【ダイキリ】(2)
「……ふん。面白い見世物じゃねぇか」
オヤジさんは明らかに戦慄していた。
口では気丈に振る舞っているが、その実、目の前の物が理解できていないのだ。
彼はスイの身内だ。彼女の作るポーションの不味さなど知っているだろう。
だが、目の前にある液体──【ダイキリ】が、興味を引いて仕方が無い。
この世界にはあまり存在しない。冷えた飲み物。
グラスは結露を始めていて、それだけでこの液体の温度が分かる。
さらに、この世界では『ポーション』を『副材料』と混ぜるということが常識外。
味を整えるために魔法的な処理は行っても、新しい味を生み出すことはしていない。
その未知が、今オヤジさんの目の前にあるのだ。
「どうぞ。出来立てが世界で一番美味しいですから」
その反応を見ているのも良いが、飲んでもらわないと話にならない。
俺が促すと、オヤジさんは恐る恐る、目の前のグラスを掴み。
それをゆっくりと、自分の口へと持っていった。
──────
フレン・ヴェルムットは恐れていた。
目の前の飲み物も、その未知を嬉々として実行した目の前の男も。
最初はただのいけ好かない小僧だと思ったが、今は違う。
カウンターの中で、穏やかな笑みを浮かべているのは、一人の『店主』だ。
自身の作る物に絶対の自信を持ち、フレンの持っている偏見を吹き飛ばすつもりでいる『男』の顔だった。
フレンはそれから逃げるわけにはいかない。
差し出されたグラスを、手に持った。
──冷たい。
最初の感想はそれだった。
フレンにしても、この店で保存に冷蔵庫を使うことはある。
だが、それらはあくまで食材のため。
こんな風に液体を冷やすスペースなどない。
だが、この男はそれを当たり前のように行った。
見慣れない道具を鮮やかに使いこなし、寸分の躊躇いもなく実行してみせた。
それだけ、この飲み物が彼にとっては『当たり前』の、商品なのだ。
これを飲ませることが、彼にとってのプライドなのだ。
その矜持に応えなければ、フレンは男ではない。
フレンはゆっくりと、最初の一口を含んだ。
「……バカな」
瞬間、フレンの口の中を、今まで飲んだことのない爽やかな美味が踊った。
口当たりに来るのは、レモンの酸味だ。
だが単に酸っぱいだけではない。
それは言わば、猜疑に固まったフレンの舌を解きほぐす鍵だ。
そのあとに流れてくるのは、微かな甘みを持った『サラムポーション』の火。
舌を焼くようで、それでいて柔らかな、なんとも言えない味。
美味いかと問われれば美味いと答える他がない。
そして最後、後味にほんのりとだけレモンの苦みと砂糖の甘み。
それらが口の中を引き締めて、爽快な飲み心地を残している。
以前、娘のポーションを試飲したときには、二度と飲むかと思ったものなのに。
気づいたらフレンは二口、三口とグラスを傾けていた。
「……はっ」
そしていつの間にか、フレンの手の中に、液体はなくなっていた。
自制も利かず、一息に呑み下してしまったと、後になって気づいた。
──────
「いかがでした?」
オヤジさんが勢いよくグラスを空けていくのを、俺はニンマリと眺めていた。
打算でもなんでもない。自分の『カクテル』を人が美味しそうに飲むのが嬉しくない『バーテンダー』はいない。
俺の声に、オヤジさんは我に返り、忌々しそうに俺を見る。
「……ふん。まぁ、不味くはなかった」
「ありがとうございます」
俺は慇懃に礼をして、そのまま交渉にかかった。
「それで、どうでしょう? 先程のお話、考えてくれますか?」
「ぐっ」
俺が尋ねると、悔しそうに呻くオヤジさん。
あと一押しが要りそうだ。
まぁ、そんなことは想定済みなのだが。
「……確かに不味くはなかったが、別に俺の店で出す必要など……」
「そういえば、実はさきほどの【ダイキリ】。まだもう一杯分あるんですよ」
「なっ?」
俺の一言に、オヤジさんが見る間にグラグラと揺らいだ。
俺は心でクフフと笑みつつ、あくまで真剣な表情で言う。
「先程のグラスには入り切らないだろうと分けておいたのですが。フレンさんの気に入らないようでしたら、廃棄を……」
「ま、待て!」
「はい?」
俺がきょとんとした表情を浮かべてみせると、オヤジさんが視線をさまよわせる。
待てと言ってしまってから、自分の言葉に戸惑っている様子だ。
「どうかなさいましたか?」
「い、いや。捨てることはないだろう。勿体無い」
「ですが、フレンさんの感覚では、こちらは商品にならないのでしょう? 私も心苦しいのですが、ここの店主さまが『ゴミ』と仰るのならば、捨てるのも致し方ないかと」
「ご、ゴミとまでは言ってない!」
焦る焦る。
素直になれば良いのに、頑固親父め。
「そうだ。捨てるくらいなら俺が飲んでやる。そっちの方が──」
「違いますよね? フレンさん。茶番はもう良いでしょう」
「…………」
俺が最後に詰めると、オヤジさんも降参だと手を挙げた。
「分かった。美味かった。提案も飲む。ダイニングバーとか言ったか? その方向で前向きに考える」
「毎度あり!」
しっかりと言質を取ってから、俺はグラスをオヤジさんへと差し出した。
オヤジさんはフンと悔しそうにグラスを受け取るが、それを一口飲むとまた嬉しそうな笑みを見せた。
「総」
スイの声がした。
俺は満面の笑みを浮かべつつ、彼女に向かって親指を突き出してみせた。
だが、彼女は少しムスっとした表情で俺を睨んでいた。
なぜだ。彼女の目的のために、しっかりと実力で権利を勝ち取ったというのに。
「そのもう一つのグラス。私用じゃなかったの?」
「……いくらでも作りますよお嬢さん」
少女の要求に俺が呆れて返すと、スイもようやく嬉しそうな笑顔を見せたのだった。
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※0805 誤字修正し、行間を少し整理しました。




