無駄にしてしまっただけです。
「私ね、きっと病気なの。」
静かな病室で、私は言った。
きつねは、サイドテーブルの上で座っていて、私の突然の発言にこちらを見た。
「先生とお母さんの態度、おかしいの。きっと病気なんだ、私。」
私はもう一度、さっきより大きな声で言った。
どうして、そんなことをきつねに話したのか分からない。
ハートがいなくなってから、病室はとても静かになった。
きつねは黙って私の方を見ていた。
「どんな病気なのかは分かんないけどさ。」
先生とお母さんは、いまだに何も話してくれない。
ただ、二人の様子から漠然と、検査入院ではないということは前々から分かっていた。
病気かもしれないという考えが浮かんでも、私は特に何も感じなかった。
病気だったら治療すればいいんだ。
でももし、食事制限が始まるとしたら、その前にきつねを食べてあげなきゃいけない。
私には、そっちの方が気がかりだった。
かた。
ふいに音がした。
足音がして、病室にお母さんが入ってきた。
悲しそうな顔をして、私を見つめている。
「…気づいてたのね。」
と、かすれた声で言った。
さっきの私の声が聞こえていたらしい。
お母さんは、顔を伏せてゆっくりとパイプ椅子に座った。
そして意を決したように、私の目をまっすぐに見据えた。
「いい? 驚かないで聞いてちょうだい。」
私は本当に病気だった。
お母さんが私に話したことは、私がおばあちゃんと同じ病気であるということだった。
遺伝、ということらしい。
私は、紙袋に入れたきつねと、中庭を歩いていた。
「…どうしたら良いのかなぁ。」
私は、誰にともなく呟いた。
私の体は、どこも痛くない。
ご飯だってちゃんと食べられるし、すぐ疲れることもない。
それが病気、それもおばあちゃんと同じ病気だと言われても、実感が湧かなかった。
おばあちゃんは病気だと分かってから、2年ほどで他界してしまった。
「私も、もうすぐ死んじゃうのかな……。」
ベンチに腰掛けて、私は呟いた。
病気になったら治せばいいと思っていた。
でも、死への恐怖がじわじわと足元から這い上がってきて、前向きな気持ちにはとてもなれなかった。
「しぬ…というのは、動かなくなるということですか?」
紙袋から顔をだしたきつねが、私を見上げた。
クッキーには、死ぬということはないんだろうか。
でも、じゃあハートのことは? あれは「死」ではないのか。
私が不思議に思って尋ねると、ハートは首を降った。
「違います。…ハートは、贈られた意味を無駄にしてしまっただけです。」
私の心に刺さる言葉だった。
私達はあなたに食べられるために、という言葉は、ハートが言ったものだったろうか。
私が早く食べていれば、ハートが猫に食べられるんてことはなかった。
ここ最近、ずっと考えていたことだ。
でも、やっぱりはっきり言葉にされると、辛かった。
私は何も言えなくなって、きつねもまた、それ以上口を開くことはなかった。