第6話「錐音の過去」
夜。
今日も知らない家の前に立っている。
どうやらここは、昼間錐音が教えてくれた家の子のようだ。
「この家があの子の家。覚悟はいいわね?」
「もちろん。早く治して走らせてあげないと」
私と錐音は迷うことなく、家の中へと入って行った。
家の中はとても暗く、物音を立てないように歩いた。
また錐音の後ろ姿を見る。
いつ見ても錐音の後ろ姿はどこか切なく、全ての人を助けたいという使命感で溢れていた。
一体何の理由があって彼女をここまでさせたのか。それはまだ私にも分からない。でも、いつか彼女から聞かせてくれるだろう、そう思った。
部屋の前に着き、中へと入る。
ベッドの上には昼間見た女の子がすやすやと寝ていた。
「始めるわよ。陽菜手を」
「うん」
錐音の手に私の手を重ねる。
そして、錐音の反対側の手は寝ている彼女の胸に当てた。
すると、光が輝き、暗い部屋が明るくなった。
二分ぐらいして彼女の胸から手を離す。
「終わったわ。これで彼女は走れるようになった」
「いつ見てもすごい。錐音はどうしてこんなにも助けようと必死なの?」
「その話は陽菜の家ですることにするわ」
そういい、私は返事することなく、無言のまま家へと帰った。
家に到着したのが夜中の一時過ぎ。まだどこの家も寝ている時間だ。
私は家族を起こさないように二人で部屋に向かった。
家族については、錐音のことを既に説明しており、ずっと一緒に過ごしてもいいということになった。
どういう説明をしたのかは私には分からない。説明をしたのは私ではなく錐音だ。恐らく、すごいことを言い説得したのだと思うが、錐音のことだから大体予想はつく。
部屋に入り、私たちはベッドの上に腰かけた。
「さぁて、どこから話せばいいのかしら」
長い髪を持ち上げてサラッと垂らす。
「まずは錐音がどうしていろんな人を助けているのか。あの力も気になるし、一体錐音は何者なの?」
私が聞くと、錐音は真面目な表情になった。
「最初は私の過去から話した方が良さそうね。あれはそう二年前のこと」
錐音は話を始めた。
本当は人の魂を奪い去る死神なのだが、理由があり人の命を救うようになった。
その理由は、今から一年前のこと。
錐音はいつものように人の命を奪いに行くため、病院へと向かった。
病院なら生死をさまよう人が多く、奪うには絶好の場所。
そこに錐音は夜に行き、弱ってる人を探しに行った。
病院内を静かに歩き気配を消す。
消毒の臭いと病院の独特の臭いで、死神にとって居心地のいい香りだった。
そして、途中、ある病室に入りターゲットを決めた。
ターゲットとされたのは七十代ぐらいのお年寄りだ。
錐音は彼女の命を奪うため、大きい鎌を取り出し上へと持ち上げた。
すると、その時、奥のベッドから声が聞こえてきた。
「誰? 誰かいるの?」
ちょうど奥のベッドはカーテンが引いていて、こちらの姿は見えない。
こちら側からカーテンの向こうに人影がベッドの上にいるのが見えるので、向こうからも錐音の影が見えるであろう。
「ねぇ、誰かいるなら、少し話し相手になってくれないかな? ここ最近眠れなくて」
カーテン越しの影はそう言った。
錐音は仕事をしなくてはならない。ここに絶好の命があるのに見過ごすとなると、上司に怒られるだろう。
でも、カーテン越しに誰かいるとなると、錐音の正体がバレてしまう。バレるのは仕事からして禁止されていることなので、避けたいところだ。
少しの時間だけならいいだろう。
そう思い錐音は大きい鎌をしまい、奥のベッドへと足を運んだ。
ベッドの周りを囲んでるカーテンに手をかけ、少し開く。
「こんばんは」
ベッドの上にいた少女はそう挨拶し、微笑んだ。
彼女は錐音までとはいかないが、長い髪をしていて、二つのリボンでまとめていた。そして、守ってあげたくなるような、お姫様のように見えた。
「こ、こんばんは」
無愛想に挨拶をした。
錐音はこの時、とてもクールで、あまり他人とは話さないのである。
「ふふ、そんなに固くならないで。リラックスリラックス」
「は、はぁ」
どうやって会話すればいいのか分からない。
私はただ仕事のために、人の命を奪ってはそれで給料を貰っていた。
人の命を奪うことに、何も感じたことがない。いや、ずっと仕事としてやってきたので命を奪うことが当たり前のようになっていたのかもしれない。だから、誰かと会話することはあまりしたくないものだった。誰かと話すことで、何か悪かった感情が生まれてきそうだから。
「ごめんね、こんな夜中に付きあわせちゃって。あなたもこの病棟の子?」
ここは話を合わせるしかない。
「え、ええ」
「そうなんだ、じゃあ大丈夫だね。実はここ最近眠れなくて、ずっと夜は起きてるんだ」
あまり大声で話さないが、彼女の声はとても嬉しそうに感じた。
よっぽど暇だったのだろう。
「へぇ」
「だから暇でね。いつもここから外を眺めたり、ボーっとしたり、読書をしていたの。あ、たまに空想もするんだよ。動物たちと触れ合ったり、学校でいろんな子と話したり、思いっきり走ったり」
楽しそうに話す彼女だが、どこか切ない表情をしていた。
「楽しそうね」
「うん。でもこういうことは楽しいの一つに入らない。楽しいってことは自分の心が教えてくれるから」
それはつまり今の彼女ということであろうか。
彼女はとても楽しそうだ。
きっと彼女の心は楽しいと教えているのだろう。
「そうだ、あなたの名前は? 私は藤影葵っていうの」
「私は浜川錐音」
「錐音か、いい名前だね」
その後、二人は夜が明けるまで一緒に会話した。
錐音にとっても彼女にとってもすごく楽しく、思い出の日となった。