シオンとナギ 7
ナギだ。
この女はナギだ。
七年前あの寒い冬の日に一人裸足で歩いていたナギが今俺の目の前にいるナギをおぼろげに見せた。
あの日は確か雪が降っていた。
「私ちゃんと食べられてみせますから、お兄様はバハムートを絶対に倒してくださいね」
「・・・なんで・・・」
自分でも何を言ったのかわからなかった。
こんな風に他人に問いかけにならない問いかけをしたのは恐らく生まれて初めてのことだった。
「お兄様は私を助けてくれたから」
雪が降っていて、ナギは酷く寒そうで、でも泣いてたりしていなかった。
ナギは現実を受け入れていた。
今も昔も、ずっと。
「あの日、雪が降っていたでしょう?」
「ああ」
「私とても寒くて悲しかった。みじめで苦しくって、もう消えちゃいたかった。必死で歩いてた。ロックウッドのお屋敷に帰りたくて、でも帰ってもサツキ以外誰も喜んでくれないの知ってた。だからどこにも行けなくて、お母さんもいなくて、でももう歩くしかなくて」
子供が歩いていた。
暗いくらい闇の中を、底へ底へと歩いていた。
雪が見せた幻のように誰の目にも止まらないまま、雪の夜に閉じ込められようとしていた。
「お兄様私の名前を呼んでくれたでしょう?憶えています?」
「ああ。憶えている」
「私、あれより嬉しかったことないです。お兄様、私のこと抱っこしてくれて凄く暖かかった。生まれて初めて安心できた。朝起きた時も傍にいてくれて、暖かいお風呂に入れてくれて、パンを焼いてくれて、目玉焼きを焼いてくれて、暖かいスープを飲ませてくれたでしょう?私あれより美味しいもの何も思いつかないです」
別に大したことはしていない。
そう言おうとしたのに声が出なかった。
「私。お兄様にお返ししたいです」
返さなくていい、俺は何もしていない。
暖かい部屋で安心して暮らすこと、それはお前が当たり前のように享受できることだ。
「強くなったバハムートを手に入れることが出来たら、私お兄様にお返しできますよね?」
「・・・俺は史上最高の魔法騎士になりたい・・・」
何故俺はこんなことを言っている。
元妻にも誰にも話したこともない、自分ですら本当に思っていたかもわからないことを。
「はい」
「・・・ならなきゃいけない・・・」
「なれますよ。私がしてさしあげます」
「俺は正当なロックウッドの後継者じゃない」
「・・・そうですか」
「俺はサツキと母親が違う。俺は父が台所の下働きをしている女の娘に産ませた子供で、母は俺を産んですぐ死んだらしい。それはもう今更どうでもいい。俺はロックウッドの家を継ぐことはできない。正当な魔法使いの家の娘が産んだ子じゃないから。卑しい身分の女が産んだ子だから。俺はサツキとは違う。サツキは全てを手に入れることができる。ロックウッドの正当な後継者だから、国王付きの魔法騎士になって、いずれ大賢者になる。サツキはミヤコと結婚してアシュレイの血筋も手に入れられる。サツキは・・・サツキは・・・」
サツキは全てを手に入れられる。
望まなくてもだ。
「・・・俺が手に入れることができるとすれば、史上最高の称号くらいだ・・・」
「手に入りますよ」
「俺はサツキより強い」
「はい」
「でも、サツキはいずれ俺より強くなる。サツキはロックウッドの正当な血筋で、ロックウッドの神獣を従えることができるから」
「お兄様。大丈夫です」
ナギと一緒にいる時、いつも絶えずあの雪の夜のナギが浮かんでは消えるのは、俺だけが知っているナギだからだ。
サツキの知らないナギだからだ。
「私がお兄様を史上最高にしてみせます。大丈夫」
俺はナギを隠したいと思った。
サツキからだけじゃなく、世界のそれこそ全てから。




