5. 前世を受け止められません!
「……雷獣? 私を狙って……?」
あははっ、と笑ってシキは声のトーンを上げる。声の調子が明るく戻った。
「おヒメちゃんは封印してても強いからねえ。美味しそうなんだと思うよ」
「……待って、意味わかんない」
「そりゃそうだよねー、みんなして過保護なんだもの、逆に不安だよね」
ふー、とシキは息を吐く。
「まあ今それどころじゃないんで。あとで説明するから隠れてて」
シキは私を路地の奥に再び降ろし、
「本当にじっとしててね」
と念を押す。
「あ、そうだ、緑のお守り出して握っといて。そしたら、おヒメちゃんに危険が迫ったらボク分かるから」
「あ、うん……」
「あと、虫を呼ぶのはやめてね。妖気が目立っちゃう」
「……!! なんでそれ……。ていうか、妖気って何……」
「うん、あとでね、ごめんね」
トン。
軽く地面を蹴って、シキは高く跳び上がる。塀から植え込みの木、さらにその向こうへと、あっという間に姿を消した。
「……わかんないよ、怖いよ……」
私はポケットから緑の玉を取り出して、ぎゅっと握る。
「怖いよ……。山神様、助けてよ……」
私は、緑の玉に向かって、無意識に呟いていた。
* * *
「ゆう? ゆう、どこ?」
あとから聞いた話だが、落雷直後、さやかは私を探して、道路をウロウロしていたそうだ。
そこへ、ピョコンとシキが跳んできたらしい。
「お、さやかちゃん、動けるようになった? ちょっと向こうの方に行ってて」
「シキ! ゆうはどこ?」
「向こう行っててってば」
「ゆうはどこって聞いてるの! あんた、なにかしたんじゃ……」
「どうなっても知らないよ? 君を守る気は……ああでもおヒメちゃん泣くか……」
ふう、と面倒そうに息をついたシキに、さやかは不意に思い切り突き飛ばされた。
「キャアッ」
その勢いで倒れて地面を転がり、さやかは顔や膝に擦り傷を作る。
「……いったぁぁ……」
痛みに耐えて起き上がると、シキは道路の真ん中に向かって中空を見つめていた。
「……あんた何するのよ!」
さやかは怒りに任せてシキに掴みかかる。
振り向いたシキは驚いたような怒ったような怖い顔をしていて……。
「キャアアァァ!」
さやかは強い衝撃に吹っ飛ばされ、激痛の中、気を失った。
遠ざかる意識の中で、
「もー、だからボクの邪魔をしたら死ぬよって言っといたのに」
というシキの声を聞いた。
……と、のちに怯えたように語っていた。
* * *
祈るように緑の玉を両手で握ってかがみ込んでいた私は、聞こえてきたさやかの悲鳴に、ガバッと顔を上げた。
「……さやか?」
私は勇気を振り絞って、そっと路地から顔を出す。そして、
「……ひっ」
悲鳴をあげそうになった口を押さえる。
道の真ん中にシキがいる。その向こうに、巨大な獣がそびえるようにドンと立っている。あれが雷獣だろうか。
前足が 2本、後ろ足が 4本。シキに向かって持ち上げている前足には、長い鋭い爪があるのが見える。身体は獣のようなのに、それぞれの足には鱗か、ひび割れた殻のような物が付いていた。
「……お前、まだ大きくなりたいのか? 雷獣にしては破格にデカいぞ?」
シキが雷獣に話しかけている。
雷獣は、ただ唸リ返す。
「デカすぎて身体が辛いだろう、少し割ってやろうか?」
ガアアアアッ! 雷獣が吠える。
「だからその辛いのはおなかが空いてるんじゃなくて食べすぎなんだって……」
シキの話し声を聞きながら、私はなるべく隠れながらさやかを探す。
「……さやか!!」
シキの後ろの道端に、さやかが血まみれで倒れてる!
私は思わず大声を上げて、さやかに向かって駆け出した。
「ガアアアア!!」
「おヒメちゃんっ……!!」
雷獣の声とシキの声が重なり、思わず目をやった先には、いつの間にか間近に迫った雷獣の牙と爪が、視界いっぱいに広がっていた。
* * *
不意に、周りがゆっくりに見える。
雷獣の、2本の黒い爪が私に向かって振り上げられる。
あれが振り下ろされたらおしまいだ。
そんな事をしても無駄だと分かっていながらも、私は屈んで頭を庇う。
その手の中から、緑の玉がぽろりと落ちた。
緑の玉は私を庇うように雷獣の前へ転がり、カッと光る。
ほんの一瞬、雷獣の動きが鈍る。だが、止まりはしない。
緑の玉の、放射状の筋の一本が、パカリ、と口を開け、……そこから無数の脚が、ゾワゾワゾワッと顔を覗かせた。
本当に、ダンゴムシだったんだな。
そう思いながら、私は落ちてくるだろう雷獣の爪の衝撃を覚悟して、ぎゅっと目をつぶった。
* * *
「もう、なにしてますの、にかわ屋はん。一般人巻き込んでもぉて」
「その子が勝手に飛び込んできたんだもん、ボクは警告したんだよ?」
「そんな事より雷獣をやっつけるぞ。消していいか、にかわ屋」
「話が通じないし、仕方ないかぁ。こんなデカいの、あんまり消したくないんだけどなぁ」
シキに加えて、一反木綿と後見人の声がする。
私は、ぎゅっとつぶっていた目をそっと開く。
まず、後見人の背中が目に飛び込んでくる。
その向こうで、雷獣が、一反木綿でぐるぐる巻きにされてもがいているのが見えた。
「……後見人さん……」
私は震える手で思わず後見人の服の裾を掴んだ。
びくりと身を震わせた後見人は、振り向きもせず、
「……触るな」
と言って私の手を振り払う。
ああ、やっぱり憎まれてるんだ。
私の目からポロポロと涙がこぼれる。
「わあっ! 退治屋、お前! おヒメちゃん泣かすなよ!!」
「泣っ……!?」
後見人の背中に動揺が走り、シキはそんな後見人の横をすり抜けて私のもとへ駆け寄る。
「大丈夫大丈夫、ととさまが……、パパが居るからね」
と優しく抱きしめてくれる。
「シキ……、シキ、さやかが……!」
「大丈夫だよ、生命を留めるのはにかわ屋の得意技だ。さやかちゃんは死なせないよ」
「……ほんと? ほんとに大丈夫?」
「うんうん。今は仮留めしてるだけだから、あの雷獣をやっつけたら、ちゃんと直してあげようね」
「雷獣……」
私は顔を上げて雷獣を見る。
「うん。そうだ、おヒメちゃん、あの雷獣を説得できない? 向き合ってみて思ったんだけど、アイツ虫じゃない?」
「虫……」
(雷獣)
私は虫にするように心で語りかけてみる。
もがいていた雷獣は、ピタリと動きを止める。
「お、行けそう? そしたら、ボクに魂を修理させてって伝えて?」
シキに言われるがままに伝えると、承諾の意思が雷獣から伝わってきた。
「良いって」
「おっけぇ! じゃあ半分くらい溶かして分散させるよ!」
「はいな」
一反木綿が拘束を解く。
そこからは不思議な光景だった。
キラキラと光る粒が、雷獣から空中に舞い上がって消えていく。雷獣はだんだん小さくなっていき、見上げるようだった身体は今や人の背丈くらいになっている。
「……よしっ、あとは千切れそうになってた魂の殻を補強して……、はい、どう? 楽になったでしょ」
「キュウ!」
さっきまで荒れ狂っていたとは思えない可愛い声を上げて、雷獣は嬉しそうに尻尾を振る。
「これでも雷獣にしてはかなりデカいけどね、削りすぎも良くないから。ほら行きな。もう食べ過ぎるんじゃないよ?」
「キュー!」
一声鳴いて、雷獣はそのあたりで一番高い木に爪を掛けてガサガサガサッと登っていく。
そして、天辺からピョーンと飛び上がったと思うと、雲の中へ消えていった。
「ありゃ確かに虫ですな……脚も六本でしたし……」
「良く見たらカブトムシみたいな爪だったな……」
一反木綿と後見人がボソリと言った。
雷獣が去ったためか、雲が切れて青空が顔を出した。
* * *
「さあ、そしたら、さやかちゃんの魂を直しちゃおう! おヒメちゃん、やってみる?」
「にかわ屋っ……! その子をこちら側に引き込むな!!」
後見人がシキに怒鳴る。
「もう無理でしょ? ボクが封じてるのに、もうこんなに力が溢れてる」
「それでもまだ人間として生きていけるだろう!」
「はいはい。おヒメちゃんが全部知って、その上で選択したならね。さあ邪魔しないで。さやかちゃんが死んじゃう。どうする、おヒメちゃん」
「にかわ屋っ、その聞き方は卑怯だ!」
うっさいなあ、とシキは呟いて、私に向き直る。
「……今全部決めなくて良いよ。ただ、教えるべきことを教えて上げる。まずはにかわ屋の力についてだ。どうする? 君がやりたくないなら、ボクがやるから、さやかちゃんは心配ないよ」
「……私に出来る……?」
「出来るよ、ボクがサポートする」
「じゃあ……、やります」
「よしっ、いい子だ」
シキはチラッと後見人の方を見る。
後見人は、苦虫を噛み潰したような顔をしてそっぽを向いた。
「完全敗北ですな」
一反木綿が、ケケケッ、と笑った。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
雷獣新解釈。というか、いくつか伝承あるから混ぜてみた。
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