思い出と、呼び名。
私がまだ幼稚園に通っていた頃、それまでモノを買ってくれたことなんてなかったおばあちゃんが、とても大きなくまのぬいぐるみをプレゼントしてくれた。
「うさぎさんじゃなきゃ、やだ。」
そう言って、駄々をこねたらお母さんに叱られた。
理不尽にも腹を立てた私は、そのぬいぐるみで一度も遊ばなかった。
小学生になったばかりの頃、おばあちゃんが亡くなった。
その時に初めて、おばあちゃんが重い病気で先が短いことを知り、最後にあの大きなくまのぬいぐるみを買ってくれたことを知った。
そんなこと全然知らなかった。私はおばあちゃんのお葬式の日の夜、布団の中で泣きじゃくった。
添い寝をしてくれたお母さんが、私の頭を撫でながら、
「ゆうの名前はね、おばあちゃんがつけてくれたのよ。優しい子に育つようにって。」
と教えてくれた。
私は願った。優しい子になりたい。
人の想いを、ちゃんと受けとめられる子になりたいと、強く、強く願った。
その時の願いのせい、ではないと思いたい。
私はいつの間にか、人からの贈り物が『見える』ようになっていた。
私のために贈られたものが、全て、ひとがたに見える。
どうしてそうなってしまったのか、よく分からない。
誕生日にもらったマグカップ。クリスマスに友人と贈り合ったトナカイのキーホルダー。
それら全てが私のものとなったとき、人の姿になって、動き、喋りだす。
私にとってモノに見えない彼らを、私は使うことができない。
さっきだって、お母さんは彼女らを「おいしそう」と言ったけれど、私にはクッキーがどんな形をしているのか分からない。
甘い匂いはたしかにする。けど、人の形をして動いているものを、食べようという気にはなれない。
だから私は、人から贈られたものを食べられないし、使えない。
「はぁ…。」
今回も、きっと腐らせてしまうのだろう。
せっかくもらったものを食べられない、使えないということは悲しかった。
暗い表情の私をよそに、クッキーの二人は最初の定位置から一歩も動かず、激しい言い争いを繰り広げている。よく飽きないなぁ。
「口論から喧嘩には発展しないんだね…。」
私がポツリと呟くと、二人は口を閉じてこちらを見た。
「手なんか出したら、バラバラになっちゃうもん。」
「そうですわ。クッキーは脆いんですのよ。」
保身的なクッキー達だった。
「まったく、あなたと言い争っていても仕方がありませんわ。」
ドレスの少女は、宿題を始めていた私をビシッと指差し、
「お嬢さんに、どちらを先に食べてもらうか、ここで宣言してもらいましょう!」
いや、どちらも食べる気ないんだけど…。
ワンピースの少女は、得意な顔になって「フン、望むところ」と言った。
そして私の方へ向かってきた、
「さぁ、私を先に食べてください。さぁさぁさぁ!」
甘い匂いのクッキー達は、食べろ食べろとわめきながら、机の上を移動してくる。
私は彼女らの要求を聞き流しながら、ふと、名前をつけてみようと思い立った。
今までは、コップ君、ヘアピンちゃんなど、彼らをモノの名前で呼んでいた。
しかし、今回はどちらもクッキーちゃんだ。
しばらく一緒にいることになるのだから、別の名前で呼んだほうが良い。
まずドレスの少女を指差して言った。
「ハート。」
突然、何を言われたのか分からなかったらしい彼女は、頭の上に疑問符を浮かべた。
「あなたの名前は、ハートにしようと思う。」
そう言うと、クッキー達は顔を見合わせ、訳が分からない、という顔をした。
「名前なんかつけるの? 変なのー…。」
と手作りクッキーが言った。
私がじっと見つめると、上目遣いで微笑んでくる。
「あなたの名前は、きつね。」
髪の色、服の色がきつねを連想させたからだ。
「性格的にも。」と付け加えると、きつねはあぁん? という顔をした。




