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6. 前世を使いこなせません……

 私は自分のコートを脱いで地面に敷き、さやかをその上に寝かせた。

 さやかの胸には、雷獣にやられたのだろう、ざっくりと2本の傷が走っている。

 シキが何かしたのか、傷が大きい割に出血はもう止まっていて、その出血も、雨がほとんど洗い流していた。


「ここでいいの? 誰か来たら……」

 いつ誰が通りかかるかわからない道端で、傷だらけの高校生が倒れていて、騒ぎにならないかな。

 心配になってシキに聞いてみる。


「大丈夫大丈夫、雷獣が出た時点で一反木綿たちが人が来ないようにしてる。そこらの家の人も、窓には近寄らないと思うよ」


 どうやって? と思ったけど、今はそれどころじゃない。人が来ないならそれでいいと納得して、さやかの側に座った。


 その私を、後ろからシキが抱きかかえる。


「シキっ……!?」


 一瞬狼狽えてしまったが、シキは真面目な顔で、

「……見てて」

 と言った。


 背中のシキから、何かが流れ込み、流れ出す。


 私を経由して、さやかにそれがそそがれる。

 同時に、私の意識がさやかに吸い込まれるような感覚がして、私は思わず身を引いて、その背がシキにドスンと当たる。


「……怖がらないで。支えてるから」

 シキに肩をぐっと押さえられ、耳元で囁かれた。

 何か切ないような既視感が胸をよぎったが、私はそのまま目を瞑り、シキが伝えてくれる感覚の方へ意識を集中した。


 さやかのイメージが、3Dグラフィックのワイヤーフレームのように見える。

 そこに、別色で損傷箇所が描かれる。


「わかりやすいようにゲーム画像っぽくしたよ、見えるかい?」

 シキの問いに、見えたままに伝える。

「胸元に大きな黒い傷、斜めに2本。背中と後頭部に青い傷。おでこと鼻と膝にうっすらと赤い丸い傷……」


「黒いのが妖怪にやられた傷。あとは、青が打ち身、赤が普通の怪我ね。吹っ飛ばされた時にぶつけた所と、転がった時の擦り傷だね。……そしたら次」


 不意に、さやかのポリゴンが変形して、黄色い丸い玉が浮かび上がった。それにも黒い傷が二筋ふたすじ付いていた。


「妖怪の傷は魂にも直接傷をつける。黒い傷が見えるね?」

 私は頷く。

「他にも……、うん、こっちのほうが深刻かも」

 と、別の箇所を指差した。


「少しだけど、へこんでるでしょ。吹っ飛ばされて頭から落ちてたからね。引っかき傷を直しても、このへこみが直らないとあとに影響が出る。酷いと此処から割れる」

 そして、うーん、と考え込む。


「……修理のイメージは……、どうしようかな、昔は花火玉とか鍋の鋳掛けとかでだいたい伝わったんだけど……」

「イカケ?」

「そうだよねえー」

 うーんうーんと悩む。


「服のかけはぎも滅多にしないだろうし、土壁も今どきそこらで塗らないだろうし……、うーん修理修理……」


「アクセサリーの修理とは違う?」

 私は言ってみた。


「おとうさん、あんまり売れない彫刻家だったから、生活のために小物やアクセサリーも作ってたよ。そういうものの修理も請け負ってた。私も少し手伝ってたから分かるよ?」


 抱かれた腕の中からシキを見上げるようにして言うと、シキは目を丸くした。


「……マジか! どのくらい出来る?」 


「ええと、高価なアクセサリーとかは触らせてくれなかったから、比較的大きめの置き物とかが多かったかな。まん丸い金属の植木鉢カバーのへこみを叩き直したり、ばっかり割れた陶器の置物を金継ぎしたり……」


「おお……! 良くやった銀松葉ぎんまつば! 今度会ったら褒美をやろう!」

 シキが空中に向かって叫んだ。


「銀松葉?」

「何でもない! イメージが出来てるなら完璧だ! じゃあまず……」


 そこからは、シキの指示通り再び目を瞑り、さやかの魂をまん丸く打ち直すことに集中した。シキの言う力の使い方がよく分からなくて苦戦したけど、正直ほとんどシキが直してたけど、でも、なんとか完全なきゅうに直すことが出来た。


「……よし、これで大丈夫。ほら、さやかちゃんの身体の怪我ももう治ったよ」


「えっ」


 パッと目を開けたら、さやかがすやすやと眠っていた。傷はまだ残っていたがほぼ塞がり、顔色も良くなったようだ。


「あんまり完全に治しても奇妙だからね。このくらいにしとけばあとは傷跡も残らず自然に治るよ」


「よっ、良かったぁ……」


 安心したら力が抜けて、シキに全体重預けて寄っかかってしまった。


「頑張ったねえ、よしよし」

「ごめん、動けない……」

「良いよ良いよ、少し休みなさい」


 シキは私の頭を撫でてくれた。私は疲れ果てて、そのまま軽くウトウトする。

 夢うつつの中、シキと後見人の会話が聞こえてきた。


「……でさあ、ずーっと殺気を向けてくるのやめてくれる? 虚空こくう。……今なら殺せるとか思ってる?」


「……思ってない」


「そ。賢明な判断だね」

 シキがケラケラと笑っている。


 こくう?


 後見人の名前かな?


 何処かで聞き覚えがあるような……。

 ぼんやりと思いながら、私は深い眠りに落ちていった。


   *   *   *


 曖昧な夢を見た。


 ものすごく綺麗な女の人が、絵本のかぐや姫のような、日本史の資料集で見た平安貴族のお姫様のような、綺麗な重ね着の着物を着ている。

 十二単じゅうにひとえってやつだ。


「かかさま!」

 私が叫ぶ。


 綺麗な女の人はこちらを振り返り……。


 不意に風が流れて、その姿が吹き消えた。

 消えたあとには、大きな黒い岩が、ぽつんと佇んでいた。


 ふと気づくと、黒い岩に寄りかかるように座ったシキが、楽しげに岩に話しかけている。


 岩が返事をするわけもないのに、ひとりで、中空に視線を遊ばせながら、本当に楽しそうにおしゃべりをしている。


「ととさま!」

 再び、私は叫ぶ。


 ふ、とこちらに視線を移したシキは、パッと満面の笑顔になり……。


 ガアァァー……ン!


 音と衝撃とともに砂ぼこりが立ち、それが消えた先。

 さっきと違うゴツゴツとした巨大な岩の上で、その岩に錫杖しゃくじょうを突き立てた後見人と、それを岩の下から睨み上げるシキがいた。


 後見人はお侍さんのような着物の上に、華やかな絵柄のついた綺麗な振袖を肩から羽織っている。もしかして、あれが奥さんの形見だったりするのだろうか。

 つきんと、胸が痛んだ。


「妖怪退治屋! 貴様っ……! そこからどけ!」

 シキが叫ぶ。

 後見人が錫杖を振り上げる。


 その状況を理解しないうちに、私の口から勝手に悲鳴がほとばしる。


「やめて虚空こくう! 山神様を殺さないで!」


 叫んだ瞬間、私は目を覚ました。


   *   *   *


 はた。

 と目を覚ますと、まず見えたのは見知らぬ天井だった。


「……?」


 ぼんやりと視線を回すと、部屋の向こうの窓の前で、椅子から立ち上がりかけた姿勢のままびっくりした顔で固まっている後見人と目が合った。


「……お前、今……」


「……あれ? 後見人さん……?」


 窓際の明るさに目をしばしばさせている私を見て、後見人は深くため息をいて背を向け、窓に向いた椅子に座リ直した。


 おふとんが暖かい。

 目を覚ました時に誰かいるのは本当に久しぶりだ。


 なんか変な夢を見てた気がしたけど、思い出そうとした時にはサラサラと解けて逃げ、切ないような、もどかしいような気持ちだけが残った。


「おヒメちゃーん、起きたねぇー、おはよー!」

「うわっ、シキ!?」


 すぐ横からの声にびっくりして見れば、シキが私に添い寝していた。

 暖かいと思っていたおふとんは、シキの身体だった。


「なんっ……!!」


 慌てて逃げ出そうとして、シーツに絡まってジタバタする羽目になった。


「はい逃げられなーい」

 ぎゅーっ、と抱きしめられて、恥ずかしくてパニックで死にそうである。


 ……と。


 シャリーン……! と澄んだ音とともに、シキの喉元にドンと金の棒が突き立てられた。

 金色の棒の上には、装飾された金属の輪がついていて、そこに、金色の小さい輪がいくつか通っている。それら金属同士がお互い当たって澄んだ音を立てているようだ。


「……いい加減にしろ、にかわ屋」


「……へえ、その錫杖、久々に見たな、退治屋」

 棒が喉を潰す寸前に私を離し、少し体をずらして直撃を避けたシキは、にやりと笑って言う。


 後見人は黙ってその錫杖を引き、とん、と床に突く。


 そのやりとりの隙に、私はやっと半身を起こしてベッドから逃げ出そうとする。そこを、再びシキに抱き留められた。


「やぁねぇ妬いちゃって。男の嫉妬は見苦しいわぁ。ねー、おヒメちゃん」

 シキがふざけてクネクネしながら言う。

 後見人が、怒りに顔を歪ませる。


「はいそれアウトー。差別発言ー、ジェンダーバイアスぅー」


 ギスっとしたふたりの間に、不意に一反木綿が飛んで入った。


「なんですのん。一日一回ギスるのがノルマだったりしますのん?」

 くるくるくる、と渦巻くようにふたりの間に浮かぶ。


 一反木綿には手も足も顔もない。なのに、あきれ果てた顔が見えるようだ。


「一反木綿ー……」

「そうですな、困りますわなぁ、よしよし」

 一反木綿はしゅるしゅると私に巻き付いてくる。


「一反木綿?」

「……気付いてはらへんようですが、木綿ゆうはん今全裸ですので、まずシャワーでも浴びに行きましょう」

「…………………は?」


 真っ白になった頭にやっと状況が染み込んだ時、私は声にならない悲鳴を上げてシキを殴り飛ばし、バスルームに駆け込んだ。

 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


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