第9話「新たな謎」
ザァー、まるで砂嵐のようにものすごい音が聞こえる。
耳に響き、雑音のようだ。
一体どこから聞こえるのだろう。
閉じていた目を薄っすらと開くと、どうやらここは廃ビルのようだ。
この建物の周りも廃ビルだらけで、ここも廃ビルだろうと確定できる。
そしてさっきの雑音は雨のようだった。
外は土砂降りで、地面を叩きつけるように降っている。
周りは薄暗く、どうして私がここにいるのか分からない。
とにかくここから出ないと。
座っている自分を立ち上がらせようと体に力を入れた。
だが、力は全然入らず、足や手はいうことを聞かない。
「………」
声も出ない。
私の口はまるで、餌を欲している鯉のようにパクパクと動かしていた。
体も声も自分の思い通りにならない、そして、ここが知らない場所となると、もしかして現実ではなく夢なのだろうか。
そう思い始めた。
もし夢だとすると話は早い。
私は時間の流れに任せてみた。
すると、誰か来たようで、足音が近づいてくる。
どうやら一人分、しかも、丁寧な優しい歩きのようだ。
コツコツと歩いてきて、人影は私の前に立ち止まる。
誰なんだろう?
そう思い、顔を上げようとすると、その影は消えてしまった。
「……陽菜…陽菜」
どこからか声が聞こえてくる。
「陽菜。陽菜、起きなさい!」
突然の大声で目を覚ました。
ベッドの脇には錐音が立っていて、あきれた顔で私を見下ろしている。
「あ、おはよう」
「おはよう、じゃないでしょう。いくら起こしても起きないから置いていこうと思ったわ」
「えっ、それはないよ」
いろいろと言いながらベッドを出る。
そして制服に着替え、軽く朝食を済まし玄関へと向かった。
時刻は午前八時七分、ギリギリといった感じだ。
学校へ向かう通学の途中、夢のことを考えた。
廃ビル、薄暗い場所、雑音のように降る雨、そして、一人の影。
夢といっても、やけにリアルに感じた。
最後に出てきたあの影は誰だったんだろう?
今でもあの夢が気になって仕方がない。
夢だから、現実と関係ないことは分かってる。
でも、何故か気になるのだ。
「陽菜、着いたわ」
考え事をしている内に学校へと着いたようで、隣にいる錐音の声で我に戻った。
「あ、うん」
「どうかしたの?」
「いや、何でもないよ。さぁ、早くクラスに行こう」
私の様子が変なので、錐音は心配してきた。
本当ならパートナーとして悩み事とか相談した方がいいのかもしれないが、まだこれくらいのことで話す必要はないと思い心の中に秘めることにした。
それにこんなことで悩んでいては、錐音に馬鹿にされ心配されるだろう。
だから、相談するのは止めておいた方が正解だ。
そんなこんなで、私と錐音は教室に到着した。
お互い自分の席に着き、先生が来るのを待つ。
みんなは今日のことや昨日のテレビの話をしている。
それにつられ、私も今日のことをボーっと考えた。
授業のことや、夜のこと。
私はこういうふうに考えることが多いが、錐音は何を考えてるんだろう。
ちらっと隣を見ようとすると、教室のドアが開いた。
「陽菜、先生が呼んでたよ」
友達に伝えられ、私は、席から離れた。
「え、何だろう?」
先生に呼ばれることなんて、思い当たることはないが、とにかく教室を出た。
真っ先に職員室へと向かう。
今はLHRが始まるほんの少し前なので、廊下には生徒がいなかった。
あまり人がいない廊下を歩いていると、ある部屋から先生が出てきた。
「先生、私に何の用ですか?」
声をかけ、要件を聞く。
「あぁ、ちょっと頼みたいことがあってな。こっちに来てくれないか」
そういうと、先生はさっきの部屋に入っていた。
意味が分からないまま、私も同じ部屋へと入る。
ここは印刷したり、教材用のビデオが置いてある部屋だ。
滅多にこないが、係の人はみんなに配るプリントを印刷したりで入ることがある。
奥へと進み、先生が立ち止まったので、私も立ち止まった。
「あ、あの……」
何やら様子がおかしい。
いつもより部屋は薄暗く、先生も動く気配がない。
何だか、とても怖くなり、私は部屋から出ることにした。
すると、さっきまで開けておいたドアは閉まっており、鍵がかかっていた。
「ちょっと! 開けて!」
必死にドアを叩く。
大きい音が部屋の中に響いた。
「ふっははは、もうこの部屋から出られない。あなたはここで死ぬのよ」
先生が女口となって女声になっている。
私は自分の危険より、突っ込むことを優先した。
「あの、その姿で女声は受付けないんだけど」
気が付いたのか、先生はムッとした表情になった。
「なっ、そこは突っ込まなくていいのよ」
そして、先生は姿を変え、声の主の姿となった。
声の通り女の子で、私の学校とは違う知らない制服を着ている。
膝より少し上のスカート、小柄な体系、そして、ツインテール。
一体この子が私にどんな用があるのか。
謎だらけだ。
私が一通り、彼女のことを観察し終わると、口が開いた。
「あなたにはここで死んでもらうわ。星波陽菜」
いいおわると、手をパチンと鳴らした。
するとさっきまでの部屋が変わり、どこかの建物に移動した。
辺りを見回すとここはあの夢と同じ廃ビルの中だった。
外はザァッと土砂降りのように雨が降っている。
そして薄暗く、私は両腕を縄で縛られ、床に座っていた。
「な、何これ!?」
必死に縄を解こうとする。だが、固く縛られた縄はびくともしない。
「無駄よ、逃げられないように強く結んだから。それより、あなたはどうして、錐音の傍にいるの?」
「えっと、それは」
今、確かに錐音といった。
もしかして錐音の知り合いなのか。
「あなたが傍にいるとものすごく邪魔なのよ。私たち死神は単独で行動し、生死を彷徨った魂を取る。これが私たちに与えられた仕事。誰かが一緒にいることによって、死神の決まりが破られてしまう」
やっぱりこの子は錐音の知り合い、しかも、同じ死神だ。
「あなた、錐音の知り合いなんだ」
「そんなことあなたに教える必要はないわ。あなたはここで死ぬんだから、教えても無駄なこと」
彼女は大きい鎌を取り出した。
それを片手で持ち上げ、刃物の部分が光る。
「ちょっと待って。まだ話が」
「話をすることなんて、私には何もない」
彼女は何もないかもしれない、でも、私にはある。
また話そうとすると、彼女が持つ鎌が私に降りかかってきた。
とっさに恐怖で、目をつぶった。
するとカキーンと刃物と刃物がぶつかる音が聞こえた。
おそるおそる目をあけてみると、目の前に、錐音が立っていた。
そして二人の鎌同士がぶつかり合っている。
「錐音!」
嬉しさで私は名前を呼んだ。
「こんな所で何をしているの。心配したのよ」
「ご、ごめんね、ちょっといろいろあって」
錐音が心配してくれた。
普段、錐音は何を考えているのか分からないので、私にとって嬉しい言葉だった。
「もういいわ、陽菜が見つかって良かった」
ぶつかり合っている刃物は、すぐさま離れた。
錐音と彼女がお互い睨みあう。
「これはどういうことなのかしら? 月森ざくろ」
月森ざくろ、それが彼女の名前らしい。
お互い、怖い表情をしている。
「錐音こそ、どうしてあんな奴と一緒にいるの? 昔のあなたは、魂を取り成績も良くいつも一番だった。他のみんなが抜こうとしたけど、誰も錐音の成績には勝てず、いつしかあなたは学校のアイドルになってたのに、突然姿を消した。今まで、何があったの?」
「ざくろに教えることなんて何もないわ。もし教えて欲しかったら、陽菜を返しなさい」
一体二人の関係はどんなのだろう?
錐音の過去(昔通ってた学校)も気になる。
「そこまでしてそいつが大事なのね。分かった、私は錐音と戦う気はない。だから、好きなようにすればいい」
「よかった」
安心した声が私の口から洩れた。
「でも、錐音が教えてくれないなら、私が答えを見つけるのはいいということ。だから、これからちょくちょくあなた達の家にお邪魔することになるけど、いいのよね?」
「えっ」
安心した、と思ったらこれだ。
どうやらざくろさんは、錐音の目的が分かるまで家に来るらしい。
別に私は構わないが、錐音はいいのだろうか?
返事をするのは私ではなく、錐音なので待った。
「ええ、いいわ。ざくろの好きにしなさい」
「そうこないとね、面白くないわ」
軽く微笑んだ。
「じゃあ、今までいろいろと迷惑をかけたわね。またいつか会いましょう。さようなら」
ざくろは一人で勝手に去ってしまった。
去った、と同時に、廃ビルの景色は変わり元の部屋に戻った。
その後、時刻は午後3時過ぎとなっていて、いつの間にか下校時間となっていた。
もちろん今日の出席は休みとなり、錐音と二人で欠席扱いとなった。
帰る途中、錐音にざくろさんのことを聞いてみたが、話してくれず、そのまま家へと向かった。