4. 前世を消化できません!
「シキ! 私ね、後見人さんに謝りたいと思うの!」
「はっ!?」
次の日、私は、朝から教室でシキを捕まえて……捕まえなくても向こうから来たんだけど……、後見人を紹介してくれるようお願いした。
シキは私の前の席の椅子をガタンと音を立てて引き出すと、私の机の方へ向け、勝手に腰を下ろす。そのまま私の机に肘をついて、不愉快そうにプイッと横を向いた。
「なんでさ、おヒメちゃん、アイツと会わないほうが良いって言ってんじゃん。前世の罪なんて、今のおヒメちゃんには関係ないでしょ」
「それも分かるんだけど……。それでも謝りたいの」
「それさあ……」
言いかけて、はーっ、とシキは深い溜息を吐き、座り直して私に真剣に向き合う。
「……人の想いを甘く見ちゃいけないよ。アイツは200年、変わらない気持ちを抱えてる。深く根付いて、その根が自分をずたずたに引き裂いてるんだ。その痛みも理解せず、その元凶がホイッと現れて、軽い気持ちで謝ってきたら、アイツの想いはどうなんの」
「……か、軽い気持ちじゃ……」
「……殺される覚悟はあるの?」
「えっ……」
「まあ、アイツも殺す気はないと思うけど、勢い余って……、ってことはありそうなんだよな」
うーん……、と眉根を寄せて椅子に体重を預け、シキは困ったように考えている。私は何も言えなくなった。
「……一応、一反木綿を通して聞いてみてもらおうか? 直接聞くと、ボクと殺し合いになりそうだから」
「ええええっ」
目を丸くして驚いた私に対し、シキは意外そうな顔をして、次いで苦笑する。
「ボクがおヒメちゃんに害をなすものを放置すると思う?」
「ま、待って待って、いい、やっぱりいいです。なかったことにしてください!」
なんでか敬語になってしまった。時々、シキはすごく怖い。
「……そう? ボクのほうが強いから心配はいらないよ? アイツ殺しとけば後顧の憂いも断てるし。……そうだね、いい考えだ! 殺っとくか!」
「待って!」
止めようとしたけど、シキはもう聞いていない。今日の学校が終わったらすぐ……、不意打ちなら簡単かな……とか、ブツブツ言っていて全然こっちを見てくれない。どうしよう、止めるには……。
「えーと、そんな怖いこと、しないで、ね? ……パパ?」
握りこぶしを口元に当てて考えながら、聞いてもらえそうにお願いしてみた。シキの様子を窺いながら喋ってたら、上目遣いになってしまった。
ドンガラガッシャーン!!
「シキ!?」
シキが弾かれたように後ろに倒れ、机を三つほど吹っ飛ばして、教室の床に転がった。
「キャア!」
「何?!」
クラスの女子から悲鳴が上がったが、床で身悶えているシキを見て、
「ああ……、シキじゃん」
「なんだぁ」
当たり前のようにスルーされた。
「おはよ……、シキ何やってんの!?」
そこへいいタイミングで……、悪いタイミングで? さやかが登校してきた。
「なにこれどうしたの? ゆう、大丈夫?」
「いや、私よりシキを心配して!?」
「どうせシキは自業自得でしょ」
「いやいや! シキ、大丈夫? ごめんね! ふざけすぎた!」
駆け寄ってみたけど、身を縮めて震えるばかりで反応がない。
「…………うっ」
「シキ? 泣いてるの!?」
「……心臓が……止まりそう……」
「シキ!?」
「おヒメちゃん、もう一回! いや、他の男子がいるとこじゃダメだ、どこか個室に行ってふたりきりで……」
「セクハラ!」
ガバッと起き上がって私の手を握ってきたシキを、さやかが後ろから教科書で張り倒した。
* * *
「結局何があったの?」
「……パパって呼ん……ごめん、これ以上聞かないで……」
私は恥ずかしくて両手で顔を覆ったままさやかに答える。
シキは私の前の席に後ろ向きに座り、ほわほわした顔で私の机に頬杖を付いて、
「おヒメちゃん可愛いねえ、可愛いねえ」
と、うわ言のように繰り返している。
正気とは思えない。
その席の子が登校してきてしばらく困惑し、やがて諦めたようにシキの席に座りに行った。本当にごめん。
後見人の件をうやむやにできたのはいいけど、効果が高すぎる。
その日は先生に叱られようが何しようが、シキは頑としてそこから動かなかった。一日中、泣きそうなほど居心地が悪かった。
* * *
ゴロゴロゴロ……。
遠くで雷が鳴っている。
下駄箱で靴を履き替えていると、パタパタと雨が校舎を叩く音が聞こえてくる。
「……柄にもないことするから雨降っちゃった……」
「なんのこと?」
ポツリと呟いた一言を、さやかに拾われる。
「なんでもない。傘持ってないなあって」
「あー、日頃の行いが悪かったってやつ?」
「まあそんな話」
「ゆうのせいかー」
「さやかのせいかもしれないじゃん!」
玄関の軒下で、空を見上げて雨足が弱まるのを待ちながら、さやかととりとめのない話をしていると、シキがひょいと現れる。
「なになに? おヒメちゃんが雨降らせたの? すごいね! さすがキツネの子!」
「違うよ……、って、キツネって何!?」
「あれ、かかさまの話、したでしょ? まあ前世の話だけど」
「キツネだなんて聞いてないんだけど!?」
「あー……」
そうかそうか、とシキは頭を掻く。
「こないだ、かかさまからのお守りとして殺生石の欠片を渡したじゃん? 殺生石と言えば九尾の狐じゃん? 伝わったもんだと勝手に思っちゃってたよ、ごめんね」
「きゅっ……」
九尾の狐は知っている。マンガやゲームとかの話でしか知らないけど、なんか強くてカッコよくて悪そうなやつだ。
「まあまあ、前世の話だから」
「前世の私、人間じゃなかったのか……」
「半分は人間だよ、ボク人間だからね」
「人間は200年も生きません!」
「え、ボク1000年くらい生きてるよ?」
「えええええ………」
よっぽど人間離れしてるじゃん。
「それがにかわ屋の仕事だからねえ。魂を膠で固めるように、一時的な不死の力を与えることが出来るんだ。にかわ屋の名前はボクが考えたんだけどね、シャレてるでしょ」
「…………にかわ??」
私とさやかは首を傾げる。
「…………そっからかあー」
シキはがくりと床に手をついた。
* * *
あの後、ちょっと傘持ってくるね、と走って行ったシキは、どこからともなく傘を3本持ってきた。
「……てきとうに盗んできたわけじゃないわよね?」
さやかが言い、
「違うよ! 知り合いに持ってきてもらったの!」
とシキが言う。
なんとなく、知り合いって一反木綿かな……、と思ったので、まあ大丈夫でしょとさやかに伝えて、三人で駅まで行くことにした。
雨はさほど強くならず、雷の音はまだ遠い。
「膠っていうのはー、動物の皮とかを煮詰めて作るやつでー、くっつけて固めるやつ……うーんと、接着剤?」
「糊とは違うんだ?」
「糊はデンプンで、膠はゼラチンだってさ」
さやかがスマホで検索しながら言う。
「ゼラチンってゼリーじゃないの? ゼリーって接着剤になるの?」
「なんか、ゼリー用のやつより純度が低いとか……」
「純度が低いって何?」
「さあ……」
「……まあ、ボクの力の特性がちょっと似てるってだけで、本当に膠を使うわけじゃないからね」
「あ、そっか」
「雰囲気が伝わりやすいから使ってた言葉だけど、時代に合わなくなっちゃったな。名前変えるかな……」
うーん、とシキが悩んでいる。
「ボンド屋とか?」
「セメダイン屋とか」
「グルーガン屋とか」
「アロンアルファ屋とか!」
私とさやかは交互に色々出してみて、ふたりで笑い合う。
「さやか、商品名は良くない!」
「ゆうこそ、グルーガンとか、道具じゃん」
ケラケラと笑い合う私たちを見て、
「……ま、何でもいいんだけどね」
とシキも楽しそうに笑う。
その時。
ドーン!!
「キャーッ」
「うわあっ」
間近で大きな音がする。
いや、音というより、もう衝撃だ。
地面が揺れ、閃光が目を焼き、一瞬何も分からなくなる。
「……な、なに……」
気がついた時には、シキに抱えられ、路地の奥、ブロック塀の陰に隠れていた。
「何、どうなったの……」
「……落雷だね、大丈夫大丈夫」
「さやかは……?」
「ごめんよ、咄嗟におヒメちゃんだけ連れてきちゃった」
「えっ!」
私は思わず塀の影から駆け出そうとした。
「ダメダメ、急に動くと危ないよ」
シキは私をホイッと抱きとめて、肩に担ぐ。
「ちょっと、下ろして! さやかを助けに行かなきゃ!」
「大丈夫だよ、直接落雷してきたわけじゃないから。びっくりしてひっくり返ってるくらいじゃないかな」
「それをそのままにしとくわけにいかないでしょ!」
「なんで? ほっといたほうが良いよ」
「そんな酷い!」
「酷くないよ。おヒメちゃんはあの子に近寄らないほうが良い」
急に、シキが低いトーンで真面目な声を出す。
「あの子は普通の子だ。普通の子には近寄っちゃダメだよ」
「えっ?」
「……おヒメちゃんは自分が特別だって自覚を持ったほうが良い。さもないと、他人を巻き込む」
「……えっ」
「雷獣が、おヒメちゃん狙ってそこの木に降りてきたんだよ」
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