【ロングアイランド・アイスティー】(2)
──────
課題だと言って一杯のカクテルを出したあと、総はすぐにサリーの目の前から去った。
サリーが目で追うと、先程の男性のもとに向かったのが分かる。
「本当に大丈夫?」
「え? あ、はい」
その姿をぼんやりと眺めていると、隣に座っている青髪の女性から、心配そうな声を受けた。
「まったく。酔っぱらうのは構わんが、節度は守って欲しいものだな」
その隣に座っている黒髪の女性も、我が事のように不満を述べる。
スイとヴィオラ。
サリーよりも少しだけ年齢が上に思える(と言ってもサリーは自身の年齢を知らないが)女性達だった。
「サリー。気にしなくて良いからね。ああいう人も居るってだけで、あなたは何も悪くないんだから」
「……でも、総さんの言いつけを守らなかったのは私、ですし」
「総は、変なところで鈍いから」
サリーがしゅんと沈んでいると、スイが優しく言う。
少女の肩を持つように、総に対して少し呆れながら。
「サリーやフィルの『認められたい』って気持ち、分かってないと思う。あんな言い方しないで、どうしてダメなのか教えてくれれば良かったのに」
「べ、別に私はあの人に認められたいなんてっ!」
「思ってないの?」
「……少ししか」
サリーはスイの言葉を慌てて否定しようとしたが、優しく追求されてできなかった。
その様子に、スイはいつもの無表情を少しだけ笑みに変えた。
「サリー、一度それ飲んでみて。多分、総の優しいところと、意地悪なところが、全部入ったカクテルだから」
スイに言われて、サリーは目の前のカクテルに意識を向け直した。
【ロングアイランド・アイスティー】
アイスティーと言うくらいだから紅茶で割っているのは想像できるが、それくらいしか分からない。
サリーはグラスを手に取り、まず香りを嗅いだ。
レモンの香りに混じって、紅茶のようで少し違う、甘い香りがした。
続けてストローに口をつけようとしたところで、スイが一言付け加える。
「ゆっくり飲んでね」
「……? はい」
スイの今更な忠告を不思議に思いつつ、サリーはストローから液体を啜る。
口の中に広がった味は、なんとも表現し難いものがあった。
まず舌先に到達したのは、刺激。
炭酸の刺激だと気付くころには、雪崩れ込むようにレモンの酸味が走る。
しかし、ここからが不思議なのだ。
一言では言い表せない、複雑な味。
甘いような、辛いような、苦いような、酸っぱいような、美味。
そのどれもが、決して不快感を残すこともなく、舌の上を流れていく。
分かるのは、それが単純な果実からでは生まれない、独特の風味を持っていること。
例えるなら、優雅な午後に供される、紅茶と甘いお菓子、そして果物の共演。
どれか一つでも欠けることは許されず、どれか一つを突出させることもない。
どれを選んでも満足するし、どれを選んでも正解とは言えない。
そんな、悩ましげな時間が、口の中で目まぐるしく過ぎていくようだった。
呑み下したところで残るのは、仄かな炭酸の刺激と、紅茶のような独特の後味。
喉元を通り過ぎるまで、サリーは特に抵抗を感じることもなく、楽しんでいた。
この、清涼な液体が自分の為に作られたことに感謝までした。
それだけ、その一口から得られた満足は大きかったのだ。
「……美味しい。けど」
素直な感想が口から漏れつつ、サリーは、んん? と首を傾げる。
「……これ、紅茶じゃないんですの? シロップとレモンが多めで味は甘めに感じますが、この風味というか後味はその系統ですわよね?」
「そう思うよね。でも、もう一回、今度は『ポーション』に注意して飲んでみて」
「……はぁ。まぁ課題ですから。分かり難くするために『ポーション』は控えめみたいですが」
スイに促されて、サリーはさらに一口含んだ。
ポーションを意識しろと言われても、この弱さでは……
そう思った瞬間に、自分の先程の感想が『誤り』だと強く感じることになった。
(違うっ! もの凄く強い! 今まで飲んだ、どんな『カクテル』よりも!)
味では気付かなかったが、ポーションとして意識してみれば、魔力の高揚は疑いようがないほどはっきりと感じられた。
というよりも、たった一口で魔法に精通していないサリーが気付くというのが、異常と言っても良い。
だが、どれだかは分からない。
一体、なんの属性のポーションを使っているのかが、サリーには皆目見当が付かない。
「総がどんな気持ちでその『カクテル』を課題にしたか、分かる?」
「……え?」
サリーが頭を捻っていると、スイの声がした。
スイは訳知り顔でサリーへと、総の気持ちを代弁する。
「優しい言い方をすれば……『紅茶』でも飲んで、ゆっくりと落ち着けって感じかな。きっと、あのお客様が帰るまで、戻ってこなくても良いってこと」
サリーは一瞬、言葉に詰まる。
スイに言われて、トクンと心臓が動いた気がした。
それが、嬉しさによるものだと、認めたくなかった。
そしてそれ以上に、そんなぶっきらぼうな優しさを、カクテルで表す総の『カクテル馬鹿』っぷりが、少しだけ眩しい。
「……でも、逃げるわけには」
口ではそう言ってみせたが、サリーにも本当は分かっている。
自分が戻っても、今はなんの力にもなれないということが。
それをあえて指摘するように、スイは言葉を重ねる。
「それで厳しい言い方をすれば、その『カクテル』のことも分からないような見習いが、大口叩くなんて何様だっていう、説教……かな」
「……凄くしそう」
説教にも『カクテル』を使ってくる、というのは実に総らしい。
そう思ったのは、サリーだけではなかったようだった。
「確かに。本当にしそうだな、あの男は」
「うんうん。きっとプロポーズとかもカクテルで済ませるよ、総は」
「そのうち、日常会話までカクテルにしたりするかも」
ヴィオラの呆れた声を皮切りに。
給仕の手を一時止めて、サリーの様子を見に来たライと、
イソトマとゴンゴラの会話から逃げて来た、イベリスも加わった。
「……みなさん」
「元気出しなよサリー! 今度もしなんか言われたら、総に代わって私が追い出してやるんだから!」
「あ、ありがとうライ」
手に持ったお盆をぶんと振り回し、ライは冗談混じりでカラカラと笑う。
その元気の良い声に、サリーは釣られて少しだけ笑顔を見せた。
ライに続いて、イベリスは手に持ったコースターとグラスをカウンターに乗せ、椅子に座り直してから、ぼそりと一言。
「内緒って言われたけど、教えちゃうね」
「え?」
サリーは突然の言葉に、意図を掴めずに戸惑う。
そんなサリーの耳に、イベリスは口を近づけて小声で告げた。
「私に席を移動しろって言ったの、誰かさんかもね。師匠としての威厳を残したいのかもしれないけど、そういうの、誰かさんには似合わないと、個人的には思ってるんだよね」
言って、にへへとイベリスもまた、柔らかな笑みを浮かべた。
サリーは、はっとして、カウンターの中の総の姿を再び捉える。
あの、気難しいにも程があった新規の男性と、総は和やかに会話を弾ませていた。
内容までは聞こえないが、二人とも楽しそうに見えて、少しだけ、苦しい。
自分のミスを拭って、不器用に優しさをかけて、内緒で気遣いまでする。
どういうわけか、その笑顔が、いつも以上に魅力的に見えた気がした。
不覚にも、サリーは少しだけ感極まって、涙が出そうになる。
(……いけないっ! 上に立つ者としてそんな簡単に涙を見せるわけには!)
とはいえ、すんでのところでサリーはその感情をひっこめた。
その際に、自分の思考に浮かんだ言葉が、自分で心にひっかかった。
(上に立つ者……? 私は、何を……?)
サリーは、頭にふっと湧いた疑問に、黙り込んだ。
考え込むサリーに、イベリスが声のトーンを落とし、不安そうに尋ねる。
「どうしたのサリー? やっぱり嫌だった?」
「ぜ、全然そんなことはありませんわ! その……とても感謝してます」
慌てて頭を振り、サリーは意識して、その思考を封印する。
そんな疑問よりも今は、自分を心配してくれている、暖かい人達の気持ちに応えるのが先だと、強く思った。
いつの間にか、自然にそう思える自分になっていることには、サリーは気付いていなかった。
──────
「ありがとうございました!」
俺は、機嫌良さそうに去っていく男性の後ろ姿に、そう声をかける。
店の外では、むわっとした熱気混じりの空気が漂っていた。
男性の見送りを終えて店内に戻る前に一度だけ。誰にも見えないこの場所で、俺は深いため息を吐く。
正直言って、すごく疲れた。久々に、緊張感のある接客をしたと思う。
酒を飲ませるペースから、機嫌の取り方から、何もかも。全てに細心の注意を払った。
それもバーテンダーの仕事としては当たり前のことだ。だが、最近は気が抜けて、お客さん側の裁量に頼り切りになっていた。
これでは弟子を持つ身として、胸を張ることはできそうにない。
俺は気を引き締め直しつつ、店内に戻る。
早足でカウンターの中に入り、まずは手を洗った。
そのあと、ずっとカウンターに立ってくれていたフィルに声をかけた。
「フィル、ありがとうな。サリーが戻ったらすぐ休憩に入ってくれ」
サリーがずっと休憩に入っている関係で、フィルは休むことなくカウンターに立ってくれていた。
俺が小さく声をかけると、作業台で注文を作っていたフィルが、視線はこちらに向けずに応える。
「いえ、こちらこそサリーに気を使って頂いてありがとうございます。……そしてすみません。僕が会話を切れなかったから、こんなことに」
「良いんだよ。フィルがお客さんに色々質問されて、離れられなかったことは分かったから」
「…………はい」
それは、あの男性との会話から分かったことだ。
俺の動作を逐一観察していたらしい男性に、あれやこれやと質問攻めにされて、フィルはあの場を離れるに離れられなかったようだ。
少し強引にでも切るとか、そんな判断は、まだフィルにはできないだろう。
それも、俺の監督力不足だ。
「今回の責任は全て、フィルやサリー、そしてお客さんを見極められなかった俺にある」
「そんなことないです!」
フィルは、そこで必死に否定の声を上げた。
思いのほかその声が大きくて、周りの視線が一斉にこちらに向く。
「失礼しました!」
「し、失礼しました!」
俺とフィルはすかさず謝ってから、そそくさとお互いの作業に戻る。
だが、俺が去る前に、フィルはもう一度念押しのように言った。
「全部が総さんの責任なんて、ありえませんから」
フィルはフィルで、変なところで反抗的だ。
そう思いつつ、俺は少しだけ、嬉しくもあったのだった。
「さて、答えを聞こうか」
女性達が集まって楽しげに話している空間に割りこみ、俺はサリーに尋ねる。
サリーは、飲み干したそのグラスを一度だけ見て、俺の顔を見る。
「これを外したらどうなります?」
「しばらく、カクテルの練習はストップで洗い物に戻すかな」
「うっ」
「なぁに、正解すれば良いだけだろ?」
俺の言葉を聞き、サリーは少し怯む。
だが、心を落ち着けるようにすっと目を閉じて、大きく何回か深呼吸した。
「では、言いますわ」
目を開き、そう前置きをして、サリーは静かにその答えを告げた。
「この【ロングアイランド・アイスティー】に使われている、ポーションの属性は──全て、ですわね?」
やや不安に揺れるサリーの瞳。
だが、俺はそれ以上の驚きを持って、答えた。
「……正解だ」
そう。
【ロングアイランド・アイスティー】に使われる基酒は何か。
色々と諸説はあるが、俺はあえて言おう。
全てだと。
この『カクテル』には『ジン』も『ウォッカ』も『ラム』も『テキーラ』も、全て使われているのだから。
※1013 誤字修正しました。




