今の自分が言えること
「とまぁ、色々とあって今日は一時間早く閉店するんですよね」
「ほへぇ。大変だったねー」
俺の少し疲れた声に、ぼんやりとイベリスが言葉を返す。
既に時刻は、翌日の営業時間へと変わっていた。
相手がどういう風に行動するか分からない以上、出来るなら他のお客さんは居ない方が良い、という結論に達した。
そのため、本日は閉店時間を一時間だけ早める予定だ。もちろん、事情を少しも知らないお客様には、店内清掃のためと説明するのだが。
今はまだ開店した直後で、客入りはほとんどない。
あれから、満足の行く出来の『ジュース』を作るのに、更に時間はかかった。
ようやく俺が満足したころには、試飲をしてもらっていた三人はかなりグロッキーな状態に変貌していた。
全員にこれでもかと水を飲ませ、一眠りしたところで今日というわけだ。
幸い、二日酔い(二日ポーション酔い?)になっている人間はいなかった。
「あのあと、そんなことがあったんだな」
「ねー。師匠が酔いつぶれてる間にみんな大変だったんだよー」
今日はイソトマが姿を見せていないため、イベリスとゴンゴラの機人師弟は、仲良く席を隣にしていた。
そんな二人は、言葉のあと、そっと新人二人のほうを見た。
フィルとサリーはそれまで、俺に言われて棚に並べていたボトルを拭いていたが、視線に気付くとぎこちない笑みを返した。
どう見ても、いつも通りの営業が出来ているとは思えない。
「なぁ兄さんよ。俺が言うのもなんだが、あの二人、今日は休ませたほうが良くねぇか?」
ゴンゴラの提案に、俺もあーと声を漏らし、頬を少し掻いた。
客から見てもそうであるなら、やはりそうすべきではあるんだろう。
「一応、僕の方からも『今日は店に出なくて良い』とは言ったんですけどね」
「断ったのか?」
「ええ。『邪魔はしないから、店に居させてくれ』と」
今日は日が昇ってから、俺とスイとで二人の宿に顔を出した。
二人はまるで一睡もしていないような、酷い顔をしていた。
そんな様子を見かねて、俺とスイは言った。今日は店に出なくてもいい、後の事はこちらに任せろと。
それを、二人は頑として断ったのだ。
「なんでも、自分たちの居場所はここだ、と少しでも思いたいそうです」
「かー、泣ける話じゃねぇか」
「そうですね。それで、手持ち無沙汰にしていられるのも困りますから、ボトルでも磨いてもらおうかと」
言いつつ、俺は少しだけ申し訳ない気持ちになる。
それは誰にか。
ボトルを磨いている弟子と、中身であるリキュールの歴史、そして、中身が手作りであるが故の、画一的な形状のボトルに対してだ。
バーテンダーの基本業務に、ボトルを磨くという行為がある。
教わった限りでは、磨く為に手に持つことで、ボトルに対する慣れと愛着を手に入れるということだ。
加えて、毎日ボトルと向き合うことで棚のどこに、何のボトルがあるか覚えられる。
中身がどれくらい減っているのかも忘れにくい。
酒にまつわる、現在と過去。そのどちらとも向き合える、必要な行為であるらしい。
もっとも、それは少しだけ、地球では、の話になってしまうのだが。
…………。
「ゴンゴラさん。それにイベリスも。少しだけ、僕の我がままを聞いて貰っても?」
「珍しいな、兄さんがそんなこと言うなんてよ」
「ええ。自分でも、少し驚いています」
ゴンゴラの驚いた表情と言葉。
だが、それが決して責めるようなものではないと見て、言った。
「今から少しだけ、仕事を放棄してあの二人と話をしてきても?」
俺の言葉に、二人は今度こそ、きょとんと戸惑いの顔をした。
次いで、ぷくく、と堪えるように笑いを漏らす。
「くはっ! なにかと思えばそんなことかよ!」
「……そんなこと、とはなんでしょうか。バーテンダーとしてあるまじき行為ですし」
「ははは。そんなこと、きっちりかっきり気にしてるのは兄さんくらいだ」
やたらと野太い声でゴンゴラは笑う。
その隣で、イベリスもまたにしし、と忍び笑いをしていた。
「いいよいいよー。総が相手してくんなくても、師匠とかスイとかと話すだけだってば」
「というか、兄さんが気にするほど、この店の客は厳格じゃねぇっつの」
俺はなかなかに覚悟をして、その要求をしたというのに。
この二人にこうまで笑われると、失礼なだけでなく、酷く滑稽なことを言ったのかと不安になってしまう。
俺の羞恥を空気で感じたのか、ゴンゴラは快活に言う。
「兄さんが客に対して真摯なのは分かるよ。でも今は、弟子に対して何か言いたいことがあるんだろ? そんでそれは、客が居ない今しかチャンスがない。だったら俺らのことなんて気にするなって」
「……しかしですね」
「だいたい。あの二人のためになることなら、それは店の将来に繋がること。最終的には俺たち客の得になるってわけだ。ここは少しくらい大目にみてやるさ」
ゴンゴラは、気持ちの良い啖呵を切ってから、俺にぐっと親指を立てた。
その隣では、イベリスもまた師に倣うように指を立てている。
「私としても、あんの暗い二人が視界に入るのは迷惑かも。だから、バーテンダーならなんとかしてきてほしいかなー、ってね」
そして、二人は俺を追い払うようにしっしと手をやる。
俺は少しだけ頭を下げ、
「それでは、ご厚意に甘えて失礼します」
そそくさと、二人のもとに向かう。
途中、洗い物要員としてカウンターに待機していた、スイに声をかける。
「すまん、あの二人に注文があったら呼んでくれ」
「ん、分かった」
スイは何も聞かず、すっと俺の代わりのごとく、開いた場所に入ってくれた。
「総さん? どうしたんですか? あ、やっぱり邪魔でしたか?」
「……すみません。その、どうしてもと言うなら、店の隅にだけでも」
俺が近づいて来たことに、当然のごとく二人は気付いた。
そしてどちらもが、不安げな視線を俺に向けてくる。
二人にも自覚があるのだ。自分たちが今、どんな顔をしているのか。
「いや、違う。ただ、二人にちょっとだけ話したいことがあるんだ」
「話したいこと、ですか?」
俺の声音の真剣さを感じ取って、フィルは手に持っていたボトルを棚へと戻す。サリーもそれに倣った。
俺は二人のビクビクとした様子に、少しだけ辟易とする。
恐らくだが、この二人はもう諦めているのだ。
自分たちが、明日もこの場所に居ることを。
それだけ、俺はこの二人を不安にさせる師匠であるらしい。
「まず、聞きたいんだ。二人は、バーテンダー見習いをやってて楽しかったか?」
何を今更、と思うかもしれないな。
フィルとサリーは、それぞれが俺の質問を考えるように目を閉じる。
その後に、少しだけ笑みを浮かべて答えた。
「はい。その、こんなことを言ったら失礼かもしれませんが。仕事とは思えないくらい楽しませて貰いました」
「そうですわね。嫌なことも、結構ありましたが。それ以上に刺激に満ちた生活を送らせていただいたと思いますわ」
貰いました。いただいた。
過去形か。
良い笑顔で、残酷なことを言う連中だ。
俺は、そんな言葉尻に引っかかりを覚えつつ、静かに言った。
「それは良かった。だが、まだまだこんなもんじゃないぞ。バーテンダーの楽しさも、苦労もな」
「楽しさも苦労も……ですか」
フィルの言葉に、俺は自問自答する。
お前は、立派に胸を張れるバーテンダーと言えるのか。
お前は、今から言うほど、楽しさや苦労を分かっていると思うのか。
お前は、この二人にバーテンダーを説けるほど偉くなったのか。
答えは否だ。俺は自分が一流のバーテンダーだなんて思っちゃいない。
だがそれでも、この二人にもっと、バーテンダーを、カクテルを、楽しさを知ってもらいたいとは思う。
全ては分からなくても、俺が実際に体験したそれらなら、分かっているつもりだ。
バーテンダーとはかくあるべきだ、なんて講説はできない。
それでも、俺の言葉で、俺なりにこの二人を元気づけることくらい、できなくてどうするのか。
「俺は思うんだ。お前等は、俺の居た世界のバーテンダーの、誰よりも不幸だし、誰よりも幸運だってな」
俺は言いながら、ボトル棚に置いてあった、リキュールのボトルを一つ手に取った。
それは、サリーにとってはきっとなじみ深い、ピーチリキュールのボトルだった。
これから俺は、自分の言葉で説明できるだろうか。
二人がどれだけ、日本のバーテンダーよりも過酷で、そしてある意味恵まれた環境にいるのかを。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ちょっと予定より長くなりそうなので、あらためて活動報告の方でも書きます。
現在、今話を含めて六話で三章が終わる予定です。
そのため、スケジュールを変更して、明日も二十二時に一話分を投稿、
明後日の土曜日に、四話投稿して三章完結の予定です。
土曜日のスケジュールは十八時、二十時、二十二時、二十四時を予定しています。
(予定はあくまで未定であり、間に合わなかったらすみません……日曜日に完結します……)
お付き合いいただけると幸いです。




