8. 前世は理解できません
「ボクらはね、平坦なんだ」
ご飯を食べながらの雑談で、シキは私の力を説明してくれた。
こんなオープンなところでいいの!? と驚いたけど、よその人が聞いてもわからないよ、とシキは肩を竦める。
「高校生がマンガかゲームの話をしてると思われる程度でしょ」
「うーん……、そうかも知れないけど」
まあ、改まって話されても怖そうなので、明るい朝の食堂でこのまま話を聞くことにした。
「妖怪はね、妖気の塊。人間はね、反対側の力の塊。生気って呼んでる。それで、そのふたつの真ん中の水面に、ボクら『にかわ屋』が居るんだ」
「……うん?」
「ピンときてないね?」
シキが笑う。
「物語とかでよく聞く話だと、陰の気の塊が妖怪で、陽の気の塊が人間になるのかな? どうもボクの感覚からすると陰とか陽とかより、水面上と水面下、みたいな、ただの範囲でしかないんだけど」
「なる……ほど……?」
「それで、ボクらはその境界面、どっちでもないところにいて、両方を見ている」
「……うん……」
私はご飯を食べながら、なんとか理解しようと頑張る。
「……で、他の生物たちも、こう、連続的な割合で出来ててね、例えば、めちゃめちゃ簡略化して雑に言うと、虫はすごく妖気寄りの生気一割とか、哺乳類は生気八割とか九割とか」
「…………うん……」
「で、ここにあるフラットな力のプールの水面をね、妖気側に揺らしたり、生気側に揺らしたりして、命を作るんだ」
「……うん……、うん?」
シキが手のひらを広げ、目の前に水面があるかのように空中を大きく撫でた後、その手のひらをゆらりと揺らす。
ここにあるって言われてもなぁ……と思いながら聞いていたら、何かとんでもないことを言われた気がする。
シキが卵焼きを頬張りながら、トントン、と指先で机を叩く。と、そこにころりと、緑の玉……ミニミニヤマガミが現れた。
「……えっ!?」
「はい新しいお守り。前の子は雷獣からおヒメちゃんを守って消えちゃったからね」
「えっ! あの子消えちゃったの!?」
「ちょっと雷獣の妖気が強すぎたね。力負けして飲み込まれちゃった」
「うわあ……、ごめんね……、ありがとう」
私は誰に言うともなく言う。
そんな私に、シキはにこりと笑った。
「あの子を食った雷獣から回収した妖気で作ったから、前の子の生まれ変わりみたいなもんだよ」
「そうなの?」
「……と思っておけば良い、って感じ?」
「…………うーん……」
「……まあ、別にボクが世界の生き物を作ってるわけじゃなくて、勝手に水面が揺れてポコポコ泡みたいに生まれてくるんだけどさ」
「あ、そうなの!? 良かった、にかわ屋イコール神様、みたいな話になるのかと思った」
私は胸を撫で下ろす。
「良かった、なの?」
シキはまた笑う。
「神様なら何でも出来るじゃん。好き放題したくないの?」
「いやいやいやいや怖いよ! 無理無理!」
「そうかぁー」
シキはくすくす笑っている。
「……まあ、神様になりたいみたいな面倒なこと言い出さなくてよかったよ」
……お願いしたら出来そうな言い方。
まさかね。
……と、シキの目に面白がっているような光が宿った。
「……やろうと思えば出来そうに見えた? ふふ、流石に難しいかなぁ。ボクらの力は精々その水面をほんのちょっとだけ揺らせるのと、ポコポコと生まれる泡を固めたり消したり出来る程度だからねぇ」
……待って。泡って、生命のことじゃないの?
固めたり消したり??
「あははははは、おヒメちゃんすごい顔」
シキは大笑いしながら、テーブルにあった爪楊枝を取って卵焼きを小さく切り、その切片を爪楊枝に刺して私に差し出した。
「大丈夫大丈夫、そんな簡単にやらないから。色々制約もあって、結構面倒なんだよ。ほら、これ甘いよ。おヒメちゃんは笑ってて。あーん」
口元に持ってこられたそれを躊躇なくパクっと食べる。なんかもう恥ずかしくもない。
もぐもぐと味わっている私を幸せそうに見ているシキ。
傍からは仲良し兄弟にでも見えてるんだろうな。
ちょっとくすぐったいような気持ちがしたけど、家族ができたみたいで嬉しいとかではない。
前世の父親とか信じない。信じないぞ。
* * *
食事の締めくくりに、私は盛り盛りにしたデザートと紅茶を取ってきた。
テラス席に出ようとシキが言うので、それも良いかと付いていった。
レストランは中庭に面していて、そこにテラス席がいくつか用意されている。外に出ると、風の中にほんのりと春めいた温もりが感じられ、遠く花の香りも運ばれてくる。花壇には、ガーデンシクラメンとパンジーが彩りを添えていた。
「えーと、なんの話をしてたっけ」
小さな池と、その周りの花壇を見渡せるテーブルに陣取って、ぱくりと一口でミニエクレアを口に含んだところで、シキの話が再開した。
「あーそうそう、泡のように生命が生まれるって話だよね」
そうだった気もする。エクレア美味しい。
「……聞いてる?」
不審げなシキにこくこくと頷いて見せながら、私はもう一個エクレアを口に放り込んだ。
「……まあいっか。えーとね、ボクの持ってるイメージの話になっちゃうんだけどね」
前置きをして、シキは説明を始める。
「波風ひとつ立たないフラットな水面に、ふと揺らぎが起こって、不意にポコンと大きな丸い水球が宙に浮かび上がると、これが大妖になる。急に大きな物が飛び出したから、大小の水滴も周りに飛び散って、それらが全てそこに留まって妖怪になる。逆に水中は、急に大きな質量が抜けたせいで、波立って細かい泡が沢山湧いて、それがヒトや獣になる」
大小の丸いものを囲うようなジェスチャーも加えて、シキがゆっくりと説明してくれる。
「でね、此処が肝心なんだけど。水面は常に一定の水位を保つように働く。大きな妖が生まれたのなら、匹敵する量の人や獣が生まれなければならない。逆に、大妖が消えたのなら、その分人や獣が消えなければならない」
「えっ」
「ん?」
「さっきの雷獣……」
「ああ!」
シキは軽く笑う。
「あれは大妖ってほど大きくないよ。とは言え、消すなら慎重にやらないとね。今回はボクがちゃんと、アイツの余分な妖気を細かい粒子にして分散させたからね、何かの大量死事件とかは起きないよ。まあ、じわじわと調整は入るかな。ちょっとだけ出生率が下がるとかね。それも数字に表れるほどには大きく動かないと思うよ」
「そっか……よかった」
「おヒメちゃんが雷獣を説得してくれてよかったよ。退治屋に任せるとろくなことにならないから」
「退治屋?」
「うん、妖怪退治屋。君の後見人のことだよ。アイツも大量死とか起こさずに妖怪を消せるんだ、だいぶ大雑把だけどね」
美学と繊細さが足りないんだ、とシキはぶつぶつ言う。
「そうなの!?」
私は私で、後見人の聞いたことない職業に驚く。……驚いてしまってから、以前私が呼んだ虫たちを消されたことを思い出した。
「そういえば……、虫たちを消された……」
「えっ……、マジか。アイツ勝手なことを……」
シキが物凄く不快そうに眉を寄せる。
「おヒメちゃんの可愛いペットたちを消すとかありえないでしょ、何やらせてんの一反木綿!」
腕に巻いたコードブレスレットをテーブルにダンッと叩きつける。
結び目の端がびくりと跳ねた。
そのまましゅるりと解けて、コードのフリをした一反木綿はテーブルに自然に落ちた体を装い、小声で囁く。
「痛いですな、にかわ屋はん。人のこと言えますのん? 前世でニカはんに何しはったか……」
ダンッ!
再びシキがテーブルにこぶしを叩きつける。無機物のふりをしていた一反木綿は、避けることもできず
「ひぇー……」
と痛みにか細い声を上げた。
私は慌ててシキの腕を押さえる。
「シキ、シキ、可哀想だから、私なら平気だから」
ちょっと不審そうに私の様子を伺ったシキは、
「……おヒメちゃんは優しいなあー」
と、腕の力を抜いた。
今の探るような目はなんだろう。
「おやおや、兄妹喧嘩ですかな?」
不意に、耳慣れない声がした。
声の方へ目をやると、杖を持った老紳士が、池の端に沿ってこちらへ向かって歩いてくるところだった。
何の不自然もない、品のいい老紳士だ。
なのに、なにか、違和感を拭い得ない。
「何があったか存じませんが、喧嘩は良くないですね」
優しい声が、耳にザラザラとした不快感を残す。
穏やかなその笑顔が、不安な何かを呼び起こす。
思わず立ち上がりかけた私の手を握り、シキは私を座り直させた。
「やあ、ご忠告ありがとう。ではこちらからも。……あまり不吉を撒き散らさないほうがいい。品がないよ、森の主」
シキの言葉を受けて、にいぃ……、と。
森の主は、笑みを深めた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
ニカ、という名前が某国民的超有名漫画で使われてしまって、改名しようかとも思ったんですが、このコは昔からニカなので……。私の中で生まれた時からニカなので……!
まあ、雲の上の方の目に止まって問題になることもないでしょうから、うちのコの名前はそのまま行こうかと思っております。
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