テトラの追試 3
「新しい恋?無理ですよ。絶対無理」
「そう決めつけなくていいだろ。決めつけは良くないぞ、何事もな」
「嫌決めつけますって。あいつがナギ以外好きになれるわけないって」
言ったよ。
知ってたけど、言っちゃったよ。
何しまったみたいな顔してんだ。
あー、関わりたくねぇ。
「あー、あの、今のナシで」
「ああ。何も聞いてないよ、俺は」
「絶対誰にも言っちゃ駄目ですよ。職員室でぺらぺら喋らないで下さいね」
「喋らねぇよ。聞いてねぇし」
「サツキはナギ以外好きになれないと思います。あいつはなんつーか、ナギの代わりを他に求めるくらいなら一生一人でナギの面影を抱いて死ぬ方を選ぶと思います。俺これには自信あります。初任給賭けてもいいくらい」
「弱ぇな、初任給だけかよ」
「嫌、生涯年収賭けてもいいです」
「まあそうかもな」
「いっそ告白して振られた方がいいですかね?」
「すっきりして諦めついて、次に進めるかもな」
「でも俺、ナギもサツキのこと好きだと思うんですよ」
「それは俺にはわからん、でも近くで見てるお前が言うならそうかもな」
「でも結婚嫌がってるようには見えないんですよ。嬉しそうっていうか、心待ちにしてるようにも見えるんです」
「そうか」
ナギのことは俺はよくわからない。
俺からしたら同期といずれ結婚する娘だったし、大人しくて手のかからない生徒だ。
はっきりいって印象に残っているエピソードなんか一つもない。
美しく、膨大な魔力という才能を感じさせるが、特別目立たない、矛盾してるかもしれないがそんな子だ。
「シオンさんはナギのこと好きですかね?」
「さあ、それは俺に聞かれてもなー」
「サツキより好きですかね?」
「さあ、どうだろな、子供じゃないからな」
「ナギのこと大事にしてくれますかね?」
「それはするだろ」
最高の魔法騎士を産んでもらうためにな。
恐らくシオンはナギを大事にするだろう。
それがナギの望む形かはわからないが。
「サツキより好きじゃないならナギと結婚して欲しくないです」
「俺に言われてもなー」
「ナギは最初からサツキのものって感じでした。俺達が出逢った時にはもう二人はそんなでした」
それは正確には違う。
ナギは名門ロックウッド家のものだ。
最初からっていうならそうだった。
「俺初めてナギに会った時人形みたいだなって思ったんです。整いすぎて、まるで人形にうっかり魂が入り込んで人間と同じになっちゃったみたいな、神様がうっかり間違って動かしちゃった、そんな感じでした。隣にサツキがいて、あ、ミヤコもいました。アイツも可愛かったんですけど、ナギとサツキの番感は別次元って言うか、どうしたってミヤコがはじき出されちゃうんですよね。これって何て言うかナギとサツキは同じ絵師が書いた絵なんですよね。ミヤコは違う人が書いてた。だからナギとサツキが並ぶと恐ろしい程違和感がない。逆に他の人間が並んでると可笑しいんです。だってそうですよね。絵柄が違うんですから」
「その理論ならシオンもナギとお似合いってことにならないか?アイツら兄弟そっくりだろ」
何だよ、今気づきましたってその顔。
「そうですよね。そうなんですよ。でも、まあこれは俺がただモヤモヤするってだけです。だって俺からしたらサツキとナギなんですよ。サツキにはどうしたってナギなんですよ」
「今だけだ。今はそう思ってるけど、そのうちナギがシオンといてもしっくりくるようになる。夫婦ってそういうもんだ」
「そうですかー?」
「ああ、同じ絵師が書いてんなら信頼できるだろ。大丈夫だ」
「うーん」
何も起こるな。
無事卒業してくれ。
時が解決するって大人だから俺は知ってる。
どれだけ痛くても、いつかその痛みもそのまま大事にできる時が来る。
成就しない初恋以上の痛みがこの世にはあるってことを俺は知ってる。
できればもう誰もそれを知らずにいられるといい。
でもテトラもサツキも皆いつか知るんだろう。
沢山の人と別れて知るんだろう。
もう一生会えないということが本当はどういうことなのか、魔法庁に入れば嫌と言うほど知るだろう。
「ほら、手止まってるぞ、あと十問」
「うえー」
「卒業するんだろ、ほらあとちょっとだ。頑張れ」
「うー。がんばるー」