シオンとナギ
十六年前の冬、ロックウッドの屋敷で一人のメイドが女の赤ん坊を産んだ。
その年の春、ロックウッド家には待望の嫡男が生まれていた。
女の赤ん坊を産んだメイドは出産後酷く弱っていたが体調が元に戻ると、赤ん坊を残し屋敷から忽然と姿を消した。
その女の赤ん坊がナギだった。
ロックウッドの当主夫人は母親に置き去りにされた赤ん坊を哀れみ、嫡男と共に自分が育てると言い出した。
ロックウッドの当主は否を唱えることができなかった。
彼には脛に傷があり、名家出身の嫡男を産んだ夫人に逆らうことなどできなかった。
こうしてナギは国王付き魔法騎士歴代最多輩出の名門ロックウッド家の嫡男サツキと一緒に育てられることになった。
二人は双子のように双子以上に育てられた。
二人はいつもどこでも一緒だった。
同じように話し、同じように笑った。
最初一つだったものが二つに分かれたように、まるで魂を共有してるかのように、性別以外全てにおいて一致していた。
ナギが七歳になった頃、ナギを産んだメイドが屋敷にやって来て、ナギを引き取ると言い出した。
当主夫人は難色を示したが、私生児をこれ以上ロックウッド家に置いておくわけにはいかないことも彼女は痛い程理解していたので、ナギはメイドに引き渡された。
俺は当時元妻と結婚していたためロックウッドの屋敷にもういなかったので、ナギとサツキが別れる時どういう様子だったかは後日人づてに聞いただけだが、サツキはナギと一緒に行きたいと言って泣き皆を困らせたようだったが、ナギは泣き喚き暴れるなどして皆を困らせたりすることもなく粛々と母親と手を繋ぎ出て行った。
それからしばらくして俺は裸足で歩くパジャマ姿のナギを見た。
俺は勤務を終え、自宅に帰る途中で、もう夜も遅く、その日は雪が降っていた。
「ナギ」
俺は自分でも信じられないが彼女の名を呼び、雪景色そのものになってしまいそうな小さな体に駆け寄った。
俺がナギの前に屈みこんで彼女を抱き上げるとナギの小さな足の裏は傷だらけだった。
「ナギ、俺がわかるか?」
「シオン、お兄、さま」
「そうだ、どうした?何があった?」
「わかんない。お家吹き飛んだ」
ナギは目を閉じて眠ってしまった。
俺はナギを着ていた黒いコートで包むと自宅へ連れ帰り、傷の治療をし、自室のベッドに寝かせて、自分はソファで寝た。
朝起きてナギを風呂に入らせ朝食を取らせた。
妻に事情を説明すると、関わりたくないのだろう。
「仕事に行くから」と言い出かけて行った。
「シオンお兄様、ごめんなさい」
「謝ることはない。それよりどこも痛くないか?」
「うん」
「何があった?」
「えっと、お爺ちゃん、突き飛ばしたら、お家が壊れちゃったの」
「お爺ちゃん?母親はどうした?」
「どっかいっちゃった」
「お爺ちゃんと、一緒に暮らしていたのか?」
「うん」
ナギはそれだけ話すとまた眠ってしまった。
俺が昨夜起こった事件を同期に調べてもらうと、資産家の老人宅が突如消し飛び、その家の老人が腰の骨を折る大怪我をしたとのことだった。