終わりの決まらない観測
午後の講義が終わる頃には、雨が降り始めていた。
窓を叩く音は強くない。
けれど、規則正しく続いていて、止む気配がない。
(……今日も、か)
ここ数日、天気が崩れている気がする。
ただの偶然だと分かっていても、胸の奥が少しだけざわついた。
* * *
帰り支度をしていると、アゼル先生に呼び止められた。
「レイル。少し、話せるか」
声は穏やかだった。
けれど、断れる種類の呼び方ではない。
通されたのは、昨日と同じ小会議室。
ただし、今日は一人ではなかった。
灰色の外套の男。
それから、もう一人。
年配の女性だった。
背筋が伸び、無駄な動きが一切ない。
「座って」
短い指示。
椅子に腰を下ろすと、自然と背中が強張った。
* * *
「改めて言っておく」
女性が口を開く。
「我々は、君を裁くためにここにいるわけではない」
(……また、その言い方だ)
似た言葉を、昨日も聞いた。
「君にとっては突然だろうが、
観測は“問題が起きたから”行われるものじゃない」
女性は、淡々と続ける。
「問題が起きる可能性があるから行われる」
胸の奥が、静かに鳴った。
「……可能性、ですか」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
女性は頷く。
「環文明は、失敗した。
その理由の大半は、“遅すぎた判断”にある」
環文明。
その言葉だけで、空気が一段冷える。
「兆候はあった。
記録も残っていた。
だが、誰も“今は問題ない”という判断を覆さなかった」
視線が、こちらに向く。
「私たちは、同じ過ちを繰り返さない」
(……それで、観測か)
「君が何かをしたからではない。
君が“何かになる可能性がある”からだ」
その言葉は、責める響きを持っていなかった。
だからこそ、重い。
* * *
「質問があるなら、今のうちに」
アゼル先生が、初めて口を挟んだ。
一瞬、迷った。
聞きたいことは山ほどある。
けれど、そのどれもが、今聞くべきではない気がした。
「……いつまで、ですか」
代わりに、そう聞いた。
女性は少しだけ考え、答える。
「終わりは決めていない」
即答だった。
「必要がなくなれば、終わる。
あるいは——」
そこで、言葉を切る。
「別の段階に進む」
(……段階)
それが何を意味するのか、説明はない。
* * *
部屋を出ると、廊下の空気が妙に軽く感じられた。
重たい話をした後なのに、
息が詰まる感じはなかった。
(……納得、したわけじゃない)
それでも。
(理由は、分かった)
守るため。
繰り返さないため。
その理屈自体は、間違っていない。
だからこそ、逃げ場がない。
寮へ戻る途中、雨の中で足を止めた。
塔の方角は、雲に隠れて見えない。
それでも、胸の奥で音が鳴った。
さら……
さら……
(……必要、か)
誰にとっての必要なのか。
世界にとってか。
学院にとってか。
それとも——。
答えは出ない。
ただ一つ分かるのは、
自分が「守る対象」から「管理すべき可能性」に変わった
ということだけだった。
雨は、静かに降り続いていた。




