【ギムレット】(1)
「かしこまりました」
「あの、すみません。よろしくお願いします」
「こちらこそ、初めてのポーションかもしれませんが、よろしくお願いします」
新規の男性の注文を受け、俺は丁寧に腰を折って答えた。
どうにもおどおどした印象のある男性だ。だが、ポーションを飲んでみるということに関しては、おっかなびっくり興味はある様子だった。
「総さん、僕達は?」
カウンターの端から作業台のところにまでは、少しだけ距離がある。
向かう途中で、会話を切り上げて来たフィルが、俺に指示を仰いだ。
なぜフィルがここに居るのかといえば。
新規のお客さんが来た時には、基本的に様子を見て自己紹介をしろ、という指示を出しているからだろう。
これは俺でも同じ事だが、新規のお客さんとはお互いが知らない同士だ。
初めて会った人間に自己紹介をして、お互い最初の意思疎通をするというのは、人間関係の構築では当たり前のことだと言っても良い。
言い換えれば、バーテンダーが──いや、店自体がお客さんに気に入ってもらえるかは、自己紹介に掛かっていると言っても言い過ぎではない。
フィルは丁度会話の切れ目だったようで、急いでこちらに向かって来たようだ。今は会話の途中であるサリーも、早々に切り上げて挨拶をしに来るだろう。
俺は少し迷うが、フィルにも念を押しておくことにした。
「フィル。あのお客様には基本的に俺が当たる。自己紹介だけすませたら、そんなに会話せずに切り上げていいからな」
「? はい。分かりました」
俺の指示にフィルは疑問を持ったようだが、特に尋ねることもなく従った。
これはあくまで俺の感覚なので、まったくその通りではない。
だが、俺はあの新規の男性が、少し難しいお客さんに思えた。
俺の目に、あのお客さんは、丁寧で、少しおどおどしていて、そして周囲を気にするタイプに見えた。表情に、好奇心よりも不安の色が濃く見えた。
もちろん、それだけなら『だからなんだ』だ。
しかし、俺はそういった態度のお客さんが『一人』で来たのが、少し気になった。
世の中には新しい飲み屋を探すのを趣味としている人は大勢居る。だが、そういった人種は往々にして、飲み屋が好きなのだ。
俺の目には、キョロキョロと様子を窺う男性は、飲み屋が好き、という風には見えなかった。
どちらかと言えば、望んでというよりは、仕方なく一人で飲みにくるタイプ。
フロンティア精神というよりは、逃げでここに来たような態度。
そして、ここで自分は認められるのかを、気にしているような感じ。
もちろん偏見ではあるが、俺のイメージはこうだ。
酔うと、面倒なタイプなのではないだろうか。
「サリーにも、そういう感じで伝えておいてくれるか?」
「わかりました」
お客さんには決して聞こえぬように小声でやり取りをして、俺は作業に入る。
本日の注文で、俺がシェイカーを振ることになるのは久しぶりだ。
まず、グラスを取り出す。
用意するのは、いつもカクテルグラスの代わりとして使っている、少し小さめの口が広いグラスだ。
清潔な布でさっと拭ったあと、グラスを冷凍庫へと押し込む。
そして、材料として『ジーニポーション』のボトルと、氷を取り出した。
それらをコールドテーブルにさっと置き、冷蔵庫から、ライムジュースを取り出す。
これで材料はほぼ出そろったと言っても良い。
だが、まだ足りない。少しだけ足りないものを足す為に、ボトルの棚に並べておいた『シュガー・シロップ』の瓶を手に取った。
シロップは、カクテルを真剣に考える上ではなくてはならないものだ。
もの凄く簡単な例を挙げると『テキーラのオレンジ割り』がある。
実はこの組合せは、シロップの有無で簡単に名前を変えるのである。
まず、テキーラをオレンジで割って何も入れないと、それは【シャンギロンゴ】というカクテルになる。
しかし、そこに『シュガー・シロップ』を1tsp──バースプーン一杯分だけ混ぜると、【アンバサダー】というカクテルに変わるのだ。
さらに『グレナデン・シロップ』という、ベリー系の果実を感じる赤いシロップを底に沈めることで、それは【テキーラ・サンライズ】というカクテルになる。
シロップの有無で、こうまで名前が変わってしまうのは流石に珍しい。
しかし、言い換えればそれだけカクテルの世界で、シロップが入るか入らないかは、重視される項目であるというわけだ。
カクテルを作る上で、シロップはある程度『砂糖』で代用できないこともない。
しかし、溶けやすさなどを考慮に入れれば、砂糖では限界が来るのもまた事実だ。
そのために、俺はポーションの開発と並行して、シロップの作製にも力を入れていた。
今回作るカクテルなら、あえてシロップを抜く事はあるが、基本は『入れる』だ。
それら材料を全て揃えて、俺はようやく作業に取りかかった。
まず、ライムの果実を切る。
いつものように、細心の注意を払って六分の一カットから果汁を絞り、足りない分はジュースから補充して、15mlをシェイカーに流し込む。
それが終わると、メジャーカップの上下を入れ替えて、『ジーニ』を45ml。
そこで終わりではない。
いつもは右手で持っているバースプーンを左手に持ち、右手でシロップのボトルを傾ける。
とろりとした液体を慎重にスプーンに流し込み、ゆっくりとシェイカーまで伝えた。
ここで右手にバースプーンを持ち替え、軽くかき混ぜて味を見る。
辛く、それでいて、すっきりとした甘みと酸味が舌に伝わる。
問題はない。新規のお客さんにお出しするなら、丁度良い塩梅だ。
確信してから、俺はシェイカーに氷を詰めていく。
八分ほど詰め終わったところで、俺の後ろを、すっとサリーが通り過ぎていった。
あの男性に挨拶をしに行ったのだろう。
ちらりと視線を男性に向けると、彼がこちらを熱心に見ているのが分かった。
俺はそこに気を取られずに、シェイクに集中することにした。
いつもより、と言うと語弊があるが、この『カクテル』の場合は神経を使う。
味が壊れやすい、というより、特徴をしっかり残して美味しくするのが難しいのだ。
ジーニとライムの相性の良さはある。しかし、あまり丁寧にシェイクすると、それらの尖った部分が、度を超してまろやかになってしまう。
かといって、シェイクが足りなかったり、雑だったりすると、今度はその個性が好き勝手に喧嘩してバラバラの味を出してしまう。
そのシャープさを残しつつ、飲みやすくするというのは、想像よりも難しいのだ。
シェイクの音がBGMと化している店内で、俺は絶好のタイミングをはかる。
指先の温度、伝わる氷の具合、そして耳に残る音の変化。
過不足なく液体が混ざり合ったと思ったタイミングで、俺はそっとシェイクを終えた。
冷凍庫からよく冷えたグラスを取り出し、俺は男性のもとに足早に向かう。
シェイクの音から俺の作業を感じていた様子で、フィルが俺の到着に合わせて男性に声をかけた。
「ご注文が届いた様子ですので、僕は失礼しますね」
さっと答え、フィルは俺の背中側をすっと通り過ぎて行った。
どうやら、自己紹介から繋がる簡単な話で、場を繋いでくれていた様子だ。
ありがたいと思う反面、そこまでしなくとも良かったのにという、ささくれだった感情が残った。
サリーの自己紹介はまだ済んでいない様子だったから。
「失礼します」
ひとまず全ての疑問を脇に置いて、俺は男性の前に良く冷えたグラスを差し出した。
少し霜の張ったグラスへ、間髪を入れずシェイカーから液体を注ぐ。
薄氷のような薄い白色の液体が、ゆっくりとグラスを満たした。
「お待たせしました。【ギムレット】になります」
俺の言葉に、男性は小さく唾を呑み込んだ。
果たして、この未知は新規のお客さんにどう受け取られることだろうか。
やっぱり少しの不安がありながら、俺は精一杯胸を張って、その反応を待ち構えた。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
本当は【ギムレット】を語るにはもっと長い説明が必要なのですが、割愛させて頂きました。
ライムに『コーディアルライム』を使うかとか、あえて『シロップ』を抜くとか、個人の主張によって千差万別になりますので。
興味のある方は、『ギムレット』そのものを調べてみると、色々と面白い逸話も見つかって楽しいと思います。
説明が足りねえぞというご意見は、ご容赦ください。
また、最近更新が安定しないので、少し見直しを考えています。
このくらいの甘い推敲で毎日更新するのと、少し落ち着いて一日おきに更新するのではどちらが良いでしょうか?
ご意見下さると幸いです。
※1010 誤字修正しました。




