先生の忠告
朝、鐘の音で目が覚めた。
正確に言えば、目を閉じていただけで、ほとんど眠れていなかった。胸の奥で、さらさらという音が、夜の続きみたいに残っている。
環紋に指先が触れた瞬間、思ったよりも熱くて、反射的に手を引いた。
(こんな……昨日まで、こんなじゃなかった)
セラの姿が何度も浮かぶ。消える直前の、あの顔。
(……本当に、いなくなったのか?)
答えが出ないまま、制服に袖を通した。
* * *
午前の授業が始まる直前、床がほんのわずかに震えた。椅子が鳴るほどでもない、ごく微細な揺れ。それでも、胸の奥がはっきり反応した。
(……塔だ)
理由は分からない。ただ、そうだと分かった。さら、と音が重なり、鼓動が一拍遅れる。
「今の、なんだ?」
「気のせいじゃない?」
教室のあちこちで小声が飛び交った。
次の瞬間、扉が勢いよく開く。
「全員、静かに」
アゼル先生だった。表情が、いつもと違う。
「授業内容を変更する。全学年、第一講義棟へ移動しろ」
「理由は?」
誰かが聞いた。
先生は一拍、間を置いてから言った。
「……確認が必要だ」
それだけだった。
* * *
第一講義棟の大広間は、妙に音が反響していた。全学年の生徒が集まり、壁際には教師陣が並んでいる。
(……やりすぎじゃないか)
そう思った瞬間、胸の奥がまた鳴った。
アゼル先生が前に出る。
「中央塔に、通常とは異なる反応が出た」
ざわ、と空気が揺れる。
「詳しいことは、まだ分からない。だが念のため、全員の魔力循環を確認する」
“塔”という言葉だけで、胸の奥がひりついた。
* * *
測定は淡々と進んだ。装置の前に立ち、数値を確認され、問題なしと言われて戻る。その繰り返し。
(早く……終われ)
そう思っていたのに。
「次。レイル・エッジハート」
名前を呼ばれた瞬間、胸が強く跳ねた。
(……やめてくれ)
装置の前に立つと、周囲の視線がやけに重い。息を吸う。
起動音と同時に、さら、と音が一気に近づいた。
(……っ)
表示板の光が揺れ、針が定まらない。
「……変だな」
誰かが小さく言った。
アゼル先生が近づき、無言で数値を追う。
「循環は……問題ない」
そこで言葉が止まる。
「だが……外から、引かれている」
“外”という言葉に、胸の奥が冷えた。
「個人の魔力は、本来――」
先生は途中で言葉を切る。
「……いや。今はいい」
少し間を置いて、視線がこちらに向いた。
「レイル。最近、塔の近くで妙な感覚はなかったか」
セラの声が、脳裏に浮かぶ。
――塔が、あなたを探している。
喉が詰まった。
「……分かりません」
嘘とも本当とも言い切れない答えだった。
先生はしばらく考え込み、低く言った。
「しばらく、単独で塔に近づくな」
「……命令ですか」
「忠告だ。聞いておけ」
(近づくな……か)
胸の奥で、さらさらという音が、否定するように鳴った。
* * *
その夜、寮の窓から塔を見た。
相変わらず、何も変わらない姿でそこに立っている。
(……何も、起きてないじゃないか)
そう思おうとした瞬間、胸の奥が確かに応えた。
さら……さら……
(……待ってる)
誰かが。何かが。
環紋が淡く光り、塔の影が一瞬だけ揺れた気がした。




