3. 前世、夢で見たかも?
「許さない……! 絶対に許さないからな、にかわ屋二代目……!」
後見人が、涙に濡れた顔を悔しさに歪めて、こちらにズカズカ歩きながら血に濡れた刀を地面に突き刺す。
後見人は、武士みたいな着物を着ている。その着物に沢山、返り血がついている。
私は自分の身体が地面に倒れているのに気がついた。動かない身体を無理に動かして、自分の手を見る。
その手は血塗れだ。
苦しくって、ゲホッ、と咳き込む。鉄の味がして、血が吐き出されたのが分かった。
「巫山戯るなよお前……!」
苦しいのに、その胸ぐらを後見人に掴まれて、ぐっと持ち上げられる。
「旦那……! 気持ちは分かりますが落ち着いて……!」
一反木綿の声がする。
何故か愉快な気持になって、私はふふっと笑う。
何か叫ばれているのがわかるけど、もう聞き取れない。私はゆっくりと意識を失って、そして多分、死んだ。
* * *
嫌な夢を見たなあ。
暗い気持ちで登校してくると、
「お姫ちゃーん、おっはよーぅ」
今日も朝からシキがやかましい。
シキが転校してきてからもう三日。
イケメンに纏わりつかれている私に嫉妬の目を向ける女子もいるけど、だいたいがシキの奇行を知っているので、気の毒そうに見ている生徒のほうが多い。
「ねえ、前世の記憶戻った?」
「戻りません」
「そっかぁー、パパざんねーん、前世で出来なかった分、甘えて欲しかったんだけどなー」
「そんなことより、ねえ、後見人さんについて教えてよ」
今朝の夢のこともあって、ずっと聞こうとしてたことを、今日やっと聞いてみた。
いつもはさやかも一緒にいるので聞きにくかったけど、今朝はさやかは委員会の活動に行っている。放送委員の朝当番だ。
「えっ、なに、アイツのこと知りたいの?」
シキがすごくびっくりした顔をする。私はバツが悪くなって、
「いや、知りたいっていうか。自分の面倒事を任せちゃってるのに、直接お礼も言えないし、どんな人かも分かんないし、なんていうか、落ち着かないんだ」
と、言い訳のような事を早口でまくし立てた。
ふーん……、と、なんとなくつまらなさそうな声を上げたシキは、
「良いけどさ、あんまりアイツに近づかないほうがいいと思うよ」
と言った。
「おヒメちゃんさ、前世でアイツの最愛の奥さん殺しちゃったからさ、アイツ200年恨み続けてたし、あんまり刺激しないほうが良いんじゃないかな」
* * *
昼休み。私はお弁当も食べずにどよんと机に突っ伏している。
「おヒメちゃーん、元気だしてよー」
机の周りをウロウロしながら、シキが困ったように言う。
「近寄るんじゃないわよ! あんた私がいない隙にゆうに何を言ったのよ!」
「質問に答えただけだよぅ……」
「どうせまた意地悪で無神経な答え方したんでしょ! ノンデリカシーな男は接近禁止です!」
さやかは強いな。あんなに脅かされてたのに、それでも私を守ってくれようとしてる。
「接近禁止は困るなあ。……警告したよね、ボクの邪魔をすると……」
ギロッ。
机に伏せた腕の上から片目だけ覗かせて、私はシキを睨む。
シキは降参するように両手を上げた。
「……はいはい、警告はダメなのね。でも、本当に、接近禁止は困るんだ。君の現世のおとうさんから頼まれてるんで」
「おとうさんから?」
私は、伏せていた顔をぴょこっと起こす。
「うん、学校にいる間の護衛を頼むってさ」
「学校にいる間!? なんの危険があるって言うの。……こう言っちゃなんだけど、ゆうのおとうさん、どんだけ心配性なの……」
呆れたように言うさやかに、シキは片頬だけで苦笑いをし、
「まあ、色々あるんだよ」
と軽く肩を竦めた。
「虫が増えてきたしね」
* * *
その日の帰り。
いつものようにさやかと駅までの道を辿る。
「虫がなんだって言うのよね、そりゃ春なんだから増えるよね!」
さやかはまだプンプンしている。
今日は風がほんのりと柔らかい。
そろそろマフラーも要らなくなるかな。
桜の木も蕾が限界まで膨らんで、まるで枝に桃色の霞がかかっているようだ。
私は、虫、という言葉に少し不安を覚える。
ちら、と桜を見れば、その桃色の霞の陰からぞろりとムカデや蜘蛛が顔を出す。
(隠れてな。見つかると消されるよ)
私が心で言うと、すっと姿を消す。
知られていないワケがないよな。多分前世絡みの力だもんな。
シキや後見人を頼んだんだったら、多分おとうさんも知ってたよな。てか、おとうさんも前世絡みの人かな。
そう思ったら、急に自分の足元が崩れるような気がした。
『木綿』は居たのかな。
今朝の夢を思い出す。
みんなの中で、私は『にかわ屋二代目』なのかな?
「ゆう? ゆう、大丈夫?」
さやかの呼びかけにハッとする。
「……ああ、大丈夫大丈夫」
「大丈夫に見えないよ……。真っ青なんだけど」
「え、そう? ……ちょっと、おとうさんのこととか色々考えちゃって……」
「そっか……」
さやかはそれ以上言わず、ただなんとなく困った顔をする。
私はズルい。
おとうさんを出せばさやかが何も言えなくなることがわかっていて、追及を躱すのに使った。
自己嫌悪にさらに落ち込む。
パンッ。
私は自分の頬を両手で挟むように叩いた。
「……ごめん! ウソ! 全部ウソでもないけど! ……本当は、私は私なのかなって悩んでた!」
「えっ? どゆこと? ちょっと、ちゃんと話して!」
さやかに引っ張られて近くの公園のベンチまで行き、そこで、前世について不安になったこと、シキも後見人も、そのふたりを頼んだ父親も、私を前世でしか見ていないんじゃないかと思ってしまったことを話す。
「おとうさんもさ、『木綿』を娘として慈しんでたんじゃなくて、前世の私を大事にしてくれてただけだったんじゃないかなあって……。そしたら、『木綿』は、どこ行っちゃうのかなぁ。前世を思い出さなかったら、私は要らないのかなぁ……」
言っててどんどん落ち込んでくる。
「……なんてね! もうおとうさんにも聞けないし、考えても仕方ないんだけどさ!」
パッと笑顔で顔を上げたら、さやかがボロボロ泣いてるのに気がついた。
「さっ、さやか、ご、ごめん、ちょっと思っちゃっただけで、そんなに深刻じゃないよ」
私は慌ててさやかを慰める。
「……………シキのせいじゃん!! あのバカ、明日シメる!!」
「えっ」
「ゆうもゆうよ! 前世とか信じるんじゃないわよ! ってか、前世があったとしたって今世のゆうに関係ないわよ! ゆうはゆうじゃん! ずっとゆうじゃん! 私は高校入ってからの友だちだけどさ! ゆうがゆうだから友だちなんじゃん!」
「あっ、うん、ありがとう……?」
怒涛の『ゆう』ラッシュである。さやかはもう泣いてない。というか激おこである。私は目を丸くして聞いているしかない。
「あとさ、じゃあさ、小さい頃のゆうを知らなかったら、私はゆうの本当の友だちじゃないと思う?」
「えっ??」
「逆に、小さい頃だけ知ってる友だちがいたとして、当時親友だったとして、今のゆうを知らないのに私よりその子が親友?」
「えっ……、難しいね」
「私が親友でしょうが!!」
「あっはいそうですね」
さやかの勢いに押されて、私はこくこくと頷く。
「でもだからってさ、ゆうに小さい頃がなかったらとか、その架空の親友がいないほうがよかったとか、ならないじゃん?」
「あー……」
「今ここにいるゆうが、ゆうとして一番大事だけどさ、前世も小さい頃も、全部地続きで『ゆう』じゃん。シキとか後見人とかのポッと出は知らないけど、少なくともおとうさんは、生まれた時から今まで、ゆうをゆうとして、一秒一秒を積み重ねて来てると思うよ」
「……そっか」
さやかの言葉が胸に染みる。
「……すごいねさやか、カッコいいね」
「ふふん、そうでしょう? 口から先に生まれたと言われるこの放送委員をなめるんじゃないわよ」
「それ、威張るところなの」
私はさやかと目を見交わして、そしてふたりで笑い合った。
足元には小さい虫たちが、心配そうに集まってきている。
(もう大丈夫だよ。隠れてなって)
私の心の声を受けて、チョロチョロっと近くの植え込みの下に潜り込んでいく。
私は私。前世も過去も引っくるめて、地続きで私、かあ。
そうだね、すぐには受け入れられないけど、そう思って頑張っていこう。
その時、シキの言葉が甦る。
『アイツの最愛の奥さん殺しちゃったからさ』
……それも背負っていかなきゃなのかな。
「うーん……!」
私はまた、頭を抱えた。
* * *
「虫が増えてるねえ」
シキが呟く。
ベンチで話すふたりの後ろ、見えにくい位置の一本の木の上で、高い枝に腰掛けて、脚をブラブラさせている。
その木の足下、太い幹に隠れるようにして、腕に包帯を巻いた男が立っている。シキはその男を見下ろして、話しかける。
「で、いつになったら名乗るのさ、虚空。名前聞いたら前世思い出すかもしれないよ」
その言葉に、ケケケッ、と、どこからともなく笑い声がする。
「無理無理。虚空の旦那はヘタレですからな、あんな小さい女の子に報復するなんて、出来っこあらしまへん」
「やかましい、一反木綿。……あいつはもう前世とは関わりなく、普通の人間として生きてるじゃないか。あんな過去は思い出さなくて良い」
「そうかなぁー。あの子、アンタのこと気になってるみたいだよー?」
「……後見人だからな」
くそ、と地面を蹴る。
「……関わらないようにしていたのに、あいつ、早死にしやがって」
「仕方ないよ、おヒメちゃん強いからね、守ろうと思うとどうしても消耗するよ」
「……その話もするなよ、自分が父親を殺したと思って気に病むだろうから」
「……人の死なんて、大したことないのにな」
「そう思うのはにかわ屋、お前だけだ」
「そうかあ……。まあボクも、ボクのお姫様を害されたらさすがに怒るからね、そういうことかな」
そこに、一反木綿が口を挟む。
「あの姫さんを害すとか、普通無理ですやろ」
「そうだねえ」
シキは笑う。
そして、
「まあ、おヒメちゃんを害したやつはいるけどね」
と、じろりと虚空を睨む。
虚空はその視線を受け、剣呑な目で睨み返す。
再び、ケケケッと笑い声がする。
「にかわ屋はん、本気で怒らはったら世界が滅びかねまへんので、程々でよろしゅう。うちはまだ、人間で遊んでいたいですからな」
* * *
後ろでそんな物騒な会話が交わされてるなんて、その時の私には知るすべもなく、再び悩み始めた私を励ますさやかと、ベンチで賑やかに過ごしていたのだった。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
「虫が湧く。」の方にも書きましたが、関西弁は私の不勉強により完全に田舎者が考えたエセ関西弁です。ご不快に思われた方申し訳ありません。関西弁っぽい一反木綿語だと思っていただけると嬉しいです。
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