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7. 前世は関係ありません

「いや、おヒメちゃんびしょ濡れでさ、ガクガク震え始めてて。取り敢えず濡れた服を脱がせて暖めなきゃってなって、どうせ脱いだんなら人肌が一番暖まるからと思ってぇ……」

 親心でぇ、良かれと思ってぇ、とシキが涙声で言う。


 私は、ベッドの上で壁を向いて座り、一切まったく返事をしなかった。


   *   *   *

 

 この少し前。


 バスルームで、バスタオルを身体に巻いて湯船にお湯を溜めながら、一反木綿からさやかが無事なことを聞いて私はホッとしていた。


 一反木綿によると、人が倒れているという通報に警察が駆けつけ、救急車が呼ばれたそうだ。当然、親にも連絡が行くだろう。

 そっと様子を伺っていた限り、落雷の衝撃で折れた木の、割れた木片に当たったのではということになりそうだったから、それらしい木片を置いてきた、と一反木綿は笑って言った。


「さあ、風邪ひかはると良うないですから」

 早よ入りよし、と一反木綿が言うので、私はお風呂でゆっくり温まる。


「……最初からこれで暖めてくれれば良かったのでは」

「それやと、あの男衆おとこしが全裸の木綿ゆうはんを抱いて一緒に入るか、よう見える位置でお身体を支えるかどっちかですな」

「ひぃっ」

 変な声出た。


 ささっとお風呂を済ませ、ドライヤーをかけて、一反木綿が何処かから持ってきてくれた可愛い浴衣を着る。そのまま寝間着にしとくれやす、と言われ兵児帯へこおびを渡されたので、右前で蝶結びにした。

 下着がないので落ち着かないけど、可愛く出来てちょっとアガる。


「ここはうちらが滞在しとる宿どす。濡れた服はホテルのランドリーサービスに出しました。ランドリーバッグに詰めるとこまではうちが対応しましたんで、木綿ゆうはんの服は、あの無神経どもはほぼほぼいろうておりまへん。安心しといてください」

 一反木綿が言う。


 服、と表現してはくれたが、下着まで含まれているんだろう。私は恥ずかしさに涙目になる。


 私は身体が小さく、凹凸も少ない。小学生に間違われたり、男の子みたいと言われたりする。でも、だからって、恥じらいがないわけじゃない。


「男の子みたいなんて、そんな事あらしまへん。ほら、可愛ええ可愛ええ」

 私が半泣きでブツブツ愚痴っていたら、一反木綿が優しく慰めてくれる。


「あのボケどもは気にせんといて、なんならシバいたったってええので、な?」


 一反木綿に促されて、私は仕方なく部屋へ出ていった。


「おヒメちゃん、かぁぁわいい! 前世を思い出すねえ、ね!」

 浴衣を着て出てきた私を見て、シキが嬉しそうに言い、後見人を振り返る。

 後見人は私の方をちらりと見て不快げに目を逸らし、ふいと窓際の椅子に戻っていく。


 ずん、と重い気持ちになる。

 裸を見られた挙句、憎まれてることを再確認するだけとは。


「えっ? あれっ?」

 シキは、落ち込んだ私を見て不思議そうな顔をする。


 そこへ、一反木綿が怒り出す。


「もー、旦那はほんまいけずやね! 木綿ゆうはんの裸にも無反応やし。さあこのお可愛らしいお姿をとくとご覧あれ。背も肉付きも控えめで、お品のよろしい細腰に、お胸もたいへん奥ゆかしくてお可愛らしーい盛りようで……」


「なっ……」

 何を言い出してんの一反木綿! ってか、褒めてないなこれ!?


「お前……っ」

 後見人が一反木綿を振り向いて怖い顔をしている。


「急に何いってんの一反木綿!」

 シキも怒っているみたい。一反木綿に詰め寄った。


「おヒメちゃんは可愛いに決まってるし、そんなに貧相じゃないよ! 身体は薄く見えるかもしれないけどさ! ちゃんと引き締まった筋肉の上に女の子らしいお肉が柔らかく付いててさ、暖かくてふわっとしてて抱き心地サイコーだったよ! 特にこのウエストのあたりの頼りなさがまた愛し……」

「バカなの!?」

 バコーン!


 私はホテルの備品の堅いティッシュボックスでシキをぶん殴る。


 何を語っているのだ、何を!!


「いいいったぁぁ! かど! 箱の角が後頭部に!」


「やめてよ! シキのバカ! もうシキとは一生口聞かない!!」


 「ええええ!? なんで!? ごめん、ごめんなさいおヒメちゃん!」


 私は謝りまくるシキを無視して、そのままベッドに上がり、壁に向かって正座して、なにも聞かないことにした。

 そして冒頭のシーンとなる。


   *   *   *


「良かれと……おもって……おやごころ……」

 シキは繰り返して言い、無反応の私に困って、ゴニョゴニョ……と言い淀む。


そして、ぱっと顔を上げ、

「そう! 親心! 恥ずかしがらなくても大丈夫だよ、ボクはパパだから! 抱っこされても平気!」

 シキが無理に明るい声を出す。


 私は全然大丈夫じゃない。


「前世でもおむつすら替えたことのないパパがなんかおっしゃってますなぁ」

「一反木綿、混ぜっ返すなよ!」

 ケケケケケ、と一反木綿は笑う。


「ちょいとからかいすぎましたな。大事だいじないですわ木綿ゆうはん、裸言うてもうちが巻きついとりましたんで、この人らにはなーんも見えへんかったはずや。見えておへそと太ももくらいですやろか」


 そうなの?

 無反応を決め込んでいたはずの私は、思わず一反木綿の方を見た。その反応に、シキが何かに気がついたように声を上げる。


「あっそういう感じ? それだったらボクが抱っこしてたときも、薄くシーツ巻きつけてあったからね! さっき起き上がってシーツズレそうになったときも、ボク、ちゃんと押さえてあげたでしょ?」


 あ、そうなんだ。

 寝起きでぼんやりしてるところにパニック起こしちゃったから、細かいところが分かってなかった。

 私は少しホッとした。


「あと、ボクがずっと抱っこしてたのは、身体を暖めるためもあったけど、おヒメちゃんが思ったより力使いすぎてたから、補充してあげるためでもあったからね」


「……それはお前の指導が雑だったからだろうが」

 後見人が窓の外を見たままボソリと言う。


「んー否定できない! 特殊技術すぎて、人に教えることなんか本来ないからねえー」

 シキがあははは、と笑う。


「なんかもう。触られるのすら嫌なのかと思って、ととさまショックだったよー。でも本当に、どっちも命にかかわることだったから勘弁して欲しいな。配慮が足りなくてごめんね、ボクにはおヒメちゃんがまだ小さい女の子に思えててさぁ……」


 小さい女の子。


 変なことをされたわけじゃなくてホッとしたけど、それはそれとしてなんか腹が立つ。


 私はまだしばらく、シキと口をきいてやらないと決めた。


   *   *   *


 この部屋は誰の部屋かと思ったら、私のために取ってくれた部屋らしく、今日は此処で寝ていくように言われた。


 どうせひとり暮らしだから、どこに泊まろうがかまわない。ありがたく使わせてもらうことにした。


 用心棒として一反木綿が部屋にいてくれると言ったが、後見人がめちゃめちゃ怖い顔で一反木綿を鷲掴みして連れてった。

 じゃあボクが……と言いかかったシキも、一反木綿の裾に巻き付かれて同時に連行されて行き、私は部屋にひとりになった。


 ランドリーサービスは明日の朝には届くそうだから、それまでのんびり過ごそう。


 取り敢えずスマホを確認して、さやかにメッセージを入れておいた。


 私は無事だということ、後見人と一緒にいること。さやかを心配してること。


 まだ既読もつかないけど、意識が戻らないのかな。

 ちょっと心配になるけど、病院に行っているはずだから、私に出来ることはない。


 明日が土曜日でよかった。

 

 疲れ果てていたのか、私は深い眠りに落ちた。


   *   *   *


 次の日の朝。


 洗濯の終わった服が部屋に届けられ、私は寝間着を着替える。

 

 今改めて、落ち着いて見てみたら、思ったより広い部屋だった。ベッドルームの他に、もうひとつ部屋がある。スイートルームっていう部屋かな。

 お茶が飲みたいなと思って探してみたけど、旅館と違うのかお茶セットとかがない。冷蔵庫の水は飲んで良いのかな。どうしよう。自販機とか探しに行こうかな、と困っているところにシキと一反木綿が訪ねてきた。


「お茶? ルームサービス頼みなよ」

「お茶で!?」

 緑茶や水に高いお金を払う意識がない。ちょっと狼狽えてしまった。


「いや、そういうものだから気にしなくて良いよ。会計はボク持ちだしね」

「お金持ちなの!?」

「お茶程度で?」

 とシキに笑われた。


「そりゃあねえ、不老不死の技を持ってたらお金儲けでも何でも出来るよ。ボクが学校に編入できたのもちょっと内緒のツテからだしね」

 シキはケラケラと笑う。そういえばシキは1000歳の高校生だ。謎すぎる。


 モーニングに誘いに来てくれたそうなので、そこで飲めばいいやということで、レストランへ下りる。一反木綿は細く細くなって、シキの腕に組紐のブレスレットのようにグルグルと巻き付いた。


 ビュッフェスタイルのモーニングは、ずらりと並んだご馳走で、見るだけでワクワクする。


 ひじき、切り干し大根、わかめの辛子和え。小鉢のお惣菜が美味しそうだ。干物やお刺身もある。和食にしようかなぁ。なんて考えながら見ていったら、ライブキッチンでフレンチトーストを焼いていた。これがメインで決まりでしょ!


 ミネストローネにミニクロワッサン、サラダとハーブソーセージとエッグベネディクト。バットにたっぷり詰まったグラタンを小皿に取り分けて、焼き立てフレンチトーストとオレンジジュースにミルクに……、と楽しくトレイに乗せて持ってきたら、シキが微笑ましそうに私を見ていた。


「ビュッフェ好きなんだねえ。可愛いなぁ。たくさんお食べ」


 ニコニコと言うシキに、私は急に恥ずかしくなってきびすを返し、シキを置いて別のテーブルへと移動した。


「待って待って、なんで? おいしそうに食べるとこ見せてよ!」

「そんな事言われて落ち着いて食べられないでしょ! シキもそっちで好きに食べたら良いじゃない!」

「ボクは食べなくても平気なんだ」


 当たり前のように言うシキに、お節介が口をつく。


「ダメだよ! 朝ご飯抜きは体に悪いよ!」

「あー、そういう意味じゃなくてね……」

 

 その時、一反木綿が何かを小さくシキに囁いたようだった。

「……へえ、一緒にご飯食べるのが仲良くなるコツ? わかった、じゃあボクもご飯持って来る!」


 一反木綿はまた何か余計な入れ知恵を。


 さっさと食べて行っちゃおうかな。


 そう思ったけど、ゆっくり味わいたい欲に勝てなかった。それに、このあとおかわりで和食もやっぱり少し持ってきて……あとデザート……!


 結局、シキとふたりで、食後のコーヒーまでのんびり食事をしたのだった。

 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


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 次もよろしくお願いします!

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