やっぱり食べられない。
ちょっとだけ、残酷描写とまではいかないと思いますが、そのような描写があります。ご注意ください。
私の病室は今日も、白と静寂で満ちていた。
きつねとは、中庭での会話以来、一度も話していない。
もしかしたら消えてしまったのではないかと、時々、紙袋の中をそっと覗いてみると、きつねは相変わらず静かに寝ている。
でもこれ以上きつねを放っておくと、きっと消えてしまうだろう。
それは、いつかの贈り物のように自分から姿を消すか、きつねが腐ってしまう時だ。
話し相手がいなくなって、一人で考え事をする事が多くなった。
考えるのは、病気のこと。
治るのか、おばあちゃんのように寿命がもう短いのか、先生はどこまで病気のことを分かっていて、どこまでお母さんに話しているのか。
どうして、私だけ何も知らないのか。
そんな考えばかりが、頭の中をぐるぐるして、自分がどんどん卑屈になっていくようだった。
理由もなくイライラして、お母さんにあたってしまうこともあった。
退院していく人を妬ましいと思ったこともあった。
もっと、私に病気のことを説明してほしい。
私はずっと病院で暮らしていかなくちゃいけないの?
ずっと、そんなことばかり考えて過ごしていた。
新学期が始まっても、私はまだ退院できなかった。
本当にもう、学校に通えないのではないか。
もう何十回も考えたことが、また頭の中をぐるぐるする。
すると、お母さんが病室に入ってくる気配がした。
「…今日は遅かったね。」
またトゲのある言い方をしてしまった。
最近こんなことばかりだ。
お母さんは、少し間を開けて、
「今日はね、ゆうに渡したいものがあるの。」
と言って、ベッドの横まで歩いてきた。
お母さんは、お誕生日ケーキが入りそうなくらいの箱を抱えていた。
私のお誕生日は夏で、もちろん本当にお誕生日ケーキが入っているでもなく、私は不思議に思って箱を開けた。
目が合った。
「かわいいでしょ? 新しいクラスのお友達がね、ゆうの為に焼いてくれたのよ。」
甘い香りがする。お母さんの話から察するに、それはカップケーキであるようだった。
でも、やっぱり、それは私にとって人だった。
橙色の髪の毛を二つに束ねた女の子が、私を見上げている。
「さっきもらってきたばかりなのよ。」
きっとカップケーキを学校までもらいに行ってたから、今日は来るのが遅かったんだろう。
「さあ、これ食べたらきっと元気出るわよ。」
お母さんは、橙色の女の子をつまみ上げた。
そして、私の口元へ運ぼうとする。
「い、いや…。」
私は、人なんか食べたくない。
気持ち悪い。
私の脳裏で、その小さな手足が私の歯にちぎられて、砕かれて…。
「いらないってば!!」
勢いよく前に出した私の手は、お母さんの手の中にあったカップケーキの女の子にあたった。
転がっていく女の子が目の端に映ったとき、私の頬を熱いものが走った。
頬に手をあてて、ゆっくりと上を見た。
唇を震わせたお母さんが私を見下ろしていた。
「…あなたの為に作ってくれたのよ?」
お母さんはそれだけ言うと、床に転がったカップケーキを拾って、元の箱に戻した。
そして、箱を置いて出て行ってしまった。
私のために。
そんなことは分かってる。
お母さんに言われなくたって、ハートに言われなくたって。
使いたくても使えない、食べたくても食べられない。
贈り物たちを無駄なモノにしてしまうとき、自分を何度となく恨めしく思った。
涙が出た。
どれだけ泣いたって、私は食べられない。
ハートと約束したときは、食べられる気がしたんだ。
でも、時間が経ってしまうともうダメだ。
前とおんなじ。
きつねが心配そうに私を見ていた。
「きっと、これは罰なんだね。おばあちゃんにひどいことしたから…。神様が、私が二度と贈り物をもらえないようにしちゃったんだ。」
そう言う私にきつねは言った。
「大丈夫です。ゆうさんが食べられるようになるまで、私は待ってますよ。ハートの箱から乾燥剤も拝借しましたし。ずっと待ってます。」
優しいきつねの言葉が、私の嗚咽をさらに大きくした。