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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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【ロングアイランド・アイスティー】(2)

 ──────




 課題だと言って一杯のカクテルを出したあと、総はすぐにサリーの目の前から去った。

 サリーが目で追うと、先程の男性のもとに向かったのが分かる。


「本当に大丈夫?」

「え? あ、はい」


 その姿をぼんやりと眺めていると、隣に座っている青髪の女性から、心配そうな声を受けた。


「まったく。酔っぱらうのは構わんが、節度は守って欲しいものだな」


 その隣に座っている黒髪の女性も、我が事のように不満を述べる。

 スイとヴィオラ。

 サリーよりも少しだけ年齢が上に思える(と言ってもサリーは自身の年齢を知らないが)女性達だった。


「サリー。気にしなくて良いからね。ああいう人も居るってだけで、あなたは何も悪くないんだから」

「……でも、総さんの言いつけを守らなかったのは私、ですし」

「総は、変なところで鈍いから」


 サリーがしゅんと沈んでいると、スイが優しく言う。

 少女の肩を持つように、総に対して少し呆れながら。


「サリーやフィルの『認められたい』って気持ち、分かってないと思う。あんな言い方しないで、どうしてダメなのか教えてくれれば良かったのに」

「べ、別に私はあの人に認められたいなんてっ!」

「思ってないの?」

「……少ししか」


 サリーはスイの言葉を慌てて否定しようとしたが、優しく追求されてできなかった。

 その様子に、スイはいつもの無表情を少しだけ笑みに変えた。


「サリー、一度それ飲んでみて。多分、総の優しいところと、意地悪なところが、全部入ったカクテルだから」


 スイに言われて、サリーは目の前のカクテルに意識を向け直した。


【ロングアイランド・アイスティー】


 アイスティーと言うくらいだから紅茶で割っているのは想像できるが、それくらいしか分からない。


 サリーはグラスを手に取り、まず香りを嗅いだ。

 レモンの香りに混じって、紅茶のようで少し違う、甘い香りがした。

 続けてストローに口をつけようとしたところで、スイが一言付け加える。


「ゆっくり飲んでね」

「……? はい」


 スイの今更な忠告を不思議に思いつつ、サリーはストローから液体を啜る。

 口の中に広がった味は、なんとも表現し難いものがあった。


 まず舌先に到達したのは、刺激。

 炭酸の刺激だと気付くころには、雪崩れ込むようにレモンの酸味が走る。


 しかし、ここからが不思議なのだ。


 一言では言い表せない、複雑な味。

 甘いような、辛いような、苦いような、酸っぱいような、美味。

 そのどれもが、決して不快感を残すこともなく、舌の上を流れていく。

 分かるのは、それが単純な果実からでは生まれない、独特の風味を持っていること。


 例えるなら、優雅な午後に供される、紅茶と甘いお菓子、そして果物の共演。

 どれか一つでも欠けることは許されず、どれか一つを突出させることもない。

 どれを選んでも満足するし、どれを選んでも正解とは言えない。

 そんな、悩ましげな時間が、口の中で目まぐるしく過ぎていくようだった。


 呑み下したところで残るのは、仄かな炭酸の刺激と、紅茶のような独特の後味。

 喉元を通り過ぎるまで、サリーは特に抵抗を感じることもなく、楽しんでいた。

 この、清涼な液体が自分の為に作られたことに感謝までした。

 それだけ、その一口から得られた満足は大きかったのだ。


「……美味しい。けど」


 素直な感想が口から漏れつつ、サリーは、んん? と首を傾げる。


「……これ、紅茶じゃないんですの? シロップとレモンが多めで味は甘めに感じますが、この風味というか後味はその系統ですわよね?」

「そう思うよね。でも、もう一回、今度は『ポーション』に注意して飲んでみて」

「……はぁ。まぁ課題ですから。分かり難くするために『ポーション』は控えめみたいですが」


 スイに促されて、サリーはさらに一口含んだ。

 ポーションを意識しろと言われても、この弱さでは……

 そう思った瞬間に、自分の先程の感想が『誤り』だと強く感じることになった。


(違うっ! もの凄く強い! 今まで飲んだ、どんな『カクテル』よりも!)


 味では気付かなかったが、ポーションとして意識してみれば、魔力の高揚は疑いようがないほどはっきりと感じられた。

 というよりも、たった一口で魔法に精通していないサリーが気付くというのが、異常と言っても良い。

 だが、どれだかは分からない。

 一体、なんの属性のポーションを使っているのかが、サリーには皆目見当が付かない。


「総がどんな気持ちでその『カクテル』を課題にしたか、分かる?」

「……え?」


 サリーが頭を捻っていると、スイの声がした。

 スイは訳知り顔でサリーへと、総の気持ちを代弁する。


「優しい言い方をすれば……『紅茶』でも飲んで、ゆっくりと落ち着けって感じかな。きっと、あのお客様が帰るまで、戻ってこなくても良いってこと」


 サリーは一瞬、言葉に詰まる。

 スイに言われて、トクンと心臓が動いた気がした。


 それが、嬉しさによるものだと、認めたくなかった。

 そしてそれ以上に、そんなぶっきらぼうな優しさを、カクテルで表す総の『カクテル馬鹿』っぷりが、少しだけ眩しい。


「……でも、逃げるわけには」


 口ではそう言ってみせたが、サリーにも本当は分かっている。

 自分が戻っても、今はなんの力にもなれないということが。

 それをあえて指摘するように、スイは言葉を重ねる。


「それで厳しい言い方をすれば、その『カクテル』のことも分からないような見習いが、大口叩くなんて何様だっていう、説教……かな」

「……凄くしそう」


 説教にも『カクテル』を使ってくる、というのは実に総らしい。

 そう思ったのは、サリーだけではなかったようだった。


「確かに。本当にしそうだな、あの男は」

「うんうん。きっとプロポーズとかもカクテルで済ませるよ、総は」

「そのうち、日常会話までカクテルにしたりするかも」


 ヴィオラの呆れた声を皮切りに。

 給仕の手を一時止めて、サリーの様子を見に来たライと、

 イソトマとゴンゴラの会話から逃げて来た、イベリスも加わった。


「……みなさん」

「元気出しなよサリー! 今度もしなんか言われたら、総に代わって私が追い出してやるんだから!」

「あ、ありがとうライ」


 手に持ったお盆をぶんと振り回し、ライは冗談混じりでカラカラと笑う。

 その元気の良い声に、サリーは釣られて少しだけ笑顔を見せた。

 ライに続いて、イベリスは手に持ったコースターとグラスをカウンターに乗せ、椅子に座り直してから、ぼそりと一言。


「内緒って言われたけど、教えちゃうね」

「え?」


 サリーは突然の言葉に、意図を掴めずに戸惑う。

 そんなサリーの耳に、イベリスは口を近づけて小声で告げた。


「私に席を移動しろって言ったの、誰かさんかもね。師匠としての威厳を残したいのかもしれないけど、そういうの、誰かさんには似合わないと、個人的には思ってるんだよね」


 言って、にへへとイベリスもまた、柔らかな笑みを浮かべた。

 サリーは、はっとして、カウンターの中の総の姿を再び捉える。


 あの、気難しいにも程があった新規の男性と、総は和やかに会話を弾ませていた。

 内容までは聞こえないが、二人とも楽しそうに見えて、少しだけ、苦しい。

 自分のミスを拭って、不器用に優しさをかけて、内緒で気遣いまでする。

 どういうわけか、その笑顔が、いつも以上に魅力的に見えた気がした。


 不覚にも、サリーは少しだけ感極まって、涙が出そうになる。


(……いけないっ! 上に立つ者としてそんな簡単に涙を見せるわけには!)


 とはいえ、すんでのところでサリーはその感情をひっこめた。

 その際に、自分の思考に浮かんだ言葉が、自分で心にひっかかった。


(上に立つ者……? 私は、何を……?)


 サリーは、頭にふっと湧いた疑問に、黙り込んだ。

 考え込むサリーに、イベリスが声のトーンを落とし、不安そうに尋ねる。


「どうしたのサリー? やっぱり嫌だった?」

「ぜ、全然そんなことはありませんわ! その……とても感謝してます」


 慌てて頭を振り、サリーは意識して、その思考を封印する。

 そんな疑問よりも今は、自分を心配してくれている、暖かい人達の気持ちに応えるのが先だと、強く思った。

 いつの間にか、自然にそう思える自分になっていることには、サリーは気付いていなかった。




 ──────




「ありがとうございました!」


 俺は、機嫌良さそうに去っていく男性の後ろ姿に、そう声をかける。

 店の外では、むわっとした熱気混じりの空気が漂っていた。


 男性の見送りを終えて店内に戻る前に一度だけ。誰にも見えないこの場所で、俺は深いため息を吐く。

 正直言って、すごく疲れた。久々に、緊張感のある接客をしたと思う。


 酒を飲ませるペースから、機嫌の取り方から、何もかも。全てに細心の注意を払った。

 それもバーテンダーの仕事としては当たり前のことだ。だが、最近は気が抜けて、お客さん側の裁量に頼り切りになっていた。

 これでは弟子を持つ身として、胸を張ることはできそうにない。


 俺は気を引き締め直しつつ、店内に戻る。

 早足でカウンターの中に入り、まずは手を洗った。

 そのあと、ずっとカウンターに立ってくれていたフィルに声をかけた。


「フィル、ありがとうな。サリーが戻ったらすぐ休憩に入ってくれ」


 サリーがずっと休憩に入っている関係で、フィルは休むことなくカウンターに立ってくれていた。

 俺が小さく声をかけると、作業台で注文を作っていたフィルが、視線はこちらに向けずに応える。


「いえ、こちらこそサリーに気を使って頂いてありがとうございます。……そしてすみません。僕が会話を切れなかったから、こんなことに」

「良いんだよ。フィルがお客さんに色々質問されて、離れられなかったことは分かったから」

「…………はい」


 それは、あの男性との会話から分かったことだ。

 俺の動作を逐一観察していたらしい男性に、あれやこれやと質問攻めにされて、フィルはあの場を離れるに離れられなかったようだ。

 少し強引にでも切るとか、そんな判断は、まだフィルにはできないだろう。

 それも、俺の監督力不足だ。


「今回の責任は全て、フィルやサリー、そしてお客さんを見極められなかった俺にある」

「そんなことないです!」


 フィルは、そこで必死に否定の声を上げた。

 思いのほかその声が大きくて、周りの視線が一斉にこちらに向く。


「失礼しました!」

「し、失礼しました!」


 俺とフィルはすかさず謝ってから、そそくさとお互いの作業に戻る。

 だが、俺が去る前に、フィルはもう一度念押しのように言った。


「全部が総さんの責任なんて、ありえませんから」


 フィルはフィルで、変なところで反抗的だ。

 そう思いつつ、俺は少しだけ、嬉しくもあったのだった。




「さて、答えを聞こうか」


 女性達が集まって楽しげに話している空間に割りこみ、俺はサリーに尋ねる。

 サリーは、飲み干したそのグラスを一度だけ見て、俺の顔を見る。


「これを外したらどうなります?」

「しばらく、カクテルの練習はストップで洗い物に戻すかな」

「うっ」

「なぁに、正解すれば良いだけだろ?」


 俺の言葉を聞き、サリーは少し怯む。

 だが、心を落ち着けるようにすっと目を閉じて、大きく何回か深呼吸した。


「では、言いますわ」


 目を開き、そう前置きをして、サリーは静かにその答えを告げた。



「この【ロングアイランド・アイスティー】に使われている、ポーションの属性は──全て、ですわね?」



 やや不安に揺れるサリーの瞳。

 だが、俺はそれ以上の驚きを持って、答えた。


「……正解だ」


 そう。

【ロングアイランド・アイスティー】に使われる基酒(ベース)は何か。

 色々と諸説はあるが、俺はあえて言おう。


 全てだと。



 この『カクテル』には『ジン』も『ウォッカ』も『ラム』も『テキーラ』も、全て使われているのだから。


※1013 誤字修正しました。

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