16. 前世より今世でしょ!
「……何回言ったら分かるのさ」
はーっ、とシキがため息を吐く。
「大妖を! 無闇矢鱈に殺したら! その分ヒトが死ぬの!」
「騙されんぞ。そんな手には乗らん」
一反木綿にぐるぐる巻きにされて池のほとりに座らせられている不空は、堂々と答える。
高価そうな僧衣が泥んこになっていて、私はそれが気になって仕方がない。
* * *
おとうさんが不空の関節を固めてすぐ、一反木綿がぐるぐると巻き付いて彼を無力化した。
さほど間を置かずシキと虚空が駆けつけてきて、不空は開き直ってドンと地面に腰を下ろした。
けど、そんな事よりおとうさんだ。私はおとうさんのもとへ駆け付ける。
「おとうさん!!」
「木綿」
「おとうさん大丈夫? 痛いとこない?」
「木綿、大丈夫だよ、安心して」
「でも、瀕死だって不空さんが言って……」
私は助けを求めるようにシキを見る。
私の視線を受けて、難しい顔でおとうさんをジロジロと見たシキは、拍子抜けしたように
「……なんだ、思ったより大した怪我じゃないな」
と言い、おとうさんは、ははっ、と笑って返す。
「ですが少し疲れましたね。ちょっと休んできます」
とシキに頭を下げたおとうさんは、私に笑いかけてからふっと姿を消した。
まだ心配そうな私に、シキは
「大丈夫大丈夫、あいつはそんなに簡単に壊れないから」
と笑い、
「ま、ここにボクがいる限り、壊れても直すよ」
と当たり前のように言う。
そして、
「さて」
と面倒くさそうに不空に向き合った。
* * *
地面に直にあぐらをかいて座り込んだ不空を見下ろすようにして、シキは腕を組んで立つ。
「勝てないと思って各個撃破に切り替えたの? 魚が一番弱いのは確かだけど、詰めが甘いね」
……魚っておとうさんのことかな。魚だとか弱いだとか……、……うん、まあ色々言いたいことはあるけど、あとにしよう。あとで覚えとけ。
そんな私の思いに気づかず、シキは話を続ける。
「平然としてるけどさぁ、この周りにいたあんたの部下はみんな気絶させてきたからね、助けは来ないよ」
「……ふん」
シキの言葉に、不空が不貞腐れたように鼻で答える。
そこでシキは不意にしゃがみ込み、不空に視線を合わせる。
「……なあ、妖を殺すの、やめなって言ったよね?」
「殺さなければ人が滅ぼされるからね、やめるわけにはいかないよ」
「滅ばないってば……、もう……! 何回言ったら分かるのさ。大妖を! 無闇矢鱈に殺したら! その分ヒトが死ぬの!」
「騙されんぞ。そんな手には乗らん。妖怪は人を喰い殺すではないか」
睨む不空に、あー、とシキが困ったようにこめかみに手を当てて顔を伏せる。
「ヒト喰らいはねえ……、まああいつらが悪いんだけどさ、妖気を食い過ぎたせいで大きくなりすぎて、それが苦しいもんだから、ヒトの生気を食って少し中和しようとしてるんだよね」
「……あ、雷獣くんみたいな?」
私はハッと思いついて口を挟む。シキはぱっと顔を上げ、嬉しそうに私を指さす。
「そうそう、それ! あの子はお馬鹿すぎて、お腹が変だよー、なんか食べたいよー、とか言って暴れてただけだけど、普通はああなったらヒトを食うんだよね」
「ひぃっ」
私は雷獣の大きさを思い出して震える。あんなデカいのが襲ってきたら、逃げられる気がしない。
「ひぃっ、て……」
シキが笑ってよいしょ、と立ち上がった。
「おヒメちゃんは撃退出来るでしょ」
「いや怖い怖い怖い! 無理!」
「なんでさ。可愛いなあー」
「くだらん茶番は要らん。貴様らも人を喰らう化け物のくせに」
不空に吐き捨てられて、楽しげだったシキの表情がスッと冷たくなる。
「あんたいい加減に……」
「兄、いい加減にしろ」
怒鳴りかけたシキに被せるように、虚空が口を挟む。シキは驚いたように、譲るように口を噤む。
「兄……、いや、不空兄ちゃん、どうしちまったんだ。賢くて優しかった兄ちゃんが、どんどんおかしくなってしまって、俺はずっと心配してるよ」
「虚空……」
そこで、虚空はちらりと私を見た。
「なあ、あいつは死んで、前世の罪を200年かけて償って、今ここに生まれ変わってきてるんだろう? いつまでその罪を問うんだ? 間違ってるって思わないか?」
「……虚空……私は……」
「兄ちゃん……」
「……生きている限り許す気はないよ」
バキン!!
「何っ……」
何かが割れるような音とともに、不意に空が薄暗くなる。
シキが周りを見回して、
「結界……? 何がしたいんだお前」
と不審げに問う。
「世界とここを切り離した。殺せないなら、隔離すればいい」
不空はにやりと笑う。
「閉じ込めるつもりか……?」
シキの言葉に、不空は満足げに頷く。
「貴様らに気づかれないよう慎重に魚をここへ追い詰めてね、それからそこの小娘を利用して……。全員うまくおびき出せてよかったよ、揃って素直でありがたいことだ」
「きー! ほんとこいつ嫌い!」
不空のからかうような物言いに煽られて、シキが頭を掻きむしる。確かにシキは素直だなぁ。
「でもどうすんの? あんたも可愛い弟も、一緒にこの中だよ。自分たちだけこっそり出れると思ったら大間違いだからね」
「かまわんさ。どうせ我らは死なん。まあ、万一私が死んでも、この術は外の術具を基準に掛けている。その術具が朽ちるまでは、この封印は解けん」
妖怪の骨や殻を使った術具が、いつ朽ちるかは知らんがな、と不空は笑う。
「めんっっっっどくさい!!!」
あーー!! と叫んで、シキは地団駄を踏む。
「特級の妖怪退治人ふたりと引き換えに、にかわ屋ふたりと魚の妖一匹と一反木綿だけ閉じ込めたってコスパ悪いだろ!」
「いやぁ、うちひとりのためにこんな大がかりとは、照れますなぁ」
一反木綿がケラケラと笑う。
「うん? むしろ君はおまけで、にかわ屋を捕まえたかったんだよ」
「妖気で言うたら、うちくらいしか世界に影響あらへんですよ」
「どうでもいいね。にかわ屋さえ封じられればね」
「私怨が酷い!」
シキが会話に割り込むように叫ぶ。
「退治屋! お前これでいいのか! お兄様を何とかして差し上げろよ!」
そのシキの言葉を聞いてか聞かずか、虚空が悲しげに不空に声を掛ける。
「……兄……」
「なんだい、もう兄ちゃんとは呼んでくれないのかい? 世界と区切られたここでなら、師弟も師兄もないよ」
「……不空、俺はもうお前を兄と思うのはやめるよ……」
「なんでだい。千年でも万年でもここに暮らすんだ、ギスギスするより仲良くやっていかないかい?」
なんか不空さん怖いな。妖怪とは違う、何か心底ゾッとするような、嫌な不気味さを感じる。
私は思わずシキの腕にぎゅっと掴まった。
また可愛いだのなんだのと、からかわれるかと思ったが、シキは小さく「大丈夫だよ」と囁いて、腕に掴まる私の手を優しくトントンと叩いてくれた。
……それに安心する自分が悔しい。
「そいつに構っても無駄だからさ、脱出経路を探そうよ」
シキの言葉で、皆で結界の様子を確認することにした。
* * *
私たちは、一通りぐるりと結界の内側を周り、不空のところまで戻ってきた。
結界は、滝のあたりまでぐるりと池を包み込み、池の周りの野原と木々も含んで、ちょっと大きめの公園くらいの大きさだった。一回りしても数分もかからない程度だ。
シキは空を見上げたり地面に手をついたりして、うーん、と唸ったり、溜息を吐いたりしてる。
しばらくして戻ってきた私たちを見て、不空がにやりと笑って言う。
「どうだったね? 完璧だったろう」
「そうだねえ、ご丁寧に地面の中まで、ここを中心に球を描いて結界が張られてたねえ」
自慢げな不空に、シキがうんざりしたように言う。
「外からは中が見えないようになってんのかな? まあ今は誰もいなかったけど」
「妖怪の骨や殻を使ったと言ったろう? 妖が見えない人間にはここの中は丸ごと見えないよ。滝や池があるなあ、程度の認識しか出来ないね」
ってことは妖怪が見える人には見えるんだな。私はちらりと結界の外に目をやった。
「そこの虫。何を考えてるか分かるが、妖が見える者にも我らの姿はまともには見えん。結界を通してゆらゆらと幽霊のように見えるだけだよ。助けを呼ぼうなどと考えないことだね」
……そこの虫?
キョロキョロしてみたけど。不空が見てるのは私だ。
……虫?
「おヒメちゃんを虫呼ばわりとは、いい度胸だ」
シキが目を怒らせる。
……あ、やっぱ私のこと?
「…………虫!?」
意味が脳に浸透してやっと、私は声を上げた。
「虫の主ではないのか? なら虫だろう」
「……確かに!」
「確かに、じゃないのよおヒメちゃん」
うっかり同意した私をシキが諌める。
「いや、もう、色々あり過ぎて、人でも虫でも妖怪でも、何でもいいかなって気持ちになってきて」
「えー……」
シキはがっかりしたような声を出す。
「えぇぇ……うーん……。……まあおヒメちゃんがいいならいいんだけどさ。差別されても今なら守ってあげられるし。でもなぁ……」
「あー」
シキが何を心配してるか分かった。
自分が、人ではない化け物として酷い虐待を受けたから、そんな類いの悪意が万一にでも私に向くのが怖いんだ。
私はシキを安心させようと、ニッと笑って親指を立てた。
「大丈夫だよ、今は多様性を認めようっていう時代だし。いけるいける」
「ええ!? 虫や妖でも!?」
「虫も妖怪も、可愛いやつは可愛いし、怖いやつは怖いし」
私はうんうん、と頷いてみせる。
「人間も結局そんな感じじゃん? いい奴もいるし悪い奴もいる。変わんない変わんない」
「変わんないかなぁ……」
シキが困った顔で首を傾げる。
「……お前よりその娘のほうがよっぽど前に進んでるな、にかわ屋」
半笑いで虚空がシキに言う。
「いい加減人間であることに拘るのは止めたらどうだ」
「ボクは! 人なの! 人間の両親から生まれたの! にかわ屋は職業!」
「……わかったわかった、悪かったよ。すまん」
「おヒメちゃんも今世は完全な人間にしてあげられたのにさ……」
「あ、なんかごめん。私はちゃんと人間です、虫でも妖怪でもありません」
シキがあまりに傷ついているようだったので、私は両手を上げて降参した。
一反木綿に括られたまま、座禅でも組んでるのかと思うほど静かに座っていた不空は、聞こえよがしに大きく溜め息を吐く。
「……我々兄弟を人ではないものに変えておいて、よくもまあ自分たちばかりは人間だなどと言えたものだ」
「にいちゃ……、不空! しつこいぞ!」
虚空が怒る。それを、待って、と私は止めた。
「ええと……、覚えてないけどごめんなさい」
私は深々と頭を下げる。
私の前世はよっぽど酷かったんだな。
「不空さん、自分勝手かもしれないけど、私はちゃんと今世を生きたい。だから、前世のことは許してください」
「ふん、本当に勝手だね。私は絶対にお前たち妖を許さないよ」
とりつく島もないとはこの事だ。
私は困ってシキを振り返る。
「シキ、私何したの? 不空さんと虚空を直してあげることは出来ない?」
「んー? ガッチガチに固めてあるからなぁ……。って、ああ、そうか」
シキはちょっと考えて、何かを思いついたように不空に向き直る。
「不老不死をやめたいなら、殺しちゃえばいいんじゃない?」
「シキ!?」
「にかわ屋っ……!」
ガキィィィン!!
私と虚空が制止の声を上げると同時に、何かが衝突するような音が結界内に響き渡った。
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