二人の目的
俺たちが『イージーズ』に着くと、そこで待っていたライとオヤジさんが、心底ホッとしたような顔をした。
いつもは俺の扱いが酷いオヤジさんなのだが、今回ばかりはまともに心配されて、少しだけじんときたのは内緒だ。
そんなやり取りもそこそこに、俺たちはテーブル席をくっつけて人数分のテーブルにして、そこに座った。
着いているのは、俺、スイ、ライ、オヤジさん、ヴィオラ、そしてフィルとサリーだ。
ベルガモはすでに帰宅しているし、この時間に呼びに行くのは憚られた。
ヴィオラに付いてきた同僚の騎士たちは、外で一応の警戒をしてくれている。
「じゃ、夜遅くに悪いけど、話し合いを始めたいと思う」
人数分のお茶を用意してから、話し合いは粛々と始まった。
この場の司会はオヤジさんにやってもらいたい所だったが、柄じゃないと断わられたため、僭越ながら俺が務めることになった。
俺は改めてフィルとサリーの二人に事情を尋ねる。
「まず聞いておきたいんだけど、二人はどのくらい記憶が戻ったんだ?」
「だいたいのことは思い出しました」
「それこそ、素性とかは、はっきりと」
俺の質問に、フィルとサリーは真剣な表情で答えた。
そのあと、二人を代表するようにフィルが、静かに語り始める。
「まず、改めて自己紹介させてください。僕の名前はフィルオット・キリシュヴァッサー。そして彼女はサルティナ・キリシュヴァッサーです」
ぺこり、と二人揃って頭を下げる。
その名前はちょくちょくと耳に入っていたので、俺自身はそこまで驚くこともない。
他の者もその事実を呑み込むのに、そう苦労している様子はなかった。
そこまでは順調に終えて、フィルは話を続ける。
「そして、僕たちの身分と言いますか。素性は、そうですね。吸血鬼の大貴族の一つ、『キリシュヴァッサー家』の子供というところです」
やはり相当に身分の高い子供だったのか。
と、俺はそれとなく納得したのだが、この場にあってスイとヴィオラが怪訝な表情をしていた。
「二人とも、どうした?」
俺はそちらに話題を振ってみると、まず、スイがぼそりと言う。
「私は、吸血鬼が領主を務めている場所はそれなりに知っているつもりだけど、『キリシュヴァッサー』なんて家名を聞いたことない」
「え」
俺は一度スイとフィル達を交互に見る。
その直後に、ヴィオラもまたスイに続いた。
「ああ。私も聞いたことがない。だいたい、吸血鬼の領主達にはすでに問い合わせ済みだ。そのどの家でも、子息が行方不明になったなどという話は聞いていないぞ。そもそも、双子の兄妹がいる家は、存在しないはずだ」
ヴィオラが断言するようにして、兄妹の言い分を否定した。
俺たちの知らないところで、どうやらいろいろと動いてくれていたらしい。だが、それらは全て空振りに終わった様子だ。
『キリシュヴァッサー家』というものは、この国には存在しない。
どこの吸血鬼の貴族にも、行方不明になった兄妹などは存在しない。
「どういうことだ?」
俺は兄妹に再び目を向ける。
フィルはふぅ、と息を吐いてから、静かに告げた。
「この国に『キリシュヴァッサー』という吸血鬼が居ないのはおかしいことではありません。僕達はこの国──エルブ・アブサント王国で生まれたわけではありませんから」
ふぅん、という俺の白けた反応とは裏腹に、その場の緊張感が急激に増したことだけは良く解った。
特にヴィオラとスイは、これからの言葉に向けて身構えている、とすら見えた。
そんな雰囲気の仲で、フィルは止まることなく、静かに答えを告げた。
「僕達は、ここから遠く離れた吸血鬼の国──マラスクノ公国の生まれです」
マラスクノ公国。
どうにも『キリシュヴァッサー』のあたりから、心をくすぐるネーミングが続く。
そも、その話を聞いている俺の脳裏には、真剣な場であるにも関わらず、酒についての雑念がむくむくと湧いてくる。
『マラスクノ』と『キリシュヴァッサー』。
それらの名前から連想する、あるお酒があった。
リキュールである『マラスキーノ』と、蒸留酒である『キルシュヴァッサー』だ。
それらはそれぞれ、リキュールと蒸留酒という違いがあるが、共通点がある。
原料に『さくらんぼ』が使われているということだ。
マラスキーノは、原料のさくらんぼ(マラスカ種のブラックチェリー)を種ごと砕いて発酵させ作られるリキュールだ。その行程によって種子のアーモンドのような香ばしい香りがする、甘いお酒だ。
一方のキルシュヴァッサーは、さくらんぼ(品種はマラスキーノとは違うらしい)を発酵させたものを蒸留して作られる蒸留酒だ。種子の香りは抑えめだが、さくらんぼの香りが強く、度数も高い。口当たりはそれなりに辛いものが多い。
二つ共に、どこのバーにもあるとまでは言えない。棚面積との関係で、それらを棚に並べていない店もそれなりにある。
だが、その独特の甘さが様々なカクテルに利用されているのは、説明するまでもない。
と、思考をフィル達に戻そう。
どうやら、二人はこの国とは違う国で生まれ育った、吸血鬼の貴族らしい。
そこまでは分かったが、周りが戦慄している理由までは、はっきりとは分からない。
これだけ緊張しているのだから、想像くらいはできるが。
「その、マラスクノ公国ってところは、何か、物騒なところなのか?」
俺は静かに尋ねる。
フィルはその質問に言いにくそうに目を逸らした。
だが、その隣に控えていたサリーが、はっきりと言い切った。
「私達の国では、人間と吸血鬼は共生していないんですの」
「……吸血鬼しか居ないってことか?」
「違いますわ」
サリーは、ふと寂しそうな、思い出したくなかったとでも言うような表情で、告げる。
「私達の国でいう『人間』は、吸血鬼に管理されている『奴隷』とか『家畜』とか、もっと酷い言い方をすれば、それこそ『ポーション』みたいなものかしら」
「……まじかよ」
俺は少しだけ、予想よりも上回った答えに戦慄した。
せいぜい、吸血鬼の国ってことだから、立場が違うくらいのものかと思っていた。
だが、そうか。吸血鬼にとって、人間の血が『魔力増強』や『魔力補給』に用いられるものであれば、そうもなるか。
「じゃあ、記憶を取り戻した、お前等は……俺たちのことをどう、思うんだ?」
俺は、言い難いことをはっきりと尋ねた。
俺の言葉に、この場にいる人間達がみな、息を呑む。
その返答次第では、これから先の展開も大きく変わってくることだろう。
そんな俺たちの視線に、フィルとサリーは慌てて声を大きくした。
「待って下さい! そ、そんな! 僕達はみなさんのことを尊敬してます!」
「そ、そうよ! というより、私達はそこに疑問を持ったからこそ、こうしてここに居るんですのよ!」
さっきまでの、少し落ち着いた様子が嘘のようだった。
二人の慌てた反応は、いつものからかわれた二人と変わらなかった。
その態度に、少なくとも俺は、緊張がかなり和らいだ。
他の人達はどうだろうか。まだヴィオラあたりは警戒を弱めていない。だが、ライやオヤジさんは、かなり気を緩めたように見えた。
「じゃ、えっと、ここに居る理由ってのはなんなんだ?」
サリーが軽く口走った言葉を、俺は静かに聞き返した。
それには、継続してサリーが答える。
「私達兄妹はその状況──吸血鬼と人間の関係に疑問を持っていましたの。私はまぁ、崇められるのに悪い気はしないのですけれど」
「そういや、会ったばかりのころ、お前の態度でかかったもんな」
軽く口を挟むと、サリーは少しだけうっと言葉を詰まらせた。
「……とにかくですわ。私達は、話も通じるし、考えも似ている、ただ少し非力なだけの人間を支配しているというのが、不思議だった」
「だから、家出したんです。自分たちの国にはない、自然な人間の世界を知りたくて」
なるほど。
俺はひとまず、今の話の展開で納得することにした。
二人がなぜ、そんな国に生まれて『そこ』に疑問を持ったのかは知らないが、きっと理由の一つでもあるのだろう。
肝心なことは、彼らがどういう目的で外に出て。そして、どういう理由で連れ戻されようとしているか、だ。
「つまり、二人は貴族として重要な位置にいるからこそ、連れ戻されようとしているわけだな」
その俺の見解に、今度はサリーが少し沈んだ顔になった。
言いにくそうにしているサリーから、次はフィルが言葉を継ぐ。
「それは少し違います。僕達は貴族として重要な位置にいるとは思えません」
「……ん? それは、なんでだ?」
「母様──ラスクイル様の子供は軽く二桁は居ますから。僕達は下から数えた方が早いくらいです」
俺は、開いた口が塞がらないかと思った。
だが、フィルが冗談を言っている気配はない。
「そ、それはなんだ? 吸血鬼は多産なのか?」
「いえ。むしろ僕達吸血鬼は、無闇に子供を生んだりはしません。ただあの人が、恋多いうえに、無責任なだけです。二百年も生きていれば、それくらい居てもおかしくはないですが」
「…………」
吸血鬼ってのは、相当スケールがでかい生き物だな。
種族の違いなんてあまり考えなくても良いと思っていたつもりだったが、そういったところでの考え方の違いなんかは、なかなか多いかもしれない。
「ん? でも、それならなんであんなに必死に二人を連れ戻そうとしてるんだ?」
二人の立場が分かると、今度は逆に、その行動が不思議に思えた。
最悪、俺を殺してでも二人を連れ戻そうとするとは。
強硬なところはトリアスの暴走だとしても、二人にそこまで執着するとは思えない。
「それは簡単です」
「私達、吸血鬼の種族的な問題ですわ」
俺の質問に、フィルとサリーは、諦めたような顔で、静かに声を合わせた。
「「自己中だからです」」
……自己中。
「自分の目的のためなら、どんな手段を用いても良い、という考え方の者が吸血鬼には多いようです」
「そして『子供に逃げられた母親』という言葉は、あの人にはそれなりに腹立たしいものだったみたいですわね。それ以上の動機があるとは思えませんわ」
腹立たしかった。それが動機。
俺は、少し認めたくないことを、静かに確認してみた。
「つまり、俺が殺されかけた直接の原因は……」
「自分の子供が勝手な行動を取ったのが、気に食わなかったから、になりますね……」
「我が親ながら、恥ずかしいほどの勝手ぶりですわ。自分の領地をほっぽり出してまで、私達の勝手を許さないのですから……」
兄妹は、本当にすまなそうに俺を見ていた。
相手側が人間のことを下に見ているというのを看過してもだ。
この理由は、いささかばかり、気に食わなかった。
……これは俺も自己中だからなのだろうか。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
そろそろ、三章も終わりが見えてくるころかと思います。
終わり間近では、また一日に複数話を投稿できればと思っております。
三章終了の日程などは、ここ、ないし活動報告でお話するかと。
宜しければ、お付き合いいただけると幸いです。
※1031 誤字修正しました。




