1. 前世なんて知りません!
「ねえねえ木綿、今日転校生来るって知ってた?」
さやかが内緒話のように声を潜めて言う。
「え、そうなの? てか、いつもどこからそんな情報仕入れてくるの」
私は、登校してくるなり駆け寄ってきた親友に首を傾げてみせながら、マフラーを外し、コートを脱ぐ。
「情報源は守秘義務です」
「どういうこと? 企業秘密じゃなくて?」
「あ、そうそれそれ。ていうか両方!」
「なにそれ」
マフラーとコートをロッカーに投げ込み、私は笑いながら窓際の自分の机にカバンを置く。
さやかの席は隣だ。並んで席に着く。
「さらに重要情報、なかなかのイケメンらしいです」
「あ、男子なんだ。てか誰目線でイケメンなのよ」
私はさらに笑う。
「好み真逆だったらその情報源に厳重に抗議しといてよね、さやか」
「ゆうの好みまで知りませーん」
そうやってケラケラ笑いながらふざけあっているうちに、チャイムが鳴って、朝のホームルームが始まった。
* * *
私は二階堂 木綿。高校一年生。
小柄でショートカット、年齢より子どもっぽく見えるってよく言われる。あと、ちょっとがさつな自覚はある。
半年くらい前……この前の夏、父子家庭だったうちの父親が亡くなって、天涯孤独。でも、私を見守ってくれてる後見人たちがいるから、寂しくない。
……ちょっと嘘。
寂しくはある。
後見人は全然一緒にいてくれない。
でも、空に陸に、たまに見かける後見人の姿が、私を安心させ、慰めてくれる。それで充分。
空ってなんだ、って思った?
私の後見人のうちのひとり……、1枚? 1本? が、ひらひらと空を飛ぶ一反木綿さんなんだ。
そう、妖怪の一反木綿。
そんなわけない?
私もそう思う。
天涯孤独な少女の妄想だと思ってくれていいよ。
でもね、私にとっては本当なの。
平然と一反木綿を連れてた男の人が、おとうさんに頼まれて後見人になったって言ってたから、多分おとうさんも普通の人間じゃなかったんじゃないかな。
私も、人に見えないものが見えたりすることを、最近知った。
それらがこわいものばかりでもないことも。
* * *
「はーい、席について!」
先生が教室に来て、ホームルームが始まる。
クラスの女子がなんとなくソワソワしてるのを見て、先生が笑う。
「なんだ、もう情報が行き渡ってるな? しかたない、先に転校生を紹介しようか」
きゃーっ!
女子から楽しげな声が上がる。
「お前ら騒ぐな、入って来にくくなるだろ。……すまんな、来れるか?」
先生が教室に向かって軽く叱ったあと、戸の外へと声を掛ける。
「大丈夫だよ先生。女の子に騒がれるのは慣れてるから」
聞こえてきた声に、うわっ、と思う。なんか鼻持ちならないのを一周越えて、面白そうなのが来たな。
だけど、入ってきたその子を見て、なるほど、と納得してしまった。
整った顔立ち、すらりと伸びた手足。細身だけれどしっかりとした体付き。外国のモデルさんみたいだ。
ぴったりした黒のパンツと、揃いの黒のショートジャケットが、スタイルの良さを際立たせている。
中には無造作に無地の白いTシャツを着ているだけの、ラフな感じも似合っていて格好いい。Tシャツの下から、銀のウォレットチェーンらしき物がじゃらりと顔を覗かせていた。
そして、何より目立つのは、その髪。
燃え盛るような赤毛で、見るものを圧倒する。
張りのある艷やかな髪で、
「みんな、よろしく?」
と首を傾げた動作で、髪の上をキラリと光が流れる。
きゃーっ! と、さらに黄色い声が上がる。
男子からも、うおお、と複雑そうな声が上がっている。
多分男子から見ても格好いいんだな。そしてそれを素直に認めるにはちょっと悔しいと見た。
「制服が間に合わなくて、こんな格好でごめんね? なるべくそれらしいのを選んできたんだけど」
困ったように笑う顔も格好いい。
当然、一挙一動にキャーキャー歓声が上がる。
「見惚れちゃってんじゃん」
隣の席のさやかが小声で言い、私をつつく。
「ちゃんとイケメンだったでしょ」
なぜさやかが自慢げなのか。
と言うか、そうではなく。
「いや……、イケメン云々より、なんかどっかで会ったことあるような……」
「え、なに? そんなダサい手でナンパしに行くの?」
「違う! 本当に……」
小声でそんなやりとりをしながら、ふと目を上げたら、転校生とバッチリ目が合った。
転校生は目を丸くしたあと、満面の笑みで駆け寄ってくる。
「小姫!」
「えっ、な、何?」
私は思わず立ち上がり、逃げようとする。
「ボクの小さいお姫ちゃん、ボクだよ、ととさまだよ!」
「ひ、姫? ととさま?」
戸口側に回られた、逃げられない。
「そっか、記憶ないのか、ええとね、ボクは君の、前世のパパだよ!」
「はあ?」
後ろは壁だ。追い詰められた。
「今世でも遠慮なくととさまって呼んでいいからね。パパでも良いよー」
ガバっと抱きついてくる。
「ひぃっ」
私は屈んで身を躱し、低い姿勢のままその男の横をすり抜けようとする。
その目の前を、ドン、と壁についた脚でふさがれた。
こんな壁ドン嫌だ。
「さっすがお姫ちゃん、生まれ変わっても運動神経良いねえ。でも逃さなーい」
「何してんの!」
さやかの声と同時に、
「おっと」
転校生が上半身を引く。
その頭のあった位置を、さやかのペンケースがビュンと飛んで、派手な音を立てて壁にぶつかった。
この隙に!
私は反対側の脇をすり抜けようとして……。
「はい捕まーえた」
腰をヒョイッとすくい上げられるようにして、捕まった。
「ぎゃー!!」
「追いかけっこはととさまの勝ちー。楽しかった?」
「助けてー!」
転校生の小脇に抱えられたまま、どうジタバタしても逃げられない。見た目よりめっちゃ力強いな、この人。
「下ろしてえー」
「ゆうを下ろしなさい、この痴漢!」
「あははは、ほーら高い高ーい」
掴みかかってくるさやかをいなして、転校生は私の腰をつかんで頭の上に高々と抱え上げる。
「ぎゃーっ怖い怖い怖い!」
あと、スカートが気になる!!
「ゆう! 下ろしなさいこのバカ!」
「あっははははは」
「…………いいかげんにしなさい!」
転校生は、先生からめちゃめちゃ叱られた。
* * *
「改めまして、……えーとなんだっけ、にかわ屋でーす、じゃなくって、二階堂……、なんだったっけ先生」
「なぜ自分の名前が分からないんだ、真面目にやりなさい」
「いや、商売でずっとにかわ屋を名乗ってたもんで、ど忘れしちゃった」
「そんな事あるか……?」
先生は呆れたように黒板に文字を書く。
二階堂 色。
「あーそうそう、にかいどう、しき、だった! シキって呼んでね!」
しーん。
さっきまでキャーキャーしていた女子たちも、困惑した顔で口を噤んでいる。
そりゃあんな奇行に出たら、みんなドン引きだよ。
「ゆう……、苗字同じだけど、親戚なの?」
さやかが言う。クラスのみんなも、何となくこっちを伺っている。
「いや、聞いたことないよ……」
「でも、どこかで会ったことがある気がするって言ってなかった?」
「……気のせいだと思う」
「気のせいじゃないでしょ! 魂に刻まれた、前世のととさまの記憶でしょ!」
シキが教壇から叫ぶ。
先生が頭を抱えて、はーっ、とため息をついた。
* * *
シキは、お姫ちゃんの隣がいい、としばらくゴネていたが、再び先生に怒られ、一番うしろの席に座らされた。
先生がシキをゴリゴリに叱ってくれた上に、さやかをはじめとする女子軍団で私のことをガードしてくれて、休み時間なども特に問題は起こらなかった。
但し、
「お姫ちゃん可愛いなぁー。可愛いなぁー」
という呟きがずっと後ろから聞こえてきて、本当に落ち着かない一日だった。
* * *
「本当に心当たりはないの?」
帰り道、さやかが言う。
「こう言っては悪いけど、ゆうとあの転校生……、なんとなく似てるんだよね。兄弟っていってもいいくらい」
「マジかー」
はーっ、とため息をつく。
「実のところ、おとうさん、親戚についてとか全然話してくれなかったからさ。どこかに親戚がいてもおかしくないんだよねー」
そして、なんとなく空を見上げて、一反木綿を探す。
「……後見人についても話してくれなかったしさ。なんだか寂しいよねー……」
「ゆう……」
あっ、さやかに心配かけちゃう。
なんでもないよ、と笑おうとして。
「もうちょっと大きくなったらって思ってたんじゃない?」
不意にすぐ近くから聞こえてきた声に、飛び上がった。
「しっしっしっシキ!? いつの間に!」
「近寄るんじゃないわよ!」
私とさやかが同時に叫ぶ。
シキはふへへっと笑って、
「へい、まいどー! にかわ屋でーす」
と戯けて言った。
「……何も思い出さない?」
「なっ何を!?」
「……そっかぁ……」
寂しそうな顔をしないで欲しい。反則である。
「ボクはお姫ちゃんのおとうさんとおかあさんを知ってるよ。おかあさんはすぐに死んじゃったけど、おとうさんは頑張ってお姫ちゃんを大事に育ててくれたよね」
「えっ……」
両親を知ってる? 本当に親戚なのかな?
「騙されるんじゃないわよ、クラスの誰かに聞いたのかもしれない」
さやかがコソッと囁き、私はハッと気を引き締める。
「だからさ、『おとうさん』はアイツのものだから、ボクのことはパパって呼んでよ。『ととさま』は古いみたいだからね。はい、リピートアフターミー、『パーパ』」
「……呼ばない!!」
ちょっとしんみりしちゃった自分が悔しくて、ことさらに強く拒否してやった。
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