学院の判断
朝の実技場は、いつもより人が少なかった。
理由は分かっている。
今日は、応用演習の班分けが行われる日だ。
通常なら、成績や希望に応じて掲示板に名前が並ぶ。
その前に立った瞬間、胸の奥が小さく鳴った。
さら……
さら……
(……ない)
視線を走らせる。
何度確認しても、自分の名前はどこにもなかった。
* * *
教室に戻ると、教師が淡々と告げた。
「本日の応用演習について連絡がある。
レイル・エッジハートは、今回の参加を見送る」
一瞬、意味が追いつかなかった。
「見送る……というのは」
言い終わる前に、教師は続ける。
「判断は、学院としてのものだ」
それ以上の説明はなかった。
教室が、わずかにざわつく。
視線がいくつか、こちらに向けられた。
驚き。
困惑。
そして——ほんの少しの、安堵。
(……ああ)
理解してしまった。
危険かもしれないものは、
場から外しておく。
それが、一番“正しい”。
* * *
実技場の外で、演習の音を聞いていた。
詠式の声。
環が回る感覚。
魔力が流れる気配。
すべてが、壁の向こうにある。
(……何も、してないのに)
失敗もしていない。
暴走も起こしていない。
それでも、判断は下された。
胸の奥で、音が静かに鳴る。
さら……
さら……
(これが……管理、か)
* * *
昼前、アッシュが近づいてきた。
「……今日、いなかったな」
「外された」
短く答えると、アッシュは言葉を探すように口を開いた。
「それって……危ないって、思われてるのか」
悪意はなかった。
ただ、率直な疑問だった。
「思われてる、じゃない」
レイルは言う。
「判断されてる」
アッシュは、何も返さなかった。
* * *
午後は、自習扱いになった。
図書室へ行く気にもなれず、
中庭の端で、雨上がりの地面を眺める。
水たまりに映る空は、少し歪んでいる。
(……もし、今)
ここで環を回したら、どうなる。
誰も見ていない、この場所で。
胸の奥が、わずかに熱を持った。
さら……
さら……
(……だめだ)
ここで何かをすれば、
今日の判断は“正しかった”ことになる。
レイルは、拳を握りしめた。
* * *
夕方、アゼル先生が声をかけてきた。
「不満はあるか」
直球だった。
「……あります」
即答だった。
先生は、否定しない。
「だろうな」
「僕は、何もしていません」
「だからだ」
その言葉に、息を詰めた。
「何も起きていない段階で、
手を打つ。それが、こちらの判断だ」
理屈としては、理解できる。
間違ってはいない。
それでも。
「……それで、僕は」
言葉を探し、ようやく続ける。
「何をすればいいんですか」
アゼル先生は、少し間を置いて答えた。
「待て」
それだけだった。
* * *
部屋に戻っても、セラはいなかった。
いつものことだ。
だが、今日は違って感じる。
(……待て、か)
待つというのは、選ばないことだ。
判断を、他人に委ねることだ。
胸の奥で、さら……と音が鳴る。
それは呼び声ではない。
抗議でもない。
ただ、抑え込まれている音だった。
レイルはベッドに腰を下ろし、天井を見上げる。
(このまま待っていたら……
僕は、何になる)
答えは出ない。
ただ一つ分かるのは、観測は、もう“見るだけ”ではないということだった。




