話が通じなかったら、真剣にヘリコニア氏が浮かばれないところだった。


「だから今、俺は『汎用性の高いポーション』を注文した。それでサリーは『汎用性の高いポーション』を作った。お前は『汎用性は低いが、一定の条件であれば効果の高いポーション』を作った。どっちが選ばれるかは自明の理だろ」

「……な、なんだと」


 そこでようやく、ギヌラは自分の敗北原因が理解できた様子だった。

 ついでに、俺はかなり優しめに言ってやっている。

 ギヌラは正確には『汎用性は低いが、値段の高いポーション』を作った。効果のほどは、どうだろう。低いかもしれない。

 ギヌラがようやく理解したと見て、サリーは更に追い打ちをかけた。


「だいたい、なんでいきなり『ベルメンテ』の深煎りをベースに選んだのよ?」

「だ、だって、この中では一番高くなるから……その方が美味しいと思って」

「馬鹿じゃないの? あの豆は基本的には浅煎りでも十分に美味しいもの。店主さんの技術があって、深煎りで個性を上手く残しているけれど、そもそも深煎りするのにすら勇気がいるような代物なのよ」


 え、そうなのか?

 普通に、浅煎りでも深煎りでも美味しいなぁ。やっぱり高い豆はバランスが良いなぁ。くらいにしか思っていなかった。

 俺が店主、そしてフィルに疑問の目を向けると、彼らは揃って、やや苦笑いを浮かべていた。ついでに、ギヌラはうなだれていて、目が合う事もない。


 なるほど。先程飲み比べた感想では、確かに豆の個性というものは、浅煎りのほうが残りやすい傾向があった。

 どうやら、高い豆ならば浅煎りで飲むのが素直な飲み方であるようだ。

 更に言えば、ブレンドもせずに、ストレートで飲むことがよっぽど多いのだろう。


 でも、そうか。それはカクテルでも同じ事が言える。

 カクテルのベースに『ウィスキー』を使うときの話だ。

 特別な指定が無ければ、俺は基本的にベースウィスキーには、癖が少なく比較的安価な『ブレンデッド』ウィスキーを使う。

 とはいえ、別に長期間熟成したウィスキー──三十年ものなんかを使ってはいけないという決まりはない。


 でも使わない。


 その味を楽しむには、ストレートやロック、トワイスアップなどが良いのだと知っているからだ。

 個性を楽しむのであれば、そのままで飲むのが一番。

 だからカクテルには、もっと手軽なものを使う。


 もちろん、お客様のこだわりで銘柄を指定されるときは、それに従う。

 何かオススメの銘柄を尋ねられれば、俺の感性で好きなものや、面白いと思ったものを勧めてみたりもする。

 だが、それであっても、値段の張るウィスキーを使うことは稀だ。


 コーヒーをウィスキーに当てはめれば、俺にとっても素直に理解できる結論であった。


「その点。お嬢様は色々と考えて作られておりましたね?」


 ギヌラからサリーに話題を移すように、ごく自然に店主が尋ねる。

 サリーは少し得意気な表情で、自分のブレンドの中身を語った。


「当然よ。酸味の強い『キルメンジャ』をベース、『ハウィカウナ』を補助に入れて、華やかな香りつけに『メウカ』、少し重さとコクを足すのに『メンデルツ』を。煎りは少し迷いましたけれど、ここは基本に忠実にハイロースト。ただし『メンデルツ』だけは、フレンチロースト(深煎りの区分の一つ)で足腰を整える。これで、各温度帯でもバランスの良い味に仕上がっていると、良いのですけれど」


 フレンチローストってなに? フレンチトーストの仲間?

 そもそも『フランス』が無いのに『フレンチロースト』って……この前の『日本酒』と似た様なものか? さっぱり分からん。

 といった具合に、豆の味や煎りの区分は、知識のない俺にはちんぷんかんぷんだ。

 だが、その性質とルールならば、それとなく分かる。説明があるから。


 基本はすっきりとした酸味を強めに。温度が高いときは華やかな香りを楽しめる。温度が低くなったときにやや強くなる苦みは、そのままカクテルとの相性が良い。

 そういうコンセプトに基づいて作られた味なのだろう。


 それが果たして、本当に正解なのかは俺には判断できない。

 しかし、少なくとも、サリーが考えてくれた俺の求める味であった。

 そして、それは俺の要求を確かに満たしていたのだ。

 ギヌラのは、まぁ。

 別に不味くはないんじゃないかな。知らないけれど。


「というわけで、それらの豆のブレンドでいただくことはできますか?」


 俺は何も言わなくなったギヌラを無視して店主に問う。

 我ながら、なかなかに面倒な注文なのではないだろうかと思う。豆の種類を一々指定して、その比率まで細かく注文しているのだから。

 だが、店主は嫌な顔一つせず、鷹揚に頷いてみせるのだ。


「もちろんですとも。私も最近は、固定のお客様が多かったですから、久々に刺激を受けられて楽しかったですよ」

「いえ、とんでもないです! ありがとうございます!」


 俺はやや大袈裟に礼をしたあと、少し考える。

 ここまで沢山の世話を焼いてもらって、これで『はいさようなら』は、少し寂しい。

 これまで数々の技巧を見せてくれた店主だ(俺はそれらの技術を見せられても、何となくすごいとしか言えないのだが)。

 その技巧には、こちらも技巧でお応えするべきではないだろうか……?


「ところでですな」


 俺がそう考えていた丁度そのときだ。

 店主は今までの落ち着いた年長者の顔から、ほんの少しだけ子供の好奇心を覗かせた。

 そんな彼が、それまで言及してこなかった、決定的な一言を述べた。


「私は今まで『コーヒー』をあなたにお教えいたしました。そろそろ、あなたの『カクテル』を私に教えていただいても?」


 店主のその、今まで我慢してきたのだ、と言いたげな声に。

 しかして俺は、挑むような目で頷いてみせたのだった。




 カウンターの一画を少し使わせてもらって、俺は道具を展開した。

 店主は『弾薬解除』の魔法にもかなり関心を寄せていたようだが、そのあたりはやんわりとした説明で流した。

 そのまま、氷でもって『サリーブレンド』を急速に冷やしながら(カップの外側に敷き詰めるイメージである)、俺は少し考える。


 先に述べたものだが、コーヒーカクテルで最も有名なものは【アイリッシュ・コーヒー】で間違いないだろう。

 だが、現時点では『ウィスキー』が存在しない。

 他にも色々と選択肢はあるが、それはどれも、一種の逃げの思考のような気がしてしまった。

 作りたいものが作れないから、仕方なく他のものを作るのは、何かが違う。

 初めから作るつもりでなければ、それらは今この場に相応しいカクテルとは言えない。


 店主の全力の歓迎には、俺も出し惜しみなしで応えよう。

 そう。これから作るのは、俺のオリジナルだ。


《生命の波、古の意図、我定めるは現世うつしよの姿なり》


 まず、使う材料を最初に用意する。

 取り出したのは、オレンジの皮の甘苦さを凝縮させたかのようなリキュール──『ホワイトキュラソー』に区分される『コアントロー』。

 そして、おそらく初お披露目になるもう一つ。


『クレーム・ド・カカオホワイト』だ。


 無色透明な液体には、とろりと甘い味わいとバニラの香り。そしてチョコレートの原料でもある『カカオ』の風味が存分に溶け込んでいる。

 冠詞の『クレーム・ド』とは、確か砂糖の量によって規定があるので、その認可を受けていないこの世界では、正しくは『カカオ・リキュール・ホワイト』と呼ぶべきか。

 要するに、これは『カカオのリキュール』だ。


 カカオもコーヒー豆も、原産地的にはそれほど変わらないイメージなのだが、この国ではカカオは比較的安価で手に入った。

 とはいえ、砂糖も比較的安価であることから、流通事情や発展事情は地球のそれをあまり参考にすべきでは無いのかもしれない。


 重要なのは、このリキュールが、チョコレートになる前の、ストレートなカカオの風味を持っているという点である。


 それと、もう一つ。

 俺がこの世界において、ある意味では一番しっくりきた魔草系ポーションだ。

 地球では『アロマチック・ビター』と呼称されるリキュール。


 魔草『アンゴスチュラ・ビターズ』だ。


 地球では、このリキュールの名前には由来が複数あり、ミカン科の『アンゴスチュラ』という樹木の果皮が使われていたからだとか、『アンゴスチュラ』という町で考え出されたからだとか言われている。(ラベルには『アンゴスチュラ』は含まれていないという記述があるのだが)

 味わいは、樹皮のような苦みと、少し甘く刺激的なスパイス感。薬のような味とも言え、それ単体で飲むことは稀だ。

 しかし、このリキュールはほとんどのバーに置いてある。置いていないバーのほうが少ないと断言できる。


 俺はその三つと、氷の準備をしてから、グラスを選ぶ。

 今回選択したものは、最近新調された『ロックグラス』である。

 その側面には、控えめに『神風』というロゴが付いていた。


 準備を終えて、俺はメジャーカップを手に取った。

 まず計るのは『コアントロー』で、これを15mlシェイカーに流し入れる。


 ゆるりと立ち上る柑橘の甘さを感じつつ、次に『カカオホワイト』に手を伸ばす。

 こちらは『コアントロー』の倍、30mlを計り入れた。


 さて、いつも俺が気にしているカクテルの規定量を考えれば、残りは『アンゴスチュラ・ビターズ』を15mlと思うかもしれない。

 しかし、今回のシェイクには、60mlは必要ない。

 ではどうするのか。


 俺は慎重に『アンゴスチュラ・ビターズ』のボトルを傾ける。

 そのボトルから、二滴ほど、雫を落とす。

 それで終わりだ。


『アンゴスチュラ・ビターズ』は1dashダッシュで十分。

 それだけで、味に変化を与える隠し味のような存在なのだ。

 通常は、それ専用のボトルに入れられて、一振りで1dash落ちるようになっている。今度そのボトルも発注しておかなければ。


 それによって、いままで無色透明だった液体に、僅かに茶色が混ざった。


 バースプーンで軽くステアして味を見る。柑橘らしく、甘く、それでいて締まった独特の風味がする。

 俺はそれを確認したあとに、静かに氷を詰めて行った。シェイカーに氷が満ちたところで、俺は蓋をする。

 そのままココンとカウンターに打ちつけそうになる。ここがよそ様のカウンターであり、しかもまな板すらひいていないことに気づき慌てて止めた。

 そのまま膝に打ちつけて蓋をきつく締め、ゆるやかに振った。


 カラン、カラン。

 液体の分量が少ない分だけ、シェイカーから聞こえる音は軽くなる。

 それは必然、気を付けないと氷が動きすぎてしまうことを指すので、力加減には十分に気を使わなければならない。

 常よりも軽い力で、常よりも短い時間で、急速に冷やされていく液体を意識しつつ、ここというタイミングでシェイクを終えた。


 シェイカーから液体を注ぐと、ほんのりと白く濁った、とろとろのそれがグラスに居場所を移す。

 俺はシェイカーから、トングで大きめの氷を二つほどグラスに移した。


 そして仕上げだ。

 冷やしておいたコーヒーを、グラスの中に流し込む。

 それまで透明だった液体はみるみると黒く塗り潰され、グラスを満たした。

 バースプーンで最後にステアをしてやって、完成だ。


 出来上がったのは、ほとんどコーヒーと言って差し支えない見た目の『カクテル』。

 しかし俺は、あえてこの『カクテル』をこう名付けていた。


「お待たせしました──【ダブル・ホワイト】です」



 俺の『カクテル』が──コーヒーを使ったそれがどう思われるのか。

 俺は期待と恐怖を同時に抱きながら、穏やかな笑顔を浮かべている店主に、そっとグラスを差し出した。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


とても遅くなり申し訳ありません。

しかも、今回のカクテルはオリジナルです。苦手な方はすみません。


ご報告ですが、年末年始が忙しいこともあって、少しだけお休みをいただきたく思います。

年内最後の更新は明日になり、年始は一月五日からにさせていただきたいと思います。

お許しいただけると幸いです。


※1231 誤字修正しました。

※0101 表現を少し修正しました。

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