招かれざる。
今日は朝から検査があった。
トンネルみたいな機械をくぐっている間、私は、いつきつねを食べようか考えていた。
機械の音を聞きながらじっとしていると、昨日のハートの顔が浮かんでくる。
きつねを食べたら、ハートもきっと食べてあげよう。
紅茶と一緒に食べたらおいしいかな。
「はい、お疲れさま。」
機械を出ると、私の担当医の先生とお母さんが話していた。
今日、お母さんは珍しく朝から病院に来ていた。
「お母さん、ちょっと先生とお話があるから、先に戻ってなさい。」
と言われたので、私は一人で検査室を出た。
廊下を歩いていると、顔見知りの看護婦さんが話しかけてきた。
「ゆうちゃん。病室を出るときは窓、閉めといた方が良いわよ。最近、野良猫がうろうろしてるらしいから。」
聞けば、花瓶を割られたり、トイレに行っている間に食べかけの煮魚を食べられた、という人もいるらしい。
確か検査に行く前、窓は閉めたはずだ。
でも、私はなんだか不安になって、早足で病室に戻った。
窓は開いていた。
丁度、猫一匹入れるような隙間から吹き込む風が、カーテンを揺らしている。
私は急いでサイドテーブルに駆け寄った。
きつねが紙袋にもたれて、じっと座っていた。
でもハートが見当たらない。
「……ハートは?」
私が尋ねると、きつねは私の足元に視線を動かした。
きつねにつられるように、私は自分の足元を見た。
そこには、空の箱が転がっていた。
そして少し離れた所には、箱のふたと…
バラバラになった、チョコレートクッキー、だった。
信じられない思いで、私はその場にしゃがんだ。
そして、そっと、クッキーの欠片を拾いあげた。
クッキーの中に入っていたのだろう、キャラメルが、床の上に潰れたように広がっていた。
キャラメルに、クッキーの小さなチョコレート色の欠片が、たくさん埋まっている。
床にこびりついてしまったクッキーは、もう食べられそうになかった。
「猫がね、入ってきたんです…。」
サイドテーブルの上から、きつねの声が聞こえた。
「サイドテーブルに登って、それで、ハートの箱を落として…。」
低く、唸るようなきつねの声。
「床に落ちた時にふたが開いて…中から飛び出たハートは、……床に叩きつけられて、それで…。」
それっきり、きつねは黙ってしまった。
クッキーの欠片は、量が少なかった。
きっと、大半は猫が食べてしまったんだろう。
その光景を、きつねはどんな気持ちで見ていたんだろう。
私に食べられることを望んでいたハートの気持ちを、一番分かっていたのは、きつねに違いない。
日に日に古くなっていくきつねを、私に食べてくれと頼んだハートのように。
私は残されたクッキーの欠片を丁寧に拾って、箱の中へ戻した。
そして、その箱をサイドテーブルにそっと置いた。
「…少し前、ハートの箱が動かされてたのは、きっと猫の仕業だね。多分、私たちが寝てる間に何回か入ってきてたんだよ…。」
そして、今日は自分で窓を開けて入ってきたのだ。
ハートの箱にはリボンが着いているから、それにじゃれたのかもしれない。
きつねはハートの箱にそっと触れた。
しばらくしてから私に、おやすみなさい、とだけ言って、紙袋の中に入っていった。