選ぶ場所
三つの案が、頭から離れなかった。
紙に書かれた文字は少ない。
どれも理屈としては理解できる。
どれも、「正しい判断」に見える。
(……正しさ、か)
それが一番、信用できなかった。
* * *
朝、中庭でアッシュを見つけた。
ベンチに腰を下ろし、空を眺めている。
近づくと、こちらに気づき、軽く手を上げた。
「……どうした」
警戒はない。
ただ、以前より少し距離を測る声だった。
「少し、話せる?」
アッシュは一瞬だけ考え、頷いた。
* * *
人の少ない通路で、レイルは簡単に説明した。
観測のこと。
判断のこと。
そして、三つの選択肢。
理由は深く語らなかった。
語らなくても、状況の重さは伝わったはずだ。
話を聞き終えたアッシュは、すぐには答えなかった。
しばらく黙り、ようやく口を開く。
「……それってさ」
視線を逸らしたまま、続ける。
「かなり、特別扱いだと思う」
胸の奥が、静かに鳴った。
「特別扱い?」
「そうだろ。
特別区画、外部調査。
普通の生徒には回ってこない話だ」
悪意はない。
本気でそう思っている声音だった。
「危ないって分かってるなら、
管理してもらえる方が、ずっと安全だ」
(……安全)
その言葉が、遠い。
「アッシュは、どれがいいと思う」
聞いてしまった。
アッシュは、迷わなかった。
「第一案だ」
学院に残る。
観測を受け入れる。
動かない。
「変に動く必要はない。
波風を立てなければ、何も壊れない」
そして、一拍置いて、こう言った。
「……レイルはさ、
特別じゃなくていいんだよ」
その言葉は、優しかった。
「変わらなくていい。
危ない場所に行かなくていい」
胸の奥が、静かに鳴る。
さら……
さら……
「ここにいればいい。
俺たちと同じ場所に」
それは引き止めだった。
同時に、線引きでもあった。
* * *
別れたあと、廊下を歩きながら、レイルは思う。
アッシュは、間違っていない。
臆病でもない。
壊したくないだけだ。
今ある日常を、
この場所を、
自分たちを。
だからこそ。
(……同じ場所には、立てない)
胸の奥で、音が鳴った。
* * *
午後、他の誰かに相談しようとして、やめた。
教師。
学院。
観測局。
どれも、すでに答えを持っている。
(……聞く意味がない)
部屋に戻り、机に向かう。
三つの案を、頭の中で並べる。
残る。
隔てられる。
外へ出る。
どれも、用意された道だ。
(……違う)
胸の奥が、少し強く鳴った。
さら……
さら……
(選びたい)
守られた選択じゃない。
壊さないための選択でもない。
自分が立つ場所を、自分で決めたい。
* * *
そのとき、空気が沈んだ。
風が止まり、音が遠のく。
「……それ、渡さないで」
声がした。
机の影、光の届かない場所に、セラが立っていた。
「誰にも」
白銀の髪が、静かに揺れる。
「その選択は、
まだ、あなた一人のもの」
レイルは息を呑む。
「……セラ」
「今は、答えを出さなくていい」
距離を保ったまま、彼女は言う。
「でも——」
琥珀の瞳が、まっすぐこちらを見る。
「第三の道を選ぶなら、
私は、もう止めない」
胸の奥で、音が強く鳴った。
さら……
さら……
それは誘いではない。
脅しでもない。
分岐点が、そこにあるという合図だった。
セラの姿は、すぐに薄れる。
部屋には、再び静けさが戻った。
机の上に、三つの道。
そして、
誰にも渡せない選択だけが残った。




