表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/31

選ぶ場所


 三つの案が、頭から離れなかった。


 紙に書かれた文字は少ない。

 どれも理屈としては理解できる。

 どれも、「正しい判断」に見える。


(……正しさ、か)


 それが一番、信用できなかった。


   * * *


 朝、中庭でアッシュを見つけた。


 ベンチに腰を下ろし、空を眺めている。

 近づくと、こちらに気づき、軽く手を上げた。


「……どうした」


 警戒はない。

 ただ、以前より少し距離を測る声だった。


「少し、話せる?」


 アッシュは一瞬だけ考え、頷いた。


   * * *


 人の少ない通路で、レイルは簡単に説明した。


 観測のこと。

 判断のこと。

 そして、三つの選択肢。


 理由は深く語らなかった。

 語らなくても、状況の重さは伝わったはずだ。


 話を聞き終えたアッシュは、すぐには答えなかった。


 しばらく黙り、ようやく口を開く。


「……それってさ」


 視線を逸らしたまま、続ける。


「かなり、特別扱いだと思う」


 胸の奥が、静かに鳴った。


「特別扱い?」


「そうだろ。

 特別区画、外部調査。

 普通の生徒には回ってこない話だ」


 悪意はない。

 本気でそう思っている声音だった。


「危ないって分かってるなら、

 管理してもらえる方が、ずっと安全だ」


(……安全)


 その言葉が、遠い。


「アッシュは、どれがいいと思う」


 聞いてしまった。


 アッシュは、迷わなかった。


「第一案だ」


 学院に残る。

 観測を受け入れる。

 動かない。


「変に動く必要はない。

 波風を立てなければ、何も壊れない」


 そして、一拍置いて、こう言った。


「……レイルはさ、

 特別じゃなくていいんだよ」


 その言葉は、優しかった。


「変わらなくていい。

 危ない場所に行かなくていい」


 胸の奥が、静かに鳴る。


 さら……

 さら……


「ここにいればいい。

 俺たちと同じ場所に」


 それは引き止めだった。

 同時に、線引きでもあった。


   * * *


 別れたあと、廊下を歩きながら、レイルは思う。


 アッシュは、間違っていない。

 臆病でもない。


 壊したくないだけだ。


 今ある日常を、

 この場所を、

 自分たちを。


 だからこそ。


(……同じ場所には、立てない)


 胸の奥で、音が鳴った。


   * * *


 午後、他の誰かに相談しようとして、やめた。


 教師。

 学院。

 観測局。


 どれも、すでに答えを持っている。


(……聞く意味がない)


 部屋に戻り、机に向かう。


 三つの案を、頭の中で並べる。


 残る。

 隔てられる。

 外へ出る。


 どれも、用意された道だ。


(……違う)


 胸の奥が、少し強く鳴った。


 さら……

 さら……


(選びたい)


 守られた選択じゃない。

 壊さないための選択でもない。


 自分が立つ場所を、自分で決めたい。


   * * *


 そのとき、空気が沈んだ。


 風が止まり、音が遠のく。


「……それ、渡さないで」


 声がした。


 机の影、光の届かない場所に、セラが立っていた。


「誰にも」


 白銀の髪が、静かに揺れる。


「その選択は、

 まだ、あなた一人のもの」


 レイルは息を呑む。


「……セラ」


「今は、答えを出さなくていい」


 距離を保ったまま、彼女は言う。


「でも——」


 琥珀の瞳が、まっすぐこちらを見る。


「第三の道を選ぶなら、

 私は、もう止めない」


 胸の奥で、音が強く鳴った。


 さら……

 さら……


 それは誘いではない。

 脅しでもない。


 分岐点が、そこにあるという合図だった。


 セラの姿は、すぐに薄れる。


 部屋には、再び静けさが戻った。


 机の上に、三つの道。


 そして、

 誰にも渡せない選択だけが残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ