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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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今の自分が言えること


「とまぁ、色々とあって今日は一時間早く閉店するんですよね」

「ほへぇ。大変だったねー」


 俺の少し疲れた声に、ぼんやりとイベリスが言葉を返す。

 既に時刻は、翌日の営業時間へと変わっていた。

 相手がどういう風に行動するか分からない以上、出来るなら他のお客さんは居ない方が良い、という結論に達した。

 そのため、本日は閉店時間を一時間だけ早める予定だ。もちろん、事情を少しも知らないお客様には、店内清掃のためと説明するのだが。

 今はまだ開店した直後で、客入りはほとんどない。


 あれから、満足の行く出来の『ジュース』を作るのに、更に時間はかかった。

 ようやく俺が満足したころには、試飲をしてもらっていた三人はかなりグロッキーな状態に変貌していた。

 全員にこれでもかと水を飲ませ、一眠りしたところで今日というわけだ。

 幸い、二日酔い(二日ポーション酔い?)になっている人間はいなかった。


「あのあと、そんなことがあったんだな」

「ねー。師匠が酔いつぶれてる間にみんな大変だったんだよー」


 今日はイソトマが姿を見せていないため、イベリスとゴンゴラの機人師弟は、仲良く席を隣にしていた。

 そんな二人は、言葉のあと、そっと新人二人のほうを見た。


 フィルとサリーはそれまで、俺に言われて棚に並べていたボトルを拭いていたが、視線に気付くとぎこちない笑みを返した。

 どう見ても、いつも通りの営業が出来ているとは思えない。


「なぁ兄さんよ。俺が言うのもなんだが、あの二人、今日は休ませたほうが良くねぇか?」


 ゴンゴラの提案に、俺もあーと声を漏らし、頬を少し掻いた。

 客から見てもそうであるなら、やはりそうすべきではあるんだろう。


「一応、僕の方からも『今日は店に出なくて良い』とは言ったんですけどね」

「断ったのか?」

「ええ。『邪魔はしないから、店に居させてくれ』と」



 今日は日が昇ってから、俺とスイとで二人の宿に顔を出した。

 二人はまるで一睡もしていないような、酷い顔をしていた。

 そんな様子を見かねて、俺とスイは言った。今日は店に出なくてもいい、後の事はこちらに任せろと。

 それを、二人は頑として断ったのだ。


「なんでも、自分たちの居場所はここだ、と少しでも思いたいそうです」

「かー、泣ける話じゃねぇか」

「そうですね。それで、手持ち無沙汰にしていられるのも困りますから、ボトルでも磨いてもらおうかと」


 言いつつ、俺は少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 それは誰にか。

 ボトルを磨いている弟子と、中身であるリキュールの歴史、そして、中身が手作りであるが故の、画一的な形状のボトルに対してだ。


 バーテンダーの基本業務に、ボトルを磨くという行為がある。

 教わった限りでは、磨く為に手に持つことで、ボトルに対する慣れと愛着を手に入れるということだ。

 加えて、毎日ボトルと向き合うことで棚のどこに、何のボトルがあるか覚えられる。

 中身がどれくらい減っているのかも忘れにくい。

 酒にまつわる、現在と過去。そのどちらとも向き合える、必要な行為であるらしい。


 もっとも、それは少しだけ、地球では、の話になってしまうのだが。

 …………。


「ゴンゴラさん。それにイベリスも。少しだけ、僕の我がままを聞いて貰っても?」

「珍しいな、兄さんがそんなこと言うなんてよ」

「ええ。自分でも、少し驚いています」


 ゴンゴラの驚いた表情と言葉。

 だが、それが決して責めるようなものではないと見て、言った。


「今から少しだけ、仕事を放棄してあの二人と話をしてきても?」


 俺の言葉に、二人は今度こそ、きょとんと戸惑いの顔をした。

 次いで、ぷくく、と堪えるように笑いを漏らす。


「くはっ! なにかと思えばそんなことかよ!」

「……そんなこと、とはなんでしょうか。バーテンダーとしてあるまじき行為ですし」

「ははは。そんなこと、きっちりかっきり気にしてるのは兄さんくらいだ」


 やたらと野太い声でゴンゴラは笑う。

 その隣で、イベリスもまたにしし、と忍び笑いをしていた。


「いいよいいよー。総が相手してくんなくても、師匠とかスイとかと話すだけだってば」

「というか、兄さんが気にするほど、この店の客は厳格じゃねぇっつの」


 俺はなかなかに覚悟をして、その要求をしたというのに。

 この二人にこうまで笑われると、失礼なだけでなく、酷く滑稽なことを言ったのかと不安になってしまう。

 俺の羞恥を空気で感じたのか、ゴンゴラは快活に言う。


「兄さんが客に対して真摯なのは分かるよ。でも今は、弟子に対して何か言いたいことがあるんだろ? そんでそれは、客が居ない今しかチャンスがない。だったら俺らのことなんて気にするなって」

「……しかしですね」

「だいたい。あの二人のためになることなら、それは店の将来に繋がること。最終的には俺たち客の得になるってわけだ。ここは少しくらい大目にみてやるさ」


 ゴンゴラは、気持ちの良い啖呵を切ってから、俺にぐっと親指を立てた。

 その隣では、イベリスもまた師に倣うように指を立てている。


「私としても、あんの暗い二人が視界に入るのは迷惑かも。だから、バーテンダーならなんとかしてきてほしいかなー、ってね」


 そして、二人は俺を追い払うようにしっしと手をやる。

 俺は少しだけ頭を下げ、


「それでは、ご厚意に甘えて失礼します」


 そそくさと、二人のもとに向かう。

 途中、洗い物要員としてカウンターに待機していた、スイに声をかける。


「すまん、あの二人に注文があったら呼んでくれ」

「ん、分かった」


 スイは何も聞かず、すっと俺の代わりのごとく、開いた場所に入ってくれた。




「総さん? どうしたんですか? あ、やっぱり邪魔でしたか?」

「……すみません。その、どうしてもと言うなら、店の隅にだけでも」


 俺が近づいて来たことに、当然のごとく二人は気付いた。

 そしてどちらもが、不安げな視線を俺に向けてくる。

 二人にも自覚があるのだ。自分たちが今、どんな顔をしているのか。


「いや、違う。ただ、二人にちょっとだけ話したいことがあるんだ」

「話したいこと、ですか?」


 俺の声音の真剣さを感じ取って、フィルは手に持っていたボトルを棚へと戻す。サリーもそれに倣った。

 俺は二人のビクビクとした様子に、少しだけ辟易とする。

 恐らくだが、この二人はもう諦めているのだ。


 自分たちが、明日もこの場所に居ることを。


 それだけ、俺はこの二人を不安にさせる師匠であるらしい。


「まず、聞きたいんだ。二人は、バーテンダー見習いをやってて楽しかったか?」


 何を今更、と思うかもしれないな。

 フィルとサリーは、それぞれが俺の質問を考えるように目を閉じる。

 その後に、少しだけ笑みを浮かべて答えた。


「はい。その、こんなことを言ったら失礼かもしれませんが。仕事とは思えないくらい楽しませて貰いました」

「そうですわね。嫌なことも、結構ありましたが。それ以上に刺激に満ちた生活を送らせていただいたと思いますわ」


 貰いました。いただいた。

 過去形か。

 良い笑顔で、残酷なことを言う連中だ。

 俺は、そんな言葉尻に引っかかりを覚えつつ、静かに言った。


「それは良かった。だが、まだまだこんなもんじゃないぞ。バーテンダーの楽しさも、苦労もな」


「楽しさも苦労も……ですか」


 フィルの言葉に、俺は自問自答する。


 お前は、立派に胸を張れるバーテンダーと言えるのか。

 お前は、今から言うほど、楽しさや苦労を分かっていると思うのか。

 お前は、この二人にバーテンダーを説けるほど偉くなったのか。


 答えは否だ。俺は自分が一流のバーテンダーだなんて思っちゃいない。

 だがそれでも、この二人にもっと、バーテンダーを、カクテルを、楽しさを知ってもらいたいとは思う。

 全ては分からなくても、俺が実際に体験したそれらなら、分かっているつもりだ。


 バーテンダーとはかくあるべきだ、なんて講説はできない。

 それでも、俺の言葉で、俺なりにこの二人を元気づけることくらい、できなくてどうするのか。


「俺は思うんだ。お前等は、俺の居た世界のバーテンダーの、誰よりも不幸だし、誰よりも幸運だってな」




 俺は言いながら、ボトル棚に置いてあった、リキュールのボトルを一つ手に取った。

 それは、サリーにとってはきっとなじみ深い、ピーチリキュールのボトルだった。


 これから俺は、自分の言葉で説明できるだろうか。

 二人がどれだけ、日本のバーテンダーよりも過酷で、そしてある意味恵まれた環境にいるのかを。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


ちょっと予定より長くなりそうなので、あらためて活動報告の方でも書きます。

現在、今話を含めて六話で三章が終わる予定です。


そのため、スケジュールを変更して、明日も二十二時に一話分を投稿、

明後日の土曜日に、四話投稿して三章完結の予定です。

土曜日のスケジュールは十八時、二十時、二十二時、二十四時を予定しています。

(予定はあくまで未定であり、間に合わなかったらすみません……日曜日に完結します……)


お付き合いいただけると幸いです。

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