贈り物を、どうもありがとう。
ボクがその女の子のものになれなかったあと、ボクはずっと千代のそばにいた。
千代はあまり笑わない人だった。
家の中はひっそりとしていて、訪ねてくる人と言えば、一人暮らしの老人の家をまわる保険センターの人だけ。
千代は、あまり他人との交流は無かったようだった。
家具の少ない家の中で、ボクの存在はとても目立っていた。
千代は、いろんなことをボクに語って聞かせてくれた。
千代が人からモノを贈られたり、贈ったりするのを煩わしく思っていたこと。
でも死期が近づいて、何かこの世に残しておきたいと思ったこと。
厳しくしてきたけど、本当は娘と孫が可愛くて仕方がないこと。
ボクはぬいぐるみだけど、千代が深い愛に溢れた人であることがよく分かったよ。
いつもいつも、離れて暮らす家族のことを思ってた。
そして、千代がこの世を去るとき、僕に言ったんだ。
あなたがもし、再び、あの子の元へ行くことがあったなら、見届けてちょうだい。
あの子がどんな子に育って、何を大事にして生きているのか。
千代が最後に願ったことは、孫が、ゆうが、人の想いを大切にできる子に育ってほしい、ということだった。
その願いは、言葉にしなくたって伝わってくるほど、とても強いものだった。
そして、ボクはまた女の子に再開することになる。
「とても、良い子に育ちましたね。ゆう」
夕焼けのオレンジに染まったくまさんは、私を見て微笑んだ。
まるで、おばあちゃんがそう言ってくれているようで、何か熱いものが胸に込み上げてきた。
あぁ、分かったよ。
私が贈り物の姿が見えるようになったのは、罰なんかじゃない。
私とおばあちゃんの強い願いが、贈り物となって、私に届いたんだね。
贈り物たちは、贈り主の想いを言葉で伝えてくれた。
だから私は、贈り主の想いを深く知ることができた。
大変な思いもたくさんした。
でも、この素敵な奇跡が今の私を育ててくれたんだ。
「くまさん。」
いつの間にかぼやけた視界の中で、くまさんは私を見つめている。
「私は…私は、おばあちゃんの望んだ子になれたかな?」
もう涙でほとんど見えなかったけど、くまさんは満面の笑みで、しっかりと頷いてくれた。
「きつね」
私の呼びかけに、きつねはゆっくりとサイドテーブルの端まで歩いてきた。
「ごめん。長い間待たせちゃったね」
この不思議な力が、おばあちゃんと私が生み出したものなら、人の想いを無駄にするものであってはいけない。
ずっと待っててくれたきつねを、今までと同じように無駄にしてしまうなんて、そんなの許されない。
私はきつねを、そっと手のひらに乗せた。
そして顔の高さまで持ってきて、きつねと目線を合わせた。
「ゆうさん。」
きつねは小さな、しかしはっきりとした声で言った。
「私に込められた想いは、ずっと友達だよ、です」
微笑むきつねに私は頷き、そっとクッキーをかじった。
それは、おいしい、クッキーだった。
日にちが経って、少しパサパサしてたけど、きつねのあの香ばしい匂いと同じ味だった。
人の想いは、こんなにやさしい味だったんだ。
「ありがとう、きつね」
私が一枚のクッキーを食べ終えると、くまさんはベッドから降りて、私の方へ向き直った。
良くできました、という顔で、にこにこしている。
「ゆう。もう一度君に会えて、そして千代の想いを伝えられて、本当に良かったです。」
くまさんはそう言うと、そのまま一歩後ろに下がってサイドテーブルの方へ近付いた。
「もう、大丈夫ですね。人の想いを本当にしっかりと受け止められるようになったんだから」
少し寂しそうな笑顔で、くまさんは言った。
「ありがとう、くまさん。それと、ごめんなさい。これからは、これからはずっと大切にするから…」
おばあちゃんの想いを届けてくれたこのぬいぐるみに、伝えたいことはたくさんあった。
だけど、それはほとんど言葉にならなくて、くまさんはそんな私に微笑んで「ありがとう」と言った。
次の瞬間、サイドテーブルには、いつかのくまのぬいぐるみがあった。
その横にある紙袋には、数枚のきつね色のクッキーが入っていた。
どこを見回しても、もう私に語りかけるものは何も無かった。
私の病気は、発見が早かったこともあって薬を使って治療していけば、悪くなることはないということだった。
新しいクラスにも慣れて、毎日忙しい日々を送っている。
あれから何をもらっても、贈り物の姿を見ることはなくなった。
きっと、私が贈り主の想いを理解したうえで、ちゃんとそれを受け止められたから、もう必要ないって天国のおばあちゃんが思ったのかもしれない。
私の部屋には、大きなくまのぬいぐるみが飾ってあって、丁寧に折り畳んだ小さな紙袋が引き出しにしまってある。
今まで贈られたモノたちが私の部屋に溢れかえっていて、一人で部屋にいるときも、私は何故か賑やかだなと感じることがある。
私が見たり聞いたり出来なくなっただけで、きっと、贈り物たちはいつでも自分を主張しているのかもしれない。
ところで、不思議な体験のおかげで、古くなって使えなくなったモノも捨てられなくなっちゃったんだけど、これはどうすれば良いのかな?
くまさんに向かって困った顔を向けると、茶色い目が少し微笑んだような気がした。




