塔の内部へ
午後、集合場所である学院裏手の結界門に向かうと、
すでに多くの新入生が集まっていた。
「うわ……近くで見ると、マジででけぇ……」
アッシュが引きつった声を漏らす。
黒い巨塔――環柱。
その根元まで来たのは、これが初めてだった。
遠くからでも圧迫感はあったが、
近づいてみると“圧迫”ではすまない何かがある。
空気が重い。
足元の地面が、微かに沈んでいくような錯覚。
(……音が、弱い)
胸の奥の“さらさら”がほとんど聞こえない。
むしろ、塔に近づくほど静かになっている。
(なんで……? いつもは逆なのに)
その違和感が、かえって胸を緊張させる。
「静粛に」
アゼル先生が前に立ち、手をかざした。
塔の表面に刻まれた制御紋が淡く光り、
無機質な壁がゆっくりと割れていく。
開いた――それだけで、
周囲の空気が一段階沈んだ。
「これより環柱第一層へ入る。
全員、列を乱すな。決して壁の奥には踏み込むな」
先陣を切って先生が中に入る。
続いて生徒たちが、慎重に足を踏み入れた。
* * *
(……暗い)
塔の内部は、光がほとんどない。
けれど完全な闇というわけでもない。
黒い壁のあちこちで、
青白い細い線がゆるく波打っている。
それがゆらめいて、薄明かりを作っていた。
まるで壁そのものが呼吸をしているみたいだ。
「この一層は比較的安定している。
環流の残留波を感知し、適性を図る場だ」
アゼル先生の声が響くが、
僕の注意は塔の奥へと引っ張られていた。
(……いる)
影の深い場所。
壁が折れ曲がる角の向こう。
白い髪が、静かに揺れていた。
(また……)
胸の奥が強く脈打ち、
次の瞬間――音が、止まる。
さら……
………………
少女は塔の内部にも現れた。
何も遮るものがない“黒の世界”の中で、
白銀の髪だけがかすかな光を反射する。
アッシュが大きく伸びをしながら言う。
「うぉ、なんか息苦しいな……レイル、平気か?」
「……うん、大丈夫」
本当はぜんぜん大丈夫じゃない。
視線が勝手に、白い影を追ってしまう。
少女は壁の奥から僕を見ていた。
ほかの生徒は誰も気づいていない。
(……僕にしか、見えてない)
そう確信した瞬間、
少女が目を伏せて、そっと触れるように手を胸に当てた。
胸の奥が、同じ場所で熱くなる。
(……呼ばれてる?)
自分でも、そんなはずはないと分かっている。
けれど、そうとしか思えない視線だった。
「おいレイル、そろそろ俺たちの番だぞ」
「あ、うん……」
アッシュに腕を引かれ、列を進む。
* * *
塔の中心近くに設置された測定台に、
一人ずつ呼ばれていく。
「胸の魔力循環を落ち着かせて、壁に手を近づけろ。
違和感があればすぐに言うんだ」
先生の声が遠く感じた。
僕の番が来る。
「……レイル・アーデン、前へ」
胸が熱い。
手のひらも熱い。
黒い壁へ、手を伸ばす。
指先が触れる、その直前――
影の奥で、白銀の少女が
僕に向けて一歩、踏み出した。
(……っ)
胸が跳ねた。
少女の瞳はまっすぐで、
その視線が“触れた”だけで、
塔の内部の音が一瞬で消え去る。
(……なんなんだよ……)
声は出ない。
でも彼女は、何も言わずにこちらを見ている。
その視線はまるで――
僕がこれから触れる“何か”の先を知っているようだった。
「レイル、手を近づけろ」
「あ……はい」
少女の姿が霞む。
視線が、壁と少女のあいだを揺れる。
胸の奥で、微かに音が戻る。
さら……
さら………
ゆっくりと壁に手をかざした。
次の瞬間――
熱が、走った。




