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繰り返される歴史

 “ルシオール大陸”


 世界地図の4割程を占める広大な陸土を持った世界最大の大陸の名である。

 大陸には5つの国々が存在し、その領土を分かっていた。

  

 “グランヴェーネ帝国”はその5大国の中で最も広大な領土、そして最も強大な軍事力を持った国である。

 そもそも建国当初の帝国は他国に並ぶか、あるいは劣る程の軍力しか持たない――

 性格に言えば持つ必要の無い平和と秩序を尊ぶ国であった。


 しかし創世暦615年、時の皇帝“バーナーズ=ゲシュト=グランヴェーネ4世”はその狂気に満ちた支配欲と好戦的な性格から、軍事力を次第に拡大させていく。

 元々の土地柄から鉱山を多く持つ帝国は、元来鉄や鉱石を用いた工芸品や農工具といった日用品の精製、輸出によって国益を潤滑させていた。しかしバーナーズ戴冠以後、貿易は完全に封鎖され職人達に課せられたのは刀剣をはじめとする武器防具や戦争道具の精製だった。

 国内財政を捨ててまでも“力”を得ようとしたバーナーズはいつしか国内外から狂皇、愚皇の異名で呼称されるようになった。

 それでもバーナーズには名称など不要なもの。

 止まることの無い野心は、それまで帝国には存在しなかった守国、対国戦の要である“騎士団”を設立しその兵力を大陸一へと拡大、また名だたる軍師や傭兵を使い、騎士個々の剣術や馬術の向上のために国民の血税を裂いていった。


 そして創世歴620年、皇帝バーナーズはその圧倒的な国力を以てして他国への侵攻を開始。隣接国を次々と支配下に置いていった。


 そんな帝国の暴虐に対して他の諸国は共に旗を上げ“ルシオール救世同盟”を設立、各国の精鋭は集結し帝国に対して反旗を翻したのだ。


 しかし……“鬼将”の名を持つ帝国騎士団長ベルガ=シャルテ率いる帝国軍を前にして仮組の急造軍に勝機はなく、ついには救世軍の内部分裂により帝国の侵攻は更に拡大、大陸は帝国の手に堕ちようとしていた。


 そんな時、大陸中にある衝撃が走った。


 ――バーナーズの死亡――

 

 確固たる礎を失った帝国軍は、分裂しながらも最後まで大陸のために残り奮迅した救世軍の将ジェナス=ローゼンハイム率いる一軍の元に敗北、その規模は瞬く間に縮小し救世軍は勢いそのままに帝国領土へ進軍、“帝都ヴェーネ・セイレ”を陥落させ残すは皇城のみとなった。


 皇城へ攻め入ろうとしたその時だ。数百の騎馬が取り囲む最中に一人現れたのは故バーナーズの妻、皇后シルフレッタその人だった。


 皇后は薄汚れたドレスを纏い群衆の前に頭を垂れた。


「亡き皇のこれまでの非道に許しを乞おうとは申しません。ただ願わくば、この不肖シルフレッタ=グランヴェーネに今一度だけ、我が国の愚皇が犯した他国への罪を償う機会をお与え願えませぬでしょうか?」


 ルシオール救世軍の中には帝国軍の手によって仲間を失った者、家族を亡くした者もたくさんいた。

 突然目の前に現れた、果たして本当に皇后かも分からないこの女性が頭を下げたところで、救世軍騎士達の怒りは収まるわけもない。


 誰も彼もがその女性を斬り捨てんとしたそんな中で、それでも仲間の剣を制止する男の存在があった。            


 ジェナス=ローゼンハイム、ローゼンハイム聖王国の主である。

 代々神の御使いの名を冠してきた“聖王”は、その名に相応しく天使のような慈悲深い表情で、しかしその瞳の奥に救世軍の将としての強い思いを宿らせて皇后に問う。


 「貴女に背負う事が出来るか? この戦いで消えた万の民の、その命の重さを」


 「はい。もし叶うならば私は、かつてのように帝国がこの大陸各国と和平の元に進展することができるよう、削身し尽力する事をこの弱命に誓います」


 自国を混沌の泥沼から救うため、この女性もまた、その命を賭す覚悟は出来ている。

 皇后の表情に一縷の希望を見た聖王は、一年間の停戦協定という“期限”を設けることで、狂皇が狂わせた歴史の歯車をこの女性がどこまで立て直せるのか、それを見極めようと救国軍の同志達に提案した。

 もちろん、その場にいる誰しもが納得の出来る事ではなかった。

 しかし、それでも一時は分裂し帝国の手が掛かり壊滅寸前へ追い込まれた救国軍を再起させた張本人であるジェナスの言葉は、帝国への怒りに呑まれ忘れ掛けていた“未来を生きる者達への希望”を救国軍の同志達に思い出させたのだった。


 創世暦621年末、ルシオール救国同盟はグランヴェーネ帝国との間に一年の停戦協定を締結。帝国全土を巻き込んだ約一年半に及ぶ戦乱の日々は結果として両軍に多くの尊い犠牲を出し、その幕を閉じた。

 



終局から一月後、シルフレッタは皇帝代行という異例の立場で大陸中を渡り歩き、夫が起こした戦乱の爪痕をその眼に焼き付けて各国の王に謁見、謝罪し国交を再開してもらえるようにその頭を下げて乞うて巡った。

亡き狂皇とは対極のその姿勢に、はじめは謁見すら拒否していた王達も次第に帝国との和平の道を模索するようになっていった。


そして翌年、救世同盟の長となった聖王ジェナスは皇后シルフレッタを国に招聘、自ら世界を巡り尽力してきた皇后の姿勢に信を置き、停戦協定の無期限延長の決定を伝え即時の皇帝就任を促した。


創世歴623年、5代皇帝シルフレッタ戴冠。

帝国史上初の女帝国家の誕生であった。


以後シルフレッタの元、帝国内はその爪痕を残さないまでに復興を遂げ、諸外国との貿易も再開、諸外国との繋がりも徐々に復活させていった。


時は流れて創世歴637年……


大陸の人々は、かつて一人の男が我欲のままに始めたその戦争を記憶の片隅に留めつつ、平和な日々に生きていた。



それでも……

一度狂ってしまった歴史の歯車は軋む音を響かせながら、伝い伝って再び世界にその影を落とそうとしていたのだ。





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