第10話「休日」
チュンチュン、微かに小鳥のさえずりが聞こえる。
もう朝なのかもしれない。
朝何時か分からないがきっとそうだ。
私は目を開けてないが、薄っすらと起きていた。
このまま起きるのもいいが、まだ横になっていたいので、周りの気配を探った。
恐らく隣には錐音が寝ているのだろう。
スースーと静かに呼吸の音がするので分かる。
錐音とは話をすることがあるが、女の子同士でするようなじゃれ合いや、一緒にお風呂に入るなどしたことがない。
それは錐音が少しクールで強気な部分があるからかもしれないが、本人のことはあまり分からない。
なので正確なことはいえないが、きっと、こういうことをするのは合わないのだろう。
「ん……んぅ」
寝返りを打ち、錐音が寝ている方へと向けた。
最近よく分からないけど、錐音と一緒に寝られるだけで嬉しく感じている。
別にこれは悪いことでもないので、私は素直にこの気持ちを受け入れた。、
しばらくして、隣が動く気配を感じた。
どうやら錐音が起きたらしい。
私はまだ起きる気がしないので、目を閉じている。
ゴソゴソと着替える音が聞こえ、バタンという音と同時に錐音が部屋から出て行った。
「ふぅ」
錐音が出る頃には私の目は完全に起きてしまっていた。
だが、体は起きる気がしないので、こうして寝ているのだ。、
横になったまま目を開き錐音が横になっていた空白のスペースを見る。
「このままでもいいけど、もっと、錐音と仲良くなりたいな」
ちょっとした甘えを呟いた。
錐音の前ではあまりいわないが、これが本当の気持ちだ。
少しでもいいから仲良くなりたい、そして、錐音にはもっと女の子らしいことをして楽しんで欲しいと望んでいる。
無理なことかもしれないが、錐音には笑ってもらいたい。そう思った。
ぼんやりといろいろなことを考えていると、扉のノックが聞こえた。
起きているんだから素直に返事すればいいものを、とっさに目をつぶり寝ている振りをしてしまった。
返事がないことが分かると、そっと扉は開かれ誰か入ってきた。
足音はせず軽い足取りで、ベッドに近づいてくるのが気配で分かる。
恐らく錐音だろう。
予想して、私を起こしに来たところだろう。
もう少し横になっていたい気分だが、仕方がない。
錐音に起こされたら起きよう。
時計の秒針がコツコツと刻む。
未だに錐音は声をかけるどころか、起こすために私の身体を揺さぶってこない。
どうしたのだろう。
錐音ならもう起こしていろいろ言っている頃なのに。
そう思っていると、ベッドが軋む音が聞こえ、誰かが入ってきた。
そして私の横に寝たようだ。
隣に誰かが寝ている気配がする。
もしかして錐音は二度寝したのだろうか。
あの錐音が二度寝、珍しいこともあるんだな。
しばらく狸寝入りをし、時間の流れを待っていると、耳元辺りに吐息が感じられた。
近い、私の顔付近に錐音の顔がある。
一体何をしているの。
甘い吐息が、耳元をくすぐる。
私の顔はリンゴのように赤く染まっているだろう。すごい顔が熱い。
そして胸の鼓動が抑えられない。
まるで恋をしている感じだ。
「陽菜」
耳元で名前を呼ばれた、と、その後、頬に生暖かい感覚がはしった。
そしてすぐに頬から離れた。
えっ、これは、キス?
あの感覚、柔らかさ、キスとしか考えられない。
私は驚き、目をゆっくりと開けた。
視界の先にいたのはいつもの錐音で、ベッドの上に座っていた。
「おはよう、陽菜」
「お、おはよう」
挨拶を終え、起き上がる。
「え、えっと、今日は起きるの早いね。休日なのに」
「いつも早起きだから癖になってしまったのよ。慣れとは怖いものね。それより陽菜、今更だけどあなたっていい香りがするのね。特にここ」
錐音は迷うことなく私の首元に顔を近づけて香りを嗅いだ。
あと少し近ければ抱きしめ合いそうな感じとなり、更に私は顔を熱くした。
何なのこれ、いつもの錐音と違う。
「あ、あああ、あの」
ドキドキして、混乱で上手く言葉が出ない。
「そんなに固くならないの。もっとリラックスしなさい」
甘い優しい声でいわれ、この状況を怪しむことなく、受け入れようとしていた。
ダランとリラックスをし、甘い気分になる。
私は錐音に抱きしめられたまま、ベッドに寝かされた。
そして錐音が上になり見下ろされている。
「陽菜、あなたのことが好き」
「え、えっ」
「出会った時から好きで、ひとめぼれをしてしまったの」
恋をしている乙女の顔だ。
まさか錐音が告白をしてくるなんて、思ってもみなかった。
どうしたらいいのだろう。
「そ、そうなんだ」
「この気持ちを抑えられない。ねぇ、陽菜、私はどうしたらいいの」
「そういわれても……」
どうやって返事すればいいのか悩む。
本当なら自分の気持ちを伝えるのが正解なのだが、どうも、いつもと違って本音がいえない。
「そんなこといわず、あなたの気持ちを教えて」
錐音は目をつぶり、私に顔を近づけてきた。
これはキスされる。
逃げればいいものを、私も目をつぶった。
何だろう、どうして受け入れているのか。
それは相手が錐音だからかもしれない。
もし相手が他の人だったら逃げているが、錐音だから許せる。
静かな時間が過ぎていき、唇が重なるのを待った。
一分、三分、五分。
時間は流れるが、いくら待ってもキスされる出来事が起きない。
どうしたのだろう、そう思い、目を開けてみると鎌を持ち上に揚げている錐音がいた。
「えっ、ちょっと!」
「星波陽菜、ここで死になさい」
バタン! 音がしたと同時に部屋のドアが開かれた。
「何を朝からしているの? ざくろ」
部屋に入ってきたのは錐音だった。
「えっ、ざくろさん?」
錐音の言葉で、目の前にいるのがざくろだと教えられ、目を疑った。
だって目の前にいる錐音は、とても似ていて、声までも同じなのだ。
これが偽物だと信じられない。
「見破られたか。ええ、そうよ、私は本物の錐音じゃない」
今まで錐音だと思ってた人物は姿や声を変え、ざくろさんになった。
まさか偽物だったなんて。
「それでざくろは朝から何をしていたの?」
「ちょっと驚かせようと思ったのよ。こいつが錐音の大切な人だなんて信じたくないから、やけになってみただけ」
本気じゃなくてよかった。
「そう、別に構わないけど、あまり朝からドタバタしないで欲しいわ。朝は静かなのが好きなの」
「そうだったわね、ごめん」
ざくろさんが謝った。
本当に錐音のことが大事なんだな。
「まぁ、これから気をつければいいことだし、この話はここまでということで。そろそろ朝食でしょ。ざくろさんも一緒に食べていかない?」
「朝食? 私が?」
ちらっとざくろさんは錐音の顔を窺った。
それに気が付き、錐音は返事をする。
「人数が増えた方が楽しいわ。ざくろも一緒にどう?」
錐音からの許可が下りた。
いや、錐音が決めるものでもないが、ざくろさんは嬉しそうな表情をして。
「少しだけなら」
と言った。
ざくろさんの顔は微かに赤く染まり、嬉しそうだ。
「じゃあ、みんなで一緒に食べようか。さぁ、下に行こう」
私はそういい、ざくろさんの背中を押した。
そして錐音の横を通り過ぎ部屋を出ようとしたら、小さい声で言われた。
「陽菜、ざくろが何を言ったか分からないけど、あまり気にすることはないわ」
いや、どうしても気にしてしまうのだが。
あんなこと錐音の声で言われてしまったのだから、意識してしまう。
だけど、あれはざくろだったんだから、気にすることはない。
そう思っても、頭のどこかで気にしている私がいた。