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【ダイキリ】(1)

 俺とスイの話が終わって、オヤジさんが姿を見せるのにそう時間はかからなかった。

 オヤジさんはすぐに俺の姿を認めると、先程よりも不機嫌そうな顔で俺を睨む。


「小僧。消えろって言っておいたよな?」

「それは聞きました。ですが、納得はできなかったので残ってました」

「良い度胸だ」


 俺の返答に、オヤジさんはにやりと歯を剥いた。

 だがそこに友好的な色は一切見えない。

 どうみても、気に入らない男を殴る口実ができて喜んでいる様子だ。



「待って」



 俺とオヤジさんの間にスイが滑り込んだ。

 スイは俺を庇うようにして手を広げ、オヤジさんをキッと睨んでいる。


「スイ。お前はいったいどういうつもりなんだ?」

「さっきも言ったでしょう。この人に、店を助けてもらうんだって」

「冗談を言うな。その若造がいったい何だって言うんだ?」


 オヤジさんは明らかに面白くなさそうに俺を一瞥した。

 繰り返しになるが、オヤジさんから見た俺は、娘に調子の良い事を言って自分の思い通りに操っている極悪男なのだ。

 彼にとっては百害あって一利ない存在。スイが俺を庇えば庇うほど、彼の中の俺の評価は下がって行くだろう。

 だから、先程はスイに喋らせるのは最小限に留めた。

 だが今は違う。

 スイが『考えがある』と言ったので、彼女に任せることにしているのだ。



「お願い、一回だけでも飲んで。それから判断して」

「俺がどうして、こんな得体の知れない男の作ったもんを飲まないといけない」



 オヤジさんは未だに憎々しげに俺を睨む。

 思ったとおり、スイが俺を庇うのが気に入らないようだ。

 だが、次にスイが言った一言で、ようやくオヤジさんの気が動いた。



「もし、飲んでくれて気に入らなかったら。私はもうポーション屋をやめてもいい」



 その一言に、オヤジさんが目を見開く。

 ついでに俺も驚いた。

 まだ少ししか話をしていないが、それでもスイが相当な思いを込めて店をやっていたことは分かっている。

 それを辞めてもいい、と言ったのだ。


「本気か? スイ」

「本気」


 真っ直ぐに父親を見つめながら、決意だけを感じさせるスイ。

 オヤジさんは少しだけ目を瞑り、言った。


「……わかった。そこまで言うなら、試してやる」


 その言葉に続いて、オヤジさんは俺を睨む。



「小僧。さっきはあんな大口を叩いたんだ。分かってるな?」

「当然です」



 だが俺は、涼しい顔で答えてみせた。

 スイが振り返り、俺に向かって一つ頷いた。

 頼んだ、と言ったように見えた。



「フレンさん。あなたが今まで飲んだことのない味を、飲ませてみせますよ」



 俺は胸を張ってそう答えた。




 それから、氷屋はすぐに到着した。

 俺は頼み込んで、いくらかの氷を手に入れ、少しの準備時間を貰う。

 アイスピックで氷を割り、必要な材料を厨房から拝借して準備は整った。

 それが終わったあと、カウンターに座らせて待っていたオヤジさんに向かって言う。


「大変お待たせしました。これより、作らせていただきます」

「はん。てめえの言う『カクテル』ってやつは、随分と時間がかかるんだな」

「申し訳ありません」


 明らかな嫌みに俺が殊勝に謝ると、オヤジさんも目を丸くした。

 だが、この場面では謝るのが当然だ。

 準備が整っていないのはこちらの不手際。

 まずは心を込めた謝罪で、相手の気持ちに応えるのが『バーテンダー』の当然だ。

 俺の態度に、オヤジさんは毒気が抜かれたように明後日の方角を向いた。

 それもいけない。せめて最初くらいは、こちらを向いて貰わないと。



「それでは【ダイキリ】を」



 俺はそう声をかけ、オヤジさんの意識をこちらに寄せた。

 ちらりとスイを見ると、彼女は心配そうに俺を見つめている。


 緊張がないと言えば、嘘になる。

 だが、そんなものはいつでも一緒だ。


 初対面の客への、最初の一杯。


 それはいつ、いかなる時であっても緊張する。

 その緊張を、これまで積み上げてきた技術だけで乗り越える。

 相手の感想を恐れながら、それでも持てるすべてを費やす。

 それが、俺がこれまで築いてきた『誇り』だ。

 たかが一年。されど一年だ。


 最初に材料や道具を用意するのはいつでも一緒だ。

【ダイキリ】の材料はシンプル。『ラム』45mlとライム15ml。それにティースプーン一杯のシロップ、または砂糖。

 それらを日本から持ち込んだ道具──『シェイカー』へと詰めるのだ。


『ラム』──『サラムポーション』はスイの作った原液。

 ライムは厨房に無かったので、仕方なく『レモン』で代用する。

 シロップも当然ない。厨房から砂糖を拝借してきた。

 基本レシピとは少し違う。だが、それは基本から僅かに逸れただけ。

 甘みと酸味、それにアルコール度数のバランスさえ崩れなければ、カクテルは『美味い』のだ。


 俺はまず、レモンを絞る。絞り過ぎると果皮のえぐ味まで出てしまうので、軽くだ。

 その果汁を15ml用意して、シェイカーへ。

 続いて『ラム』を45ml測り、これもシェイカーへ。

 最後にバースプーンのスプーン側で砂糖を一杯分取り、シェイカーへ。

 それらを軽くステアしてから、ようやく先程割った氷を中へ詰めて行く。

 八分目まで詰まったら、ストレーナーとトップ──要するに蓋をして、軽く締める。


 ここまで来て、ようやく半分。そしてここからが見せ場だ。


 俺はちらりとオヤジさんの様子を見た。

 彼は俺の一連の作業を不思議そうな目で眺めている。

 理解はしていない。だが、それで充分。注目さえしてくれていればいい。


 俺は体をカウンターと垂直に向け、少しだけ下を見る。

 別にどこを見ていても構わないのだが、この角度が一番格好良い。


 そして、シェイカーを、振る。


 右手でしっかりとシェイカーを持ち、左手は添えるだけ。

 力ではなく、手首のスナップを利用してかき混ぜるのだ。

 最初は上に。戻ってきたら下に。

 左肘は固定し、右肘の上下だけで八の字を描く。

 シャカシャカと、中の氷が踊る。空気が触れる。液体が混ざる。

 それらは急速に冷却され、シェイカーを振る俺の手へとダイレクトに情報を伝える。

 そして、その絶妙なタイミングを、耳と、指先の感覚で感じ取り、


 ゆっくりとシェイクを終えた。



 予め、準備の段階で氷を入れて冷やしておいた、二つのグラスを軽く拭く。

 それをオヤジさんの目の前に差し出しながら、一声かけた。


「失礼します」


 そして、俺はさっとシェイカーの一番上の蓋──トップを開け、中の液体をグラスに注いだ。

 シェイカーからとろとろとした薄白の液体が、グラスへと流れ込む。

 それが小さなグラスを満たしたところで、俺は告げた。



「お待たせしました。【ダイキリ】です」



 オヤジさんは、目の前の未知の液体に、ごくりと唾を呑み込んだ。




ブックマークに評価、大変ありがとうございます。

とても励みになっております。

少し張り切って、本日は二回更新します。

次の更新は24時過ぎくらいの予定ですので、どうぞよろしくお願いします。


※0807 誤字修正しました。


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