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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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【ギムレット】(2)

 俺はポーチからいくつもの弾丸を抜き出した。

 シェイカー、氷、そして材料となる『ジーニ45ml』に『ライム15ml』。

 忘れてはいけないのが、1tsp──スプーン一杯分の『シロップ』だ。


「くっ!」


 俺のすぐ側で、フィルの苦悶の声が聞こえた。

 いくら全力でも多勢に無勢。相手は遠距離からの攻撃を諦めて接近戦に移っている。

 それらの攻撃を、恐るべきスピードで受け、いなし、返していく兄妹。

 しかし時にはそれらがすり抜け、俺に迫ろうとする。

 その攻撃を、翼を使って無理に受け止めているのだ。


《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》


 それに感謝以上の責任を感じつつ、俺は手に持っていた弾薬をまとめて元に戻した。

 初めに弾薬の形から、元の姿を取り戻すのはシェイカー。それに追いつくように、材料が次々と元の姿を取り戻していく。

 シェイカーの中に吸い込まれるように入っていくのは、『ジーニ』『ライム』『シロップ』そして氷だ。


 材料は足りた。

 後は、混ぜ合わせるのみだ。


 宙を舞うシェイカーをつかみ取り、蓋をする。

 迷う事無く、膝に叩き付けるようにしてきつく締めた。

 直後、俺の目の前にすり抜けた拳が迫ってくる。


「させませんわ!」


 伸びてきた腕に、サリーが痛烈な打撃を与えた。

 その結果、腕はぐにゃりとありえない方向に折れ曲がり、俺に拳を向けたメイドは、悲鳴を上げながら吹き飛んでいく。


 すまない、助かる。


 言葉にする余裕も無く、俺はシェイカーを胸の高さにかかげ、目を瞑った。


 シェイクに入るときは、集中していなければならない。

 少しでも雑念が入れば、それは味に関わる。

 味に関わるということは、威力に関わる。

 今回の『カクテル』で妥協するわけにはいかない。


 少しでも込める思いが強すぎれば、吸血鬼の治癒能力を超えてダメージを与えてしまう。

 甘いと言われようと構わない。俺は誰も殺すつもりはないんだ。

 もちろん、不味くするわけではない。

 隅々まで俺の意志が籠った、完璧な『カクテル』が必要なのだ。


 緩やかにシェイクを始める。

 最初は静かに、やがて中の液体と固体が踊り始めるにつれ、次第に激しく。

 手に伝わる感触に嘘は無く、この瞬間においては目以上の情報を与えてくれる。

 耳もそうだ。中の様子を過不足なく与えてくれる。


 意識を傾ければ、悲鳴だの肉を殴る音だのが聞こえてくるだろうが、今の俺には必要ない。

 完全な世界で、ゆっくりと手の中の液体が『完成』へと上り詰める。


 やがて、ここぞというタイミングに合わせて、俺はシェイクを止めた。


 そしてようやく目を開けば、

 俺を守るようにして、肩で息をする兄妹の姿があった。


「あと、十秒──っ!」

「耐えてみせますわっ!」


 体に傷はなくとも、その消耗は明らかだ。

 服はところどころ千切れ、額には大粒の汗。

 なにより息が荒い、それが軽度の魔力欠乏状態だと分かるのに苦労はない。


 対する相手方には、余裕が窺える。

 治癒が追いつかないほどのダメージを受けて、呻きながら腕を押さえている者もいるが、その殆どは軽く息が上がっている程度。

 そして、その様子を俯瞰して眺めるように、微動だにしないトリアスが不気味であった。


 だが、そうであっても俺は止まれない。


 シェイカーの中身の液体に向かって、早口で唱える。


《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》


 その呪文の後に、強引にシェイカーの蓋を開け、輝く弾丸をつかみ取る。

 そしてそれを、右手で引き抜いた銃へと、込めた。


「基本属性『ジーニ45ml』、付加属性『ライム15ml』『シロップ1tsp』、系統『シェイク』」


 宣言を行えば、俺の指先から必要な魔力が送り込まれる。

 準備を終えたという唸り声があがり、俺はそれを夜空へと向けた。



 ──────


(あと、少しだけ、耐えれば!)


 フィルは、額に浮かぶ汗を拭う事もできず、ただひたすらに防戦を続けていた。

 身体能力強化を全力で使い、維持するだけで魔力を喰う翼も常時発動。それに加えて、持てる限りの力を使って治癒に魔力を当てている。

 そのおかげで、自分たちよりもよほど上手な使用人たちを、圧倒することができている。


 だが、それもいつまでも保つものではない。


 無視することもできないほど、息は上がっている。

 体内に循環させている魔力が、枯渇を恐れて悲鳴をあげている。


 なにより不気味なのは、この場を指揮しているトリアスが、一切動く様子を見せていないことだ。

 何か、突拍子もないことを企んでいるのかもしれない。


 それでも、動きを止めるわけにはいかない。

 自分たちに、信頼を託してくれた、総の期待を裏切るわけにはいかない。


「フィル! 左!」


 サリーの警告がかかり、フィルは咄嗟に左へと翼を伸ばす。

 迫っていた拳を、薄い翼が受け止め、激痛が走った。

 だが、そんなのはどうでもいい。傷は治るし、総を守れれば、目的は達せられる。


「させるか!」


 フィルは悪いと思いながら、その拳の主を叩きのめした。

 攻撃を受けた相手の腕が、嫌に折れ曲がるが、すまないと思うだけだ。

 どうせあの程度では、治癒ですぐに治る。今の状況では、謝罪をする必要性すら感じない。


 そうこうしているうちに、フィルの耳に、シェイクの音が鳴り響いた。

 命を狙われている状況下にあって、総のシェイクは泰然としていた。

 恐ろしいほど『いつも通り』に、その規則的な音が響く。

 それは反面、自分たちへの信頼の表れだと、強く感じた。


 その音を守るために、フィルは悲鳴を上げる体を酷使する。

 ふとすれば認識を超えそうになる身体能力を、意識の力で強引に制御し。

 迫り来る暴風のような危険から、総を守る。

 やがて、ゆっくりと音は小さくなり、止まった。


 今まで目を瞑っていた総が、その目を開く。

 フィルとサリーは、その目に応えるように、根拠のない虚勢を張った。


「あと、十秒──っ!」

「耐えてみせますわっ!」


 そう答え、フィルは持てる力を振り絞る。

 気力をみなぎらせ、背後に居る総への道を、固く閉ざす。


《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》


 フィルの耳に、総の詠唱が届いた。

 ここまで来た。もう少しで、自分たちの信じる師が、行動を起こす。


 焦げ付くような焦燥の中に、僅かな安堵が滲み出した。

 恐らく、サリーも同様な気持ちであることに、疑いはない。


「基本属性『ジーニ45ml』、付加属性『ライム15ml』『シロップ1tsp』、系統『シェイク』」


 総の、いっそ冷徹なまでに整った宣言が、フィルの耳に届く。

 その瞬間、フィルの心は、緊張よりも安堵が勝った。

 勝利への道筋が通り、気が抜けた、そんな時だった。


(……! トリアスの、姿が!?)


 フィルがずっと、視界の端に留めていたはずの執事。

 トリアスの姿が、いつの間にか消え失せていた。


(どこにっ!?)


 フィルが慌てて視線をさまよわせた先。

 そこには、ありえない光景があった。

 自分たちが必死に守って来た、総のすぐ隣に、トリアスの姿があったのだ。


 ──────


「ここですね」


 宣言を終えた直後。

 俺の真横から、静かな声が聞こえた。

 意識もしていなかったその言葉に、精神が乱れる。

 声に目を向けると、俺へと右手を伸ばすトリアスの姿があった。


「なっ!?」

「えっ!?」


 俺を守るはずだった兄妹は、虚を突かれたように声を上げた。


 そうか。このタイミングを待っていたのか。

 トリアスが様子を窺っていたのは、穴を見つけるためだ。

 俺の準備が整い、兄妹の警戒が緩む意識の穴。

 その一瞬を、俺の妨害をするチャンスを待っていたのだ。


「っ!」


 俺はどうにか身を翻し、態勢を立て直そうとする。

 だが、ここまで接近を許せば、流石に分が悪い。

 俺の動きに苦もなく追従し、トリアスが静かに告げた。


「終わりです」


 だが、その言葉のあと、トリアスが少しだけ躊躇した。

 俺へと向けていた、手刀の形の右手が、僅かだけ停止する。

 銃を弾いてから確実に殺すか、反撃を恐れて、真っ先に息の根を止めるか。

 その程度の迷いがあったのだろう。


 それが、トリアスの致命的なロスになった。

 そのほんの僅かな隙に、遠方から飛んで来た、緑の光が滑り込んだ。


「え?」


 トリアスが戸惑いの声を上げる。

 しかし、その言葉だけで、その現象を説明しきることはできない。

 遥か遠方から飛来した緑の光──『風の魔力』が、伸ばされていたトリアスの右腕に突き刺さり、その腕を弾いた。

 トリアスは腕に引きずられるようにして、体勢を崩す。

 その僅かな時間で俺は銃を構え直し、トリアスを蹴り飛ばした。

 執事の体が吹き飛び、ようやく俺の身近に脅威の姿はなくなった。


「今度こそ!」

「守ります!」


 その直後、俺を庇うように、兄妹が俺との隙間を詰めて、立つ。

 好都合だ。声をかけるでもなく、一瞬だけ俺たちと刺客たちの間に、隙間が開いた。

 俺は、ふぅ、と一息だけ吐いて。

 上空へと向けた銃の引き金を、引く。



「【ギムレット】」



 宣言の後、緑色の光が、きりのように夜空を穿つ。

 そしてそれは、瞬く間に大気へ、魔力となって溶けた。


 直後、俺と兄妹の外側に変化が起きる。

 俺の周囲半径1m程度の範囲で、人の大きさくらいの竜巻が八つ生まれた。


「ぎぃやああああああああぁぁああ」

「な、なぁああああああ!」


 それらはその場にいた吸血鬼を、喰い散らかすように呑み込む。

 だが、それで終わりではない。


 それらは弾けるように、外側へと走っていく。

 それも、少し進む度にその身を肥大化させ、相手に逃げる隙間を与えることもない。

 竜巻は瞬く間に大通りの範囲を呑み込み、その場に居た大勢の吸血鬼たちを殆ど残らず喰らい尽くした。


 やがて竜巻が消えると、呑み込まれていた者たちが解放され、地面に叩き付けられる。

 流石吸血鬼というべきか、その体の傷はどんどんと塞がっていくが、すぐに立ち上がれるものは居ないようだった。

 それは、執念深いことで評判のトリアスも、同様だ。



 どうやら、この場の勝敗は、ようやく決したようだった。


※1026 誤字修正しました。

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