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2. 前世なんて知らないはず?

「あれ、じゃあダディがいい? それとも父上?」

「呼び方の問題じゃない!」

「ツンツンしてるおヒメちゃんも可愛いなぁー」

「だからそれやめて! 姫でもなければ可愛くもない!」

 さやかと一緒に足早に駅に向かいながら、私は付き纏ってくるシキを避けまくっている。


「えっ? おヒメちゃんは可愛いよ? ねえ、顔をよく見せてよ、200年ぶりくらいなんだよ?」

「200年!?」

「うん、厳密に数えてないけど軽くそのくらい。抱きしめていい?」

「ダメ。……さやか、200年前っていつくらいだっけ」

「えーと、江戸時代くらいじゃない?」

 さやかの答えに、はー、と私はため息をつく。


「私は江戸時代から転生してきたのかぁ」

「信じてるの!? やめなさいよ、コイツのペースに巻き込まれたら、ろくなことないわよ!」

「言ってみただけだよ……」

「言ってみるのもダメ! 言ってるうちになんか本当みたいな気がしてきちゃうものなのよ!」

「わかったわかった、ごめんねさやか」

 さやかは心配性だなあ。私は笑う。


「あぁ、おヒメちゃんが笑ってる……。幸せだなぁ……」


 スンッ……、と笑顔が消える。


「なんで!? 笑っててよ!」

「シキがからかうからでしょ!」

 表情が死んだ私の代わりに、さやかが怒ってくれた。


「からかってないよ! ちょっと考えてみてよ! おヒメちゃんが生まれ変わってるってことは、ボクら、おヒメちゃんが死んじゃうとこ見たってことなんだよ!」

「あっ……」


「ただもう、生きてここで笑っててくれるだけで、ずっと見ていたいほど幸せだよ……」

「あー……、それは……、その話が本当なら、親不孝ですみませんでした……」


「やめなよ!」

 思わず謝った私に、さやかが怒る。

 ビックリして見れば、さやかは涙目である。


「さ、さやか……?」


 戸惑う私を背にして、さやかはシキに向かい合う。


「なんでそういう事するの! ゆうはね、父親を亡くしてまだ間がないんだよ! 身内を亡くして悲しむ話をしたら、ゆうが口説けるとでも思ったの!? サイテーだよ!」


「えっ、口説……、あー、まあそういうふうに見えるのかぁ」

 シキは困ったように頭を掻く。


「大体、200年ぶりって言ったって、自分だってどこかで生まれ変わった設定なんじゃん! まるまる200年待ったみたいに言うなんて、卑怯よ!」


「いや、ボクら死んでないからね、200年まるまる待ったよ」

「は? 不老不死設定なの? バカなの? 小学生なの? 変な妄想にゆうを巻き込まないでよ!」


 そのあたりで不意にシキはフッと目を細め、

「さやかちゃんはおヒメちゃんの良いお友だちなんだね、これからも仲良くしてあげてね」

 口角を引き上げて笑いながら、シキはさやかに歩み寄り、頭をポンポンと叩く。

 そしてそのまま、頭をぐっと掴み、顔を寄せて耳元で囁く。

「……でもボクの邪魔をしたら死ぬからね、気を付けて」


「なっ……!」

 さやかがビックリして身を引いた時には、シキはもういつも通りの笑顔に戻っていた。


(……シキ、今、さやかに殺すって言った……?)


 私は早鐘のように鳴る胸を押さえて、さやかを庇うように前へ出る。

 たちの悪い冗談、と思おうとしたが、異様な迫力に当てられて、笑い飛ばすことも出来ない。

 その迫力を間近に受けたためだろう、さやかは真っ青になって、よろ、とよろけた。私はさやかを守るように抱きとめる。さやかのほうが背が高いから、庇いきれないけど。


「……どうしたの、おヒメちゃん」

 睨みつける私を、シキはきょとんと見返す。


「今……、さやかを脅迫……」

「脅迫? 違うよ警告!」

「お、おんなじ事じゃん……」

「違うってぇ。なんでさ、危ないから気をつけてねって言っただけでしょ」


 シキはもう本当に普通の態度だ。それが逆に怖い。


「あ、そうだ、危ないと言えば」

 シキはジャケットのポケットをゴソゴソと漁り、小さな巾着袋を取り出した。


「これ! 前世のかかさまからだよ! 危ない時のお守り!」

「えっ……」


 かかさま? かかさまって……。


「……おかあさん?」


「違う違う、『おかあさん』は今世のおかあさんのものでしょ。前世はかかさま、なんならママって呼んであげて。ボクのお姫様はママって柄じゃないけどね」

「お姫様?」

「そう! ボクの奥さんはお姫様なんだよ。だから君は小姫ちいひめなの」

「そ……、そうなの?」

 混乱しすぎて情報整理が追いつかない。その隙に、ポン、と巾着袋を渡されてしまった。


「かかさまは今封印されてるから出てこれなくって。でも、これにはかかさまの殺生石せっしょうせき欠片かけらが入ってるからね。妖力を込めれば半径10メートルくらいは生き物すべて殲滅できるよ!」


 ……………………。


「……えええええ!?」


 しばらくフリーズしたあと、やっとその言葉の意味が脳に入って来て、私はその巾着袋を放り出した。


「おっととと。ダメだよ、暴発したらさやかちゃん死んじゃうよ?」

 投げられた巾着袋を受け止めながら、シキは物騒なことを言う。

 私の腕の中で、さやかが「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。


 こいつ、ヤバい。逃げなきゃ。

 でも、さやかを連れて逃げ切れる? 捕まって、下手に機嫌を損ねたら、何をされるか……。


「なーんてね、ウソウソ、ぶつけたくらいじゃ暴発しないよ……」

 言いかけたシキが、ボコーン、という音とともに、笑顔のまま横にすっ飛んだ。


 そのまま道をゴロゴロゴロっと転がったシキは、三回転くらいでスチャッと地面に膝を付き、

「いったいなぁー! 急になんだよ、一反木綿!」

 と、私たちの後ろに向かって叫ぶ。側頭部には、何か白い固まりがくっついている。


「えっ、一反木綿!?」

 私は驚いて振り向く。


「その娘に絡むなって言っておいたろう、にかわ屋」


 この寒いのに半袖シャツで、肩からロングコートを引っ掛けた長身の男が、包帯でぐるぐる巻きにした右腕を前に突き出して、そこに立っていた。


   *   *   *


「後見人!」

 思わず叫んでから、私はキョロキョロと周りを見回す。


 そこそこ人通りのある道。

 そこで大騒ぎしている学生たち。

 さらに不審者も加わって、通りすがりの人たちはどう思っているだろう。


 だが、なぜかいつもより人通りも少なく、通りかかった人たちも何事もないように道の反対側を通り過ぎていく。


 ……関わりたくないのかもしれない。気持ちは分かる。


「……後見人さん……?」

 さやかが私の肩越しに、ちらっ、と後ろを見て呟く。


 シキが、ゲラゲラと笑う。

「何、後見人って。いや、後見人なんだろうけどさ、そう呼ばせてるの?」

 言いながら、頭にくっついている何かをむしるように取る。


「もうさあ、このお団子を武器にするのやめない? ベッタベタ。ゴリゴリに法力ほうりき練り込まれてるしさあ、ホント痛い」

「水で洗えば落ちるからマシだろう。トリモチだと始末に負えないぞ」


 シキは、うえーっ、と舌を出し、嫌そうな表情を作る。


 シキが後見人と親しそうに会話している。

 一反木綿のことも知っている。

 気持ち悪いだけの、何処かおかしい怖いヤツだと思ってたけど、何か本当に私と関係のある人なの……?


 戸惑っている私に気付きもせず、シキはポイッと団子を道端の植え込みに捨て、髪の毛に残ったベタベタを不快そうに拭う。


「ねえー、もうー、法力残ってて不愉快なんだけどー!」

「宿に帰ってシャワーでも浴びてこい」

「えー、おヒメちゃんのそばにいたいー。あっそうだ、おヒメちゃん、おうちでシャワー貸してよ」


「不審者を家に入れるわけ無いでしょ!」

 私は後退あとずさりながら思わず叫ぶ。


「不審者って何よ、クラスメイトだよ」

「不審者でしかない!」

「ひどいなー、おヒメちゃん……。パパ傷ついたな……」


 一回しゅんとして見せて、まあいっか、と頭を上げ直す。


「また明日学校で会えるしね。じゃっ、帰ろ、後・見・人・さん」

「やかましい!」

 久しぶりに見た後見人は不機嫌そうだ。こちらをちらりとも見ない。

 シキが愉快そうに笑いながら後見人の腕の包帯をつつく。

「そう言えば、一反木綿大人しいね」

「今喋らせるわけにいかないだろ」

「禁じてるんだ、かわいそー」

 そんな会話をしながら、私たちに背中を向けて帰っていこうとする。


「あっ……」

 行っちゃう。

 後見人には聞きたいことが沢山ある。少しでも話したい、と思ったけど、さやかが怯えている今は取り敢えずシキを連れ帰ってもらうほうがいい。

 引き留めようと思わず伸ばしそうになった手を握り、黙って見送ることにした。


「あっ! そうそう!」


 なのに、シキが振り返って走って戻って来る。


「かかさまのお守りと、もう一個、渡すの忘れてた! 手出して!」

 返事を待たず、ぐっと私の手を取ると、巾着袋と一緒に、ころん、と私の手の中にまん丸の緑の玉を落とす。


「これはボクからのお手製のお守り、ミニミニ山神ね! かかさまからのと一緒に、肌身放さず持っててね!」


 じゃあ、気を付けて帰るんだよ、と手を振りながら、シキは走って後見人さんの方へ戻っていく。


「勢いで受け取っちゃった……」

「なにそれ、キレイね。シキからもらったと思うと気持ち悪いけど……」

 シキが行っちゃったのを見て、さやかがホッと息をついて、すぐに私の手の中を覗き込んだ。


「私は殲滅兵器のほうが怖いけど……」

「ウソって言ってたし、さすがに冗談でしょ……」

 言いながら、さやかはつん、と緑の玉をつついた。


「……気のせいか、ダンゴムシっぽくない……?」

「あー、確かに。お手製って言ってたし、翡翠の彫刻かな」

「ミニミニヤマガミって何?」

「さあ……」


 綺麗な緑色の、ほぼまん丸の玉に、中央から放射状に線が入っている。それが、丸まったダンゴムシの節のように見える。


 反対の手で摘んで、日に透かして見る。

 透明感のないように見えた石は、強い光はうっすらと通すようで、ふちの部分だけ透けて見える。


「綺麗……」


 ぽろ、と涙が落ちる。


「ゆ、ゆう?」

「あ、あれ? ごめん、なんでかな」

 言いながらも、ポロポロと涙がこぼれ続ける。


「大丈夫? 虫に見えるとか言っちゃってごめんね、ゆう、それちょうだい、私、捨ててくる!」


「待って待って、違うの、なんだか懐かしいような切ないような気持ちがして……」

「……そっかぁ」

 さやかは石に伸ばしていた手を下ろす。


「なんでだろうね。やっぱ親戚でさ、覚えてないくらい小さい頃に会ってて、この石を見せてもらったことあるとか? それか、……昔、ゆうのおとうさんが持ってたとかかな」

 さやかが考え考え言う。


「そうかも。もしくは、前世の記憶のせいかも?」

 私は涙を拭って、ちょっとおどけて言ってみた。


 言ってから、すっと腑に落ちる感じがした。


「バカなこと言わないでよ」

 さやかは顔を顰める。


 あははは、と笑いながら、私は巾着袋と緑の玉をポケットに仕舞う。


「あ! シキがポイ捨てしていったゴミ、回収しなくて大丈夫かな? まったく、マナーがなってないんだから!」

「あー、お団子だって言ってたから、虫が食べるんじゃない?」

「え……、それはそれでイヤな気が……」

「大丈夫大丈夫」


 そんな会話をしながら、私はこっそり虫を呼ぶ。


(お団子、食べな)


 チイチイ。


(……食べれないやつなの? ホウリキが痛い? ……大きい虫なら食べられるって? じゃあ……)


 ずるり。


 巨大なムカデを呼ぶ。


(おいしい? よかった。見つからないうちに帰りなね)


 さやかにも内緒の、虫を呼ぶこの力。


 父が死んだすぐ後に目覚めたこの力が、前世からの力なんだなと、私は一人納得していた。

 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


 短編の「虫が湧く。」を読んでいただけると、後見人と一反木綿と、虫(妖怪)を呼ぶ力が出てきます。出てくるだけでなんも説明してないけど。

 山神様は「メダマとミドリ」に出てきます。出てくるだけでやっぱり説明してないけど。


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 次もよろしくお願いします!

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