14. 前世があっても私は私
「ニカはん、いえ、木綿はん、ナイスです!」
一反木綿は心から楽しそうだ。
「いやいいオチですな、ええもん見せてもらいました」
「この……、一反木綿……!!」
「うちに八つ当たりせぇへんでください」
「くっ……そ」
後見人……虚空は、歯を食いしばって目を逸らす。
なんだろう、もっと憎しみとか殺気とかあると思ったのに、なんか悔しがってると言うか……。
照れてる?
そんなわけないか。
「もういいだろう兄。これを解け」
虚空は言いながら紐の内で身動ぎをする。
「あんたは負けた。こいつが記憶を取り戻した以上、もう勝ち目はないだろう」
虚空は私を顎で指し示す。
「いや? むしろその娘の記憶は、一番凶悪なところで止まっているんじゃないか? そうなれば私も、今引くわけにはいかないねぇ」
「ああ……」
不空の言葉に、私はため息を吐くように同意の声を上げる。
「凶悪ね……。うん、まあ、そこは認めるけどさ、記憶が戻っても今はもう大したことはできないよ」
「はっ、信じられないね。現にそこに狐の妖の写し身を作り出しているじゃないか」
不空は私のそばの『妹』を指し示す。
「狐の写し身? ああ、この子?」
狐じゃないよ、この子は山神様の子で、私の妹。
私は私に寄り添うようにして立っている妹に、そっと手を差し伸べる。妹はその手を取って、ニコッ、と笑い。そして。
さらっ、と風に消えた。
「……形をキープできないんだよね。岩から妹に似た妖気が漂っていたから、集めて固めてみたけど、全然昔みたいにはいかなくて。山神様がいないとボクは何も出来ないらしいよ。だから」
警戒しなくていいよ、と続けようとして、私は言葉を飲み込む。
「岩から妖気だと……?」
不空がつぶやき、殺気立ったからだ。
その様子を見て、シキが愉快そうに手を叩いて笑う。
「えー! 今さら気がついたの? にっぶ! ダッサ! カッコ悪!」
はははは、と笑い声を立てながら、シキは再び岩の上に飛び乗り、踊るように腕を広げて回る。
「明治維新は面白かったねえ! 廃仏毀釈も愉快だったなあ! あちこちで寺が炎上して、打ち壊されて、結界がボロボロになってたねえ!」
あーっはっはっは、と煽るように笑う。
「……そう、その頃の混乱に乗じて、あちこちの聖域や結界の中に、殺生石の欠片を打ち込んでおいたんだよ」
「……貴様っ……!」
「だからこんな古刹の結界の中でもボクの力が自由に使えるのさ。自分たちに有利な場所だと思った? はいざーんねーん!」
「おのれ、にかわ屋っ……!」
……なんて緊迫してる所悪いけど。
「……シキめっちゃくちゃザコ敵」
私の言葉に、シキがカチンと動きを止めた。
* * *
相変わらず人けのない境内に、一瞬の静寂が通り過ぎる。
やがて、シキが声を震わせて私の言葉を復唱する。
「…………ザコ敵?」
「うん、ヒーローを追い込んだと思って煽り散らかした挙句あっさり負ける序盤の小ボスみたい」
「小ボス!? 中ボスですらなく!?」
「うん」
「なんでそんな酷いこと言うの!」
「いや……なんか……負け犬の遠吠え? みたいな? 見てて恥ずかしくなってきちゃったもんで」
「えええ!? 全然負けてないのに!?」
あれ、負け犬の遠吠えの使い方、違ったかな。
「おヒメちゃん! ボク今までこいつに負けたことないんだけど!」
「さっき負けそうになってたじゃん」
「負けてないよ! 扇がウザかっただけ!」
つまり負けそうだったんじゃないのかなぁ。
まあいいけど。
「……と申しますか木綿はん、ニカはんより木綿はんの性格のほうがお強うならはりましたな?」
と一反木綿に言われて気がつく。
「ん? あ、うん。噛ませ犬ムーブのシキ見てたら正気に返ってきちゃったみたい」
「噛ませ犬っ……!」
シキが泣いてるみたいだけど、気にしない。
「ていうか、つまり、むかーしむかしの過去を思い出してもさ、結局今の私は私なんだよね。……でさぁ、とりまさやかを無事に家まで帰してあげたいんだけど、私もう帰っていい?」
色々あって疲れたし。
現代人の私には、そろそろキャパオーバーなんで、一回家帰って眠りたい。
私は不空と黒服の男たちを警戒しつつ、岩の下まで歩み寄って、屈み込む。弾き飛ばされたナイフと、それに刺さった緑の虫がそこにいた。
私は、
「ミニミニヤマガミ」
と声をかける。
弱りきったそれは、それでも答えるように触角を振り、脚をわずかに動かす。
拾って、ナイフからそっと外すと、傷口から青い体液が滲み出した。
「痛そう……ごめんね」
私はミニミニヤマガミを手で包み、傷を修理する。
シキみたいに上手くいかないな。
見た目のキズは治ったけどまだ弱ったままのその子をそっとポケットに仕舞い、ナイフは池に投げ込む。
「そこで休んでてね。……さてと。えっと、不空さん? さやかを解放してもらえますか」
「……ふむ。無事に家に帰らせれば良いならこのまま操って帰らせるが。ああ、心配するな、術師が見守っているからよほど安全だ」
「やめてください。こんなボーっとした状態で女子高生が大通りをふらふら歩いてたら、変な噂が立っちゃうじゃないですか。下手すると警察呼ばれますよ」
私の言葉に、うん? と不空は首を傾げる。
「……そういうものか? しかし危険な妖がいるこの場で解放するのはな……。……そうだ」
そこで不空は不意に破顔し、
「君たちに死んでもらえばすぐ解放出来るよ」
と指をぱちんと鳴らした。
* * *
視界の端に、何かがキラリと光る。
「チッ」
シキが素早く腕を振ると同時に、軽い金属音を響かせて、細かい何かが砂利の上に落ちる。
見れば、それはさっき不空が打ち出していた針だった。
「うっざ。死んでないのかコレ」
「えっ? 死っ?」
「うん、コレ不空の護法だからね」
「護法? さやかを操ったとか言ってたやつ?」
「うん。術師によって形態も性質も違うからね」
「へー」
と納得しかけて、私は驚いた。
「そうなの!? 生きてるのコレ」
「まあね。『魂』は無いんで、にかわ屋の管轄外の命なんだけどさ。見える? 魂の殻がないの」
「え、魂は無いのに生きてるの?」
「え? 大概のものは生きてるよ?」
はてな? と顔を見合わす。
生きてる、の概念が噛み合ってない。
「そのモノの役割を果たせなくなったら『死ぬ』んでしょ? それまでは生きてるでしょ」
あいつらまだ飛ぶから、とシキが親指でクイッと指し示した先、地面に落ちていた針が再び一斉に浮き上がり、私とシキに向かって飛んできた。
それを、シキが当たり前のように弾き飛ばす。
「めんどくさいなぁ! 見逃してやるって言ってんだから、動けるようになったなら黙って帰れよ」
「もうやめろ、兄!」
見かねた虚空も叫ぶ。
「小物の悪足掻きは興醒めですなぁ。うちは一足お先に抜けさせてもらいましょ」
「おい、待て一反木綿……!」
虚空が止めるのも聞かず、振袖だった一反木綿は一瞬で長い反物となり、自分を括る紐の間から目にも留まらぬ速さで抜け出す。
捕らえるものが無くなった五色の紐が、ぱらり、と地面に落ちる。カチンと音がしたのでよく見れば、紐の端には尖った金具がついていた。
「旦那もええ加減振り解けばええやろ、大した術でもあらへんのに」
「……っ」
虚空が悔しそうに落ちた錫杖を見る。
「……あ、旦那は錫杖無しではろくな術が使えへんのでしたな、いやこりゃ失敬失敬」
ケケケケ、と笑いながら一反木綿はくるりと回り、空中でまた振袖姿にポンと化ける。
三度浮かび上がった針が、今度は一反木綿に向かって飛ぶ。
「ひゃあー」
軽い悲鳴を上げて、一反木綿はくるくると宙を舞い、追ってくる針を躱す。
「うちの可愛い弟をバカにしないでもらえるかい? 腹が立つよ」
全然怒っている風でもなく不空が言う。
「ケケケケッ。不空はん、ようまあ法力が持ちますな、にかわ屋はんに魂ごと傷つけられてボロボロでしょうに。さすが宗主様ですな、そこの出来損ないの弟さんとは雲泥の差や」
「バカにするなと言うと嬉々として煽ってくるな、貴様は」
「煽ってなんぼの妖怪稼業ですからな」
くるり、くるりと針を躱しながら、一反木綿は楽しげに笑い声を立てる。
針の動きが鈍くなってきたかな、と思ったら、シキがにやりと笑った。
「コントロールいただきぃ。はーい、お疲れー」
と言う掛け声とともに、針はぐるっと向きを変え、急に不空に襲いかかった。
「くっ!」
息を噛みながら、檜扇を一閃して不空は飛んできた針を弾き落とす。
そのまま、どっと倒れるように両手を地に付く。
全ての針が、ジャッ、と音を立てて砂利の上に落ちた。
それを見て、ひひっ、とシキが笑った。
「法力だろうが妖力だろうが、命をもとにした力を使っている以上、にかわ屋に操れないものはないよ! さて、一反木綿、お疲れ! おかげでやっとアイツの法力尽きたみたいだね。退治屋ももう羂索解けるんじゃない?」
振り向くシキに、虚空が鋭く警告を叫ぶ。
「まだだ、にかわ屋っ! 構えろ!」
緩んだ紐をまだ身体に纏わせながら、虚空は素早く錫杖を拾い、構える。
「え?」
疑問の声を上げながらも、シキは咄嗟に自分と私を包むように岩の周りに結界を張る。
次の瞬間、嵐のように、沢山の小さな何かが襲いかかってきた。
「わっ!」
私は反射的に頭を庇う。
小さな鳥のような何かが結界の周りをビュンビュンと激しく飛び回り、たまに結界に当たってバチン、バチンと音を立てている。
「きゃあっ」
同時に、耳に届く悲鳴。
「えっ、なにこれ、ここどこ!?」
…………さやか!!
見れば、さやかが鳥の集団に驚いて、両手をバタバタと振り回している。
「術が解けたのか! 弱ってるくせにこんなに鳥を召喚するから……!」
バカかよ、とシキが吐き捨てる。
「お前たちを……、倒すのが最優先だ……」
不空が笑う。周りの黒服たちも、全力で鳥を操っているようで、全く余裕はなさそうだ。何人かは意識を失い、倒れ伏している。
「さやか!!」
「あっ、ゆう!! なにこれぇ、助けてぇ」
言いながら、うろうろと逃げ惑う。
「さやか!! そこ池っ……!」
「あっ」
池の端に設置された低い柵に躓いて、さやかはそのまま池に落ちそうになる。
「ひゃあぁぁ!」
「さやかっ……!」
「おヒメちゃん、ダメだっ……」
そう、ダメだ。岩のそばから離れたら、シキの結界から出てしまう。
理性はシキの声に賛同したが、私の身体は反射的にさやかに向かって駆け出していて。
さやかの周りにいた鳥が、叩きつけるように私に襲いかかってくる。
その中を走り抜けて、私はさやかの腕を捕らえ、引く。
「ゆうー!」
岸に向かってさやかを引き上げた反動で、私のほうが勢いよく池に向かってダイブした。
* * *
まわりが、スローモーションに見える。
鳥が一斉に私に向かって飛んでくる。
その間を縫って、一反木綿を縛っていた紐が、尖った金具の先端をこちらに向けて、飛んでくる。
あ、あの勢いだと私、背中まで貫かれて死ぬのでは。
その向こうでは、もう一本の紐を虚空が捕まえて地面に押さえつけている。
シキが駆け寄ってきている。
一反木綿が上空から一直線に向かって来ている。
でも、どっちも間に合いそうにないな。
池に落ちるのが先か、紐に貫かれるのが先か。
先に池に落ちれば水の勢いで紐の動きが緩くなるかも。そうしたら先端を捕まえて……。
そんなにうまくいくかなぁ。鳥が視界を遮っていて、紐がちらちらしか見えない。だけど、最期まで諦めない。キズが浅ければシキが助けてくれる。
背中に圧を感じ、周囲に水飛沫が飛ぶのを確認して、私は紐の来るであろう方向を睨みつけた。
* * *
長いような短いような時間のあと。
ざあっ、と水が落ちる。
視界を覆っていた水壁が消え、明るい日差しが目に入る。
鳥も、紐も消えて、そこは穏やかなお寺の境内だ。
「……あれ?」
私、池に落ちたのでは?
なんだか宙に浮いているような。
「……木綿」
優しい声がして、私は驚きに目を見開く。
「…………おとうさん?」
死んだはずの父が、池の中に立って、私をお姫様抱っこしている。
「おとう、さ……」
「木綿、置いていってごめんね」
「おとうさぁぁぁん!」
私は、大声で泣きながら父の首に抱きついた。
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