塔が呼ぶ夜
夜、寮の部屋に戻ると、静寂が胸の奥を締めつけた。
(……セラ。今日はあれ以上、話せなかった)
彼女の輪郭が崩れていく光景が、何度もまぶたの裏に浮かぶ。
胸元の環紋に触れると、まだかすかな熱が残っていた。
(昨日の事故……やっぱり関係あるのか?
僕が揺れると、セラも揺れる……)
自分でも理解できていないのに、妙に確信めいた感覚だけが胸の奥に灯っていた。
* * *
ベッドに横になり、明かりを消して目を閉じた瞬間だった。
さら……
さら……
さら……
(……音が近い)
胸の音が、いつもより深く、
大地の底から響くように鳴っている。
(いや……これ、胸じゃない)
耳を澄ますと、
音はもっと遠くから来ていた。
塔の方角だ。
それに気づいた途端、
背筋がぞわりと震えた。
(塔が……鳴ってる?)
信じられない。
塔は魔術学の象徴であり、学院の厳重管理下にある。
生徒が近づいても反応などしないはずだ。
なのに今は——
確かに“呼吸するように”こだえていた。
「……レイル」
微かな声がした。
薄暗い部屋の隅、
白銀の光がゆらりと揺れた。
「セラ……!?」
姿を現したセラは、
先ほどよりもさらに薄く、
まるで影が抜け落ちたかのようだった。
「こないで……」
その声は、風の欠片のように弱かった。
「セラ……どうしたんだよ。こんな時間に」
「呼ばれたの。
……あなたの音が、強く揺れたから」
セラは胸に手を当てた。
その表情には痛みが浮かんでいる。
「あなた、気づいてない……。
いま、塔と繋がりかけてる」
(つながり……?)
「昨日からずっと……塔の“深い層”が、
あなたの流れを探しているの」
塔が、僕を……?
「どうして……そんな……」
問いかけようとすると、
セラの輪郭が突然大きく揺れた。
「セラ!」
「っ……だめ。近づかないで」
セラは僕を押し止めるように手を上げた。
しかしその手は、光の粉になって崩れ落ちそうだった。
「今……あなたの音に触れたら……
私は、流れから……落ちる……」
声が震えた。
消え入りそうな悲鳴のようだった。
(流れから落ちる……?)
その言葉の意味を考えるより先に、
胸の環紋が熱を帯び、激しく脈打った。
(……うそだろ……?)
鼓動が、塔の脈動と同じリズムになっている。
「レイル……」
セラの声は透明で、
どこか泣いているようだった。
「塔が呼んでるのは……あなた。
私じゃない……あなたなの」
(僕……?)
「……もうすぐ、“境界”が開く。
そのときに近くにいたら……あなたは……」
言葉が途切れ、
セラは苦しそうに胸を押さえた。
「セラ!」
「行かなきゃ……。
いま、あなたのそばにいると……」
光の粒がセラの足元から立ちのぼる。
「消えちゃう……」
最後の声は、泣き出す直前のように震えていた。
次の瞬間、
セラの姿は風が吹き散らす光のように、
静かに消えた。
残されたのは、
塔の方角から響く“さらさら”と、
胸の奥を締めつける痛みだけだった。
(……塔が僕を呼んでいる?
境界が……開く?)
夜が深まるほど、その考えは恐怖でも希望でもなく、
ただ確かな“予感”として胸に居座り続けた。




